あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
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「何を考えるんですか!」「地獄に落ちるか、どうか」「考えんかて、もう落ちてますわ!」 (旧版p363)

2014-02-09 22:49:19 | 神の火(旧版) 再読日記
冬季五輪で楽しむのはフィギュアスケートくらいです。それもロシア(旧ソ連系列含む)の。
昔から好きなんですよね。レベルの高さは言うまでもないし、スケーティングも演技もビジュアルも綺麗で素晴らしいし、滅多にコケないから安心できるし(笑)
語り出すとキリがないのですが、男子シングルではヴィクトール・ペトレンコ、アレクセイ・ウルマノフ、イリヤ・クーリックの流れが好きですな♪
(クーリックは私のイメージする良ちゃんに、限りなく近いビジュアルだ)

日本選手では、後にも先にも伊藤みどりさんが最高の選手なもので・・・。


作成中に新都知事が決まったようで。 この人、湾岸戦争の際にフジテレビに駆り出されてから人生狂ったような気がするわ・・・。

これが最後のねたばれ警告になります。

***

2007年7月9日(月)の旧版『神の火』 (新潮社)は、p387まで、つまり最後まで読了。

今回のタイトルは、ベティさんと島田先生の会話。シリアス満載のクライマックスで、面白そうな会話がここしかなかったんだよなあ。

【今回の名文・名台詞・名場面】

★ダイナマイトの轟音で声はかき消えた。ひとかたまりの追手に弾丸を浴びせる。叫び声が風に飛んでいく。さらに撃つ。撃ちながら、葬った原子炉と一緒に葬ることが出来なかったものがあるのを、ひしひしと感じた。人を悼む気持ちを葬る場所はなかった。短かった恋を葬る場所もなかった。永遠にあるはずがない。この地球が宇宙の塵に返っても、そんな墓場はない。 (旧版p379)

あのー、島田先生? 「短かった恋」の相手は誰のこと?

  1.イリーナ  2.川端さん  3.良ちゃん  4.その他

さて、あなたの回答は?

★「それでも世界は変わる、と私は言いたいね」と江口は言った。
「百年単位でものを言うのは詐欺ですよ。人ひとりが生きている間に、僕は何かを見たかった。見せてやりたかった……」
「詐欺と言ってもね、人に夢を見させる詐欺もあるんだ。ばれてしまった後の始末が厄介だが」
「後始末せずにすむ文句を、継ぎ足すしかないですね。《それでも地球は回る》というのはどうですか。これは多分、半永久的に使えますよ」
「あ、私の自伝の最後の文句はそれにすべきだったな。惜しいことをしたよ、書き損ねた……」
江口はホッホッと笑い出し、つられて島田も笑った。冗談でしょう、江口さん。あなたには結びの言葉は要らないはずだ。川の終わりは海だといい河口に辿り着くと今度は、さあ海が始まるぞと言うのが、あなたの言い草だったのだ。
 (旧版p386)

★「もう一つ、自伝には書けなかったことがある。適当な言葉が見つからなかったからだがね。一人のスパイを育てるというのは、育てる者にとっては多分、究極のエゴなのだろう。親と違うのはそこだ。ほとんど恋だったよ、これは」 (旧版p386)

ここはそのまま一つにしても良かったんですが、あえて分割して引用しました。最後の江口氏の告白の衝撃を、旧版を未読の方には、特に味わって欲しいので。
私にしては、(江口氏に対して)「今さらあんた・・・そりゃないわ、遅すぎるわ」という思いと、(島田先生対して)「最後の最後にそんな告白されても、困るよね・・・?」という思いが正直なところですが、ねえ?(苦笑)

★自分の眼球から噴き出す光だ。解放され、発散し、天空いっぱいに散っていく光だ。父さん、話をしよう。一緒に飲もう。僕はもう自由だから。 (旧版p387)

ラストの段落。新版との明確な違いは、「父さん、母さん」と一人増えてるところですね。
高村キャラの主人公としては、一、二を争うほどの死に方ではなかろうか。

いつも思うことですが、小説のラストは「これしかない!」という文章の締めくくり。

***

はい、これで旧版『神の火』の再読日記は終わりです。
お付き合いいただき、ありがとうございます。
個人的には、付箋紙貼ったところはほぼ全て取り上げることが出来たので、満足です♪ (他の再読日記では、割愛している部分があるので・・・黙ってたら分からないのに・苦笑)

ちょっと休憩してから、これも中途半端になっている新版『神の火』の再読日記も完成させます。 しばしお待ちを。


ああ、あの反吐の出そうなクリスマス・ケーキを食う日か。 (旧版p336)

2014-02-05 23:04:45 | 神の火(旧版) 再読日記
お昼前後、今年初めて雪が舞うのを見ました。どうりで冷え込むはずだわ。

挙げ忘れてましたが、『直木賞物語』 (川口則弘・著 バジリコ) の、高村さんの『マークスの山』第109回直木賞受賞に関してのところだけ立ち読みしました。 皆さんも興味があれば、どうぞ。

ネタバレになりますので未読の方はご注意。

***

2007年7月8日(日)の旧版『神の火』 (新潮社)は、p344まで読了。
珍しく日曜日に読んでるな、と日記を振り返ったら、歌舞伎を観に出かけたのだった。市川海老蔵丈が風呂場で怪我して休演する数日前・・・。

今回のタイトルを探してたら、島田先生のこの一文があったので即決(笑)

【今回の名文・名台詞・名場面】

★「落としても壊れるんやったら、どついても壊れる。どついて壊れるようなラジオは、お父ちゃんにやられへん。お父ちゃんは、ラジオが聞こえへんようになったら、いっつもどつくんや。そやから、俺はどついても壊れへんラジオが欲しい」
そうだ。日野は正しかったような気がする。日野に必要だったのは、文字通りの意味で《どついても壊れへん》ラジオだったのだ。俺は今、《どついても壊れへん》原発が欲しい。
 (旧版p319)

《どついても壊れへん》ものが逆にあるなら教えて欲しいし、作って欲しい。無理な話ではあるけれど。

★気がつくと、しばらく圧力容器の蓋を開ける幻の手を見ていたようだった。ロボットでなく、人間の手だった。立ちのぼる蒸気で姿も顔も見えないその男に、プロメテウスの名を与えて、島田は笑った。プロメテウスよ、さあ開けろ。開けて中を見ろ。お前が盗もうとした火が、そこにある。命あるものが、触れることも近づくことも出来ない神の火が、そこにある。 (旧版p338~339)

ギリシア神話では、火を盗み、人間に与えたのがプロメテウス。
個人的には、原発で燃えている炎をプロメテウスに例えられるのもどうだろうか、という違和感は拭えない。なんか、ロマンティック過ぎないか? プロメテウスが盗んだのは、太陽の炎だから。

今回はそんなになかったので短いです。
次回でおしまい。

日付変われば、高村薫さんのお誕生日。


「熊が知恵をつけたら、絶望でアル中になった」 (旧版p273)

2014-02-02 22:39:36 | 神の火(旧版) 再読日記
知事も市長も好きなときに辞められていいよねー(棒読み) 私なんて引っ越さない限り大阪府民・大阪市民のままなんだから。どちらが不幸か一目瞭然。

てめえの選挙のために税金納めてるんじゃないぞー! 財政赤字だからとあちらこちらを切り詰めて、別のところでお金を使えば何の意味もない。選挙するお金があるなら、文楽や楽団の補助金に回してよ。その方がよっぽど有意義だよ。選挙は失うものが多いが、文化は生み出すものが多いよ。

ほんとに小泉純一郎の二番煎じだね。自分の思い通りにいかないとダダこねるわがままな子どもと同じ。

ともあれ勝っても負けても、辞任したままであっても、「政治家・橋下徹」の最終的な評価としては「大阪府と大阪市を思うとおり混乱に陥れ、わがままを貫いてひっかき回しただけ」というそしりは免れないんじゃない?

裁判と違って政治は判決も出ないし、結審もない。でも再審請求は出来るから、もしかしたらその感覚で選挙を、と目論んでいるんなら、いかにも単純思考の見本ですね。

ネタバレにご注意。

***

2007年7月7日(土)の旧版『神の火』 (新潮社)は、p306まで読了。

今回のタイトルは、ボリスを称した江口氏の言葉。
旧版でここだけにしか登場しないボリスは、新版と比べてキャラクター設定も登場数も相当な違いがありますね。
新版『神の火』再読日記でも記しましたが、旧版のボリスはあってはならない性向に苦しめられ、島田先生に言い寄ったこともあったそうな。先生は肉体的な誘いには応じなかったので、ご安心を。(旧版p274を参照)

【今回の名文・名台詞・名場面】

★一日何も考えず、自分の額の上で時が止まっているように感じた。炭火の炎で赤々と照らされた額の上で、確かにもう動くものは何もない。手足が動くのは、それがすでに自分から切り離されている証拠だ。そんなことを思いながら、自分の手を眺めた。なかなか端正な手ではあった。昔より、心なしか指先が固くなったような気がする。 (旧版p267)

素のままの島田先生、という感じがしますね。

★日野の口許で、不敵な白い歯と優しい唇のカーブが溶け合った。どこまでも不透明だが、理屈抜きの圧倒的な力で押された。自分を引き寄せて止まない力だった。子供のころと何も変わっていない。 (旧版p271)

なんだ・・・島田先生、そんな昔から日野の大将に惹かれてたんかい(苦笑)

★イリーナだ、と思った。イリーナ。いや、違う。良だ。俺の息子だ。
勇敢な兵士。気高い愛国者。俺の誇り。島田は声に出してそう呟いた。俺の誇り。俺の息子。
 (旧版p272)

これは新版でカットされましたが、確かに違和感が拭えない。良ちゃん、勇敢な兵士でも、気高い愛国者でもないと思うの。ただただ家族を救うために、被曝したようなもんだから。

★「ボリス、頼む! その子を国へ連れて帰ってやってくれ! 勲章をやってくれ! 故郷に埋めてやってくれ! 死の灰の降った土にその子を埋めたら、そこからきっと花が咲く! 血の花が咲く!」 (旧版p273)

旧版・新版ともに、屈指の名場面。
内容はもちろん変わってますが、新版では「勲章をやってくれ!」がカットされました。これはなくなって正解でしょう。良ちゃんは勲章なんて欲しいと思ってないよ・・・。

★鼻孔に流れ込む空気があった。次の瞬間、頬を叩く刺すような寒風を感じた。次いで、生暖かいものが鼻孔を覆い、口を覆い、熱い吐息の風が喉から肺に降りてきた。手足の冷たさに比して、なんという熱さ、何という心地好さ。その風は数回吹き込み、「ほら、生きとるか」と笑う草介の声が一緒になった。
「分からん」
「そうか」
草介の熱い吐息を、さらに数回口移しでもらった。
 (旧版p283)

ここは付箋紙貼ってなかったし、さっきザッと見直してみたら、新版で取り上げなかったこともあったし、やはり入れることにした。 今回、分量が少ないし。
一言で表現するなら「人工呼吸」ですが、日本海の波間に漂いながら、というのがポイントではなかろうか。


残り2回でおしまい。


「ほな、アホのすること見せたろかい」 (旧版p249)

2014-01-30 00:33:07 | 神の火(旧版) 再読日記
「マークスの山を探せ! クイズ」の募集はまだ受け付けてます。多忙な方、退屈な方、時間潰ししたい方などなど、一切問いませんので、ぜひどうぞ。

ネタバレになりますのでご注意。

***

2007年7月6日(金)の旧版『神の火』 (新潮社)は、p266まで読了。

今回のタイトルは、日野の大将の台詞から。この台詞好きな人は、意外と多い? この後、島田先生を殴り、スーツやズボンをひん剥いて、腹を撫でて、脅す大将でありました。 島田先生、あっさり降参(苦笑)

【今回の名文・名台詞・名場面】

★「なあ、川端さんと一緒にならんか?」
「アホ」
「帰りを待っててくれる人を、作れよ」
「お前だけで沢山や」と日野はとぼけたが、その顔にはすでに、失った人間のことを忘れられないと呻く男の目が戻っていた。ビールを呷るコップの端から、川端さん親子には無縁の、鋭い刃がちらりとこぼれ落ちてくる。こうした平和な生活では包みきれない、閃光の片鱗が漏れ出してくる。それが、日野という男だった。
 (旧版p235)

川端さんは大将を慕っていますから、それなりにいい家庭は築けるだろうと想像はできるけど、柳瀬兄妹に出会ってしまったから、どうしようもないよね・・・。

★まいったな。こいつは本当にまいった……。
とっさに身を翻した女性の腕を掴まえたら、もう、ひっぱたくか抱くしかなかった。
 (中略) 
「堪忍して下さい」と川端さんは震えた。実に奇妙な感じで、何とも言いがたかった。身震いする女性の感触が心地好い。恋ではないと知っているのに、心地好いのが辛かった。心ない媚は見せず、淫らにもならない川端さんが、愛しかった。 (旧版p241)

だ・か・ら・な・ん・で!?

と誰もがツッコミ入れたと思われるこの場面。 「私も島田先生に抱きしめられたいっ!」 と望んだ女性もかなり多し。(もちろん私もだ)
川端さんばっかりズルイよ~。島田先生に旧版では抱きしめられ、新版では混浴して・・・キーッ!(←女の嫉妬丸出し)

★闇全体が日野の目の光だった。襲い掛かる刃の冷たさが、触れたとたんに火に変わる。恐怖は汗になり、苦痛と混じり合って燃える泥になる。 (旧版p249)

上記のタイトルの説明した場面の描写の一部。好きなので取り上げました。

★「安泰とは、一秒ですむ苦痛を、二十年味わう男の人生を言うんだ」 (旧版p263)

これも将来作成予定の<江口彰彦 名言・迷言集>に必ず入れます。

★これまで、江口に動かされるだけの人形だった自分が、初めて自らの意志で動いたのが今回の事件だったが、そうして動いたことすら、結局はすべて、四方八方の思惑に見透かされ、利用されていたのだ。この先、何があるかは本当に分からない。結果など、まだまだ先のことだ。 (旧版p263)

★「君みたいな誠実な人間には、こういう話は酷だろうがね。思想も理想も信念もない国で、そういうものを持とうとした者の茶番だよ、すべては。裏切りは、理想がなければ裏切りにならない。裏切るべき国家がなきゃあ話にならない。戦後の復興期にはまだ、国家の体を成す希望があったが、四十五年たって、この国が作ってきたのは物だけだ。売るべき物は持ったが、売るべき国家はない。日本人は商売人にはなれるが、スパイにはなれないということだ」
「それも詭弁です。あなたも僕も、自分の国を慈しむことはしなかった。この土地に生きている人々を、慈しまなかったのは確かです。スパイの定義が何であれ、僕らは確かに何かを裏切ってきたんです。父母、家族、恩師、妻、友人……」
 (旧版p264)

★江口はさらに、恥という概念は神のいない国でこそ意味がある、というような話をした。自分自身に対する恥であれ、他人の目を気にした恥であれ、神の思想の基準がある国では存在しない理屈だ。
そういう話をする江口の目には、ほんとうに懲りることのない精気がうごめいていた。年齢のない若々しさだった。善悪の判断は別にして、江口彰彦はこうでなくては、という気がする。島田は心底苦笑いした。あなたはゲームを百倍楽しめばいい。僕はもう、お付き合いはしかねる。
 (旧版p265)

★そう言えば、良などは恥という言葉は口にもしないだろう。良にあるのは風の匂いだったが、微動もしない信仰の岩の上を吹く風の、清々しさがあった。 (旧版p265)

★なぜスパイになったのか。一つは、単に卑劣な無節操であり、それは個人の資質の問題だった。もう一つは多分、故国という観念が遂に持てなかった人間の、辿る道の一つだったのだと思う。日本という故国が、自分の中では遂に生まれなかった。外国のどの国も自分の故国でないという対比においてしか、日本という国家を意識することができなかった。たとえ、自分の目が黒い色であっても、きっと同じであったと思う。何故そうなのか、理由が分かったときには、故国が生まれているだろうという気がする。 (旧版p265)

★だが、江口と自分の違いは明らかだった。江口はロマン主義の夢想で矛盾を埋めることができたが、自分は科学者だったのだ。万国普遍の科学技術は、ある意味では故国喪失感を埋める一助にはなったかもしれない。だが、現実にミサイルが飛び交う世界で、核兵器を埋め込むような国々の強烈な国家意識に無頓着であるという点では、産業用原子炉自体が、見事に無国籍・無責任・平和ボケの所産であるとは言えないか。その意味では、世界一安全だと自負するこの国の原子炉は、国家意識喪失の裏返しかもしれない。
そんなことを考え続けたが、自分の気持ちを静めるには程遠い結論だった。救いがなかった。
  (旧版p265)

以上、江口氏と絡めた島田先生の感慨。

★真夜中に、ふと自分の手を江口に摑まれて目覚めた。江口が、繰り返し耳元で何か呟いていた。
「しかしね、君は違うよ。君は私とは違う。良がそう言った。彼が初めて君に会ったのは、あの揚松明の夜だったそうだが、あの後大阪で彼と話をしたとき、彼は君のことをひどく気にしているような口ぶりだった。あの剛直な若者にしては、珍しいことだった。彼は君のことをこう言っていたよ。あの人は救い主を探している、とな。君が神を探しているのなら、私とは違う……」
  (旧版p265~266)

こうやって洗脳(?)してたんか!? と想像せざるを得ない江口氏の言動。 一種の睡眠学習ですか?



「謝礼をもらいたいから、呼んで下さい!」 「このドケチ!」 (旧版p217)

2014-01-26 23:56:25 | 神の火(旧版) 再読日記
そろそろ展開が新版と異なってくる旧版。 「なんでやねーん!」とツッコミいれたくなる描写もしばしば。

以下、ネタバレがありますのでご注意。

***

2007年7月5日(木)の旧版『神の火』 (新潮社)は、p227まで読了。

今回のタイトルは、日野の大将がいる工事現場を訪ねた島田先生が、作業員と交わした会話の一部。 

【今回の名文・名台詞・名場面】

★理由は何であれ、いかなる死も苦しみであることを思えば、今そこに横たわる律子には、救い主の声が届かなかったのだ。いや、何より日野の声すら届かなかったのだ。彼女の耳に栓をした者どもに、災いあれ。 (旧版p186)

自殺した律子さんの遺体を前にしての、島田先生の感慨。

★「それに、俺は柳瀬に借りがある。あいつに会わへんかったら、俺は今ごろほんまもんのヤクザやっとった。真面目に生きてみよかと思うたんは、《プラハの春》の話を聞いたからや。気違い草介に《プラハの春》や。そういう話を聞いたから、律子と所帯持とうかという気にもなった。これは人生の《借り》や。その借りを、俺は仇で返したような気がする。」 (以下略) (旧版p192~193)

日野の大将が島田先生に、柳瀬兄妹との一件を語った後の締めくくり。

★「僕の死んだ家内がよう言うとった。借金取りの顔見るのは辛いが、朝の仕事やってるときまで、思い出すほどの顔やない、てな。朝の仕事て、トイレや。すっきり便が出たらほっとするわ、てな。人生の極意やと思わんか。糞しながら思い出さなあかんような大事な顔て、この世にあるか。どや、会社は糞やで。毎日出るから、ありがたい。糞が要らんのは、美人と花嫁さんと仏さんだけや」 (旧版p204)

木村社長のお話。この効き目が島田先生に通じたのかといえば・・・それは以下で判明。

★毎朝トイレで朝の仕事を済ませ、阿倍野の会社には這う思いで通い続けていた。人生の極意とは、諦めの境地のことかもしれない。 (旧版p207)

★「その良がおらんようになったら、今度はお前や。考えてみたらこの十七、八年、俺はひとりになったことがない。そやのに、俺を待っとった奴らは皆、ひとりひとり消えていきよるんや……。これは、いったいどういうわけや。前世で、俺の先祖がよっぽど悪いことやっとったんやろか。ともかく、このままではお前も消えてしまうような気がする。俺のそばにおったら、ろくなことがあらへんような気がする。だからしばらく、どっか行ってくれへんか……。俺をひとりにしてくれ……」 (以下略) (旧版p223)

大事な人を次々に失った、日野の大将の怖れ。

★それにしても、自分も含めて、人間は平和な動物だという根拠のない信念が、いつ、どこで生まれたのだろうと不思議に思った。世界中が、侵略戦争と植民地支配と民族紛争と軍備拡充に明け暮れたこの一世紀の間、どこの誰が、人間は平和を守れると確信出来たのか。こんな世界で、どこの誰が、原子力施設は絶対安全だと言い出したのか。戦争はない、核ミサイルも飛ばないという《条件付き》は、一体どこの誰が保証しているのか。
《条件付き》は卑怯だ、と言った良の言葉を改めて思った。あれは、自分で銃器を扱い、人殺しの訓練を受けてきた男の言葉だったのだ。
  (旧版p226)

★良の受けた苦痛を思いながら、なぜかそれがイリーナにつながり、律子につながった。その想像は苦しく、耐えがたかったが、厳然として動かなかった。それらの苦痛は、広い世界のあちこちで人が受けている苦痛の一つに過ぎず、自分を含めて多くの人々が知るすべもない苦痛の一つに過ぎないが、紛れもなく存在するのだった。それにしても、それらの苦痛の声を閉じ込める牢獄があるとすれば、それはなんと原子炉格納容器のコンクリート・ドームに似ていることか……。
どちらも、社会と為政者が《必然》だと考えているという点で、似ている。どちらも、それを必要としていない社会が、絶対に崩壊させまいとしている点で、似ている。作ってしまえば既成事実というのも、そっくりだ。どんなにキャンペーンをしようと、なぜ必然なのか、なぜ安全なのか、多くの人が漠然としか理解出来ず、ただ恐れるしかないのも似ている。この恐れは、無知からくる恐れとは違うだろう。牢獄も原子炉も、人間が造ったものだが、その中に閉じ込められている人と炎は、神あるいは自然が与えたものだということを、知っているから恐れるのだ。にもかかわらず、それを使わざるを得ない自分自身を恐れるのだ。
  (旧版p227)

長い引用が続きましたが、ここに付け加えることは何もない。読まれた皆さんが、自ら考えるべし。

★そうだとしたら、自分は今日まで、確かに、そういう恐れとは無縁のところに立つ者の一人だった。子供のころから、密かに神を疑ってきたのと同じく、密かに顔を知らぬロシア人の父を憎み母を憎んできたのと同じく、本質的に人間の尊厳を信じていなかった。だから、スパイになれたのだ。良やイリーナや律子を、牢獄に閉じ込める側の一人になれたのだ。  (旧版p277)

旧版で、島田先生が確実に「変わった」と言えるのは、ここになるのかな。


《ところで、今喋っているのは首か、胴体か?》 (旧版p160)

2014-01-26 00:50:05 | 神の火(旧版) 再読日記
「美作は謎に満ちて」 の推理がやっと解けたので、犯人の名前と根拠を記入して送信。
「本格的ミステリー推理小説」なんて読まなくなって久しいので、どうだろう? 当たってると思うんだけどな~。何か商品も当たるといいな~。

ネタバレありますのでご注意。

***

2007年7月4日(水)の旧版『神の火』 (新潮社)は、p181まで読了。

今回のタイトルは江口氏の台詞から。首も胴体も喋ったら、C級オカルトホラーですよ、江口さん・・・(苦笑)


【今回の名文・名台詞・名場面】

★《でも、原子力発電所にミサイルをぶち込んだら、どうなる?》
そんなことは、技術者の心配する範囲のことではなかった。《どうなる?》と訊ねるなら、《壊れる》としか答えられない。
原子力発電所は、確かに戦争や破壊活動は想定していないが、その代わりに、平和を守り、すべての技術を公開し、供与し合い、正しい知識を持つという条件の下で、作られてきた。神ではない人間の不完全な手に、条件を付けるのは当たり前だし、完璧でないから、条件を付けて完璧にするのが人間の仕事だったのだ。
では、現在付けられている条件は完璧か?
 (旧版p136)

高村さんに成り代わり、あえて付加するならば・・・

1.災害も想定していない

2.完璧でないから条件を付けるのでなく、都合のいい条件を付けて完璧にしたことになっている

こんなもんですかね?

★理由は知らない。だが、激しく身を震わせている若い背を見守りながら、島田は何故か原子炉のことを思った。炉心が沸騰する蒸気を逃がして自らを崩壊から守るように、人は涙を流して自らを守るのだろう。原子炉も人も、壊れたら元に戻らないのだ。君も、俺もだ……。 (旧版p142)

高村さんに成り代わり、あえて付加するならば・・・元に戻らないのは、自然も風景もだ。

★江口は腰を上げた。衰えを知らない強靭なバネが、枯れ木の幹の中でうごめいているようだった。危機に遭うと俄然若くなる。危機を楽しんでいるのだ。口封じも原爆も、この男には自嘲の種の一つでしかないのだろう。
この男とは三十年付き合ってきたが、昔どこかで心が通ったと思っていたのは、すべて幻だったのかも知れない。そう思うと、過ぎ去った月日の上に、轟々と風が吹き抜けていくような思いに襲われたが、江口はそのような感傷を受け付ける男ではなかった。追い詰められているほど冷徹になる、悪党の中の悪党だった。
 (旧版p147)

島田先生から見た江口氏は、カメレオンのように多彩な一面をいくつもいくつも見せてくれるのが、魅力的ですね。

★「適当に嘘つくとか、シラ切るとか……。誰でも隠したい過去は持っとるが、男の人生は、それをどうやって隠し通すかやで」
「二年間隠し通しましたよ」
「それで隠したつもりか。いっつも顔に出とったで」
「どんな顔、してました?」
「そやな……。お公家さんと後家さんを足して、二で割ったような顔や。分かるか?」
「浮世離れした顔ですか」
「清々した顔や」
 (旧版p150)

木村社長と島田先生の会話。 これも軽妙な会話で、雰囲気は楽しいが、内容は殺伐としてる(苦笑) 嘘は山ほど付いている島田先生ですからね・・・木村社長の言葉がどう響いたのか気になるところ。
それにしても先生は育ちの良さが滲み出ていて、しかもそれがちっともイヤミじゃないのがいいよね。

★「間違ってたら、間違ってたでええ。人が働いて生きていくのに、理屈も言い訳も要らん。働いて金稼ぐ気さえあったら、老若男女、右も左も平等や」 (以下略) (旧版p150)

★「島田さんが怒るのは当然だ。言ったらおしまいだと分かってた。だから、言ったんだ」
「そんな言い方では、分からない。 君は何も説明してないのと同じだぞ!」
「発電所の話は本気だ。許されないことであろうが、それが僕の結論だ。そんな答えしか見つからなかった。何かの形で始末をつけるまで、僕の気持ちは収まらないんだ。どうしようもないんだ……」
「そんな話は説明になってない! 何の結論だ? 何の始末だ?」
「神の火の始末」
「神の火……?」
 (以下略) (旧版p155)

★良は突然立ち止まり、柵を手で摑んで首を伸ばした。鉄の柵を揺するように力をこめたかと思うと、「原子炉を一つ、消してやるだけだ。せめて一つ……」と、良は呻いた。
若々しい眉根に深い皺をよせて、良はじっと虚空を睨んでいた。その目は彼岸の空を仰ぐように茫々として、この世のものではない静寂に包まれていた。消え去っていくもの、永久に戻ってこないものの匂いだ。そう感じると、島田は理由を問いただす前に深い虚脱感に襲われた。
  (旧版p156)

血を吐くような思いをこめて、良ちゃんがこの言葉を発言したのかと思うと・・・うるるる。

★良は自分の両腕を広げると、それを無言で島田の首に巻きつけた。
触れてみると、熱い頬、熱いうなじ、熱い手だった。少々当惑はしたが、ある種の感慨はあった。同時に不安も倍加した。若者ひとり抱きながら、あれこれの思いを合わせて、島田は改めて《息子だ》と感じた。俺の息子だ。
  (旧版p157~158)

★良は、突然自分の首にあったマフラーを外したかと思うと、それを島田に差し出した。
「約束の印だ」
それだけ言うが早いか、良は身を翻して駆け出した。

 (旧版p158)

以上、島田先生と良ちゃんの、最後の触れ合いを取り上げてみました。
後々、江口氏に「みっともないマフラー」と言われてしまう、良ちゃんのマフラー・・・。でも先生には何ものにも換え難い宝物。

★「良に会ったのだね?」と江口は口を開いた。「連絡方法は決めたのかね?」
「しばらく会わないことに決めました」
「君がそういう口をきくと、大事な人との仲を裂かれた恨み言のように聞こえる」
「二十歳の若僧みたいですか?」
「正直なところだけはね」
  (旧版p161)

そりゃあ良ちゃんは、島田先生にとって大事な《俺の息子》ですからね・・・。
ひと回りちょっとしか年齢が違わないのに《息子》と称する先生もどうかと思うが(苦笑)、勝手に《息子》と思われた良ちゃんがこのこと知ったら、憤慨するか、呆れるか。どっちでしょ?

★「私が欲しいのは、そんなにシャカリキにならない友」と、江口は微笑んだ。「そういう友なら、話も分かる」
「今のあなたに、選り好みをしているヒマがあるとは知りませんでした」
「いつだって、私は選り好みはするよ。死んだって、そんなみっともないマフラーなんかしやしない」
  (旧版p162)

そう、江口氏の好みは一貫してる。でなきゃ島田先生は江口氏に「選ばれて」ないからね!

★「一夜一夜、飲み明かして、そのうち最期の時が来るというのも悪くないね。その上、君が道連れなら、願ったりかなったり」  (旧版p163)

★江口の息の根を止める。それはいい考えだ、と思いがけない笑いがこみ上げた。漠然としているが、確かにそんな日が来てもいい。そうだ。何もかも行き詰ったら、最低限、江口だけは清算していこう。  (旧版p166)

易々と黙って殺されるような江口氏だと思ってるんですか、島田先生・・・? 江口氏はあなたを道連れにするのが本望みたいですよ?


「飲み屋のネエちゃんが、惚れぼれするような二枚目やて言うとったで」 (旧版p96)

2014-01-23 00:25:11 | 神の火(旧版) 再読日記
久しぶりの再読日記の更新ですが、あれもこれもと盛り込みすぎなけりゃ、こんなに楽な気分で出来るのか、と今さらながら気づく(苦笑)

ですが『神の火』は新旧問わず、際どい部分の引用が続きますので、その点では今までの再読日記とは比べ物にならないほど、神経使います。 特に今回は、その傾向が強い。
新版の再読日記であえて避けた部分もありますが、旧版は絶版品切であることを踏まえ、フィクションだと割り切って、思い切ってやってみます。(それでも躊躇するところはある・・・)

以下、ネタバレあります。ご注意。

***

2007年7月3日(火)の旧版『神の火』 (新潮社)は、p129まで読了。

今回のタイトルは、日野の大将の台詞から。この前後の島田先生との会話も好きなので、このあとに取り上げましょうか。


【今回の名文・名台詞・名場面】

★「ところで最近、西成にイカれたヤサ男がおるんやてな」 (中略) 「仕立てのええスーツ着て、サングラスかけて、フラフラしとるそうやが、お前知らんか?」
「知らん」
「飲み屋のネエちゃんが、惚れぼれするような二枚目やて言うとったで。スマートで色白で、憂いに満ちた額が涼しうて……」
「何が言いたいんだ?」
「こっちこそ。どういうつもりなんや、アホ」
 (旧版p96)

こういう軽妙な会話が、最近の高村作品ではほぼ皆無というのが、少々淋しい。


★「どういう部署のどういう人間がどういう悪さをするのが、施設にとって一番脅威になるかを研究するのが目的やろうと言うんですが、そやかて、そんな形而上学的な発想をする産業スパイがどこにいてます?」 (以下略) (旧版p106)

★「せめて、政治家が絡んでないことを祈ってますわ。原子力は、政治の道具にだけはなったらいかんと思いますし……。そう言えば、新しい原子力白書をご覧になりましたか? 原発は二十一世紀の電力供給の主流に昇格しましたよ。《エネルギー・ベスト・ミックス》の建前が消えたんです。でも僕に言わせたら、政府が調子に乗るのは勝手やけど、原発脅迫マニュアルみたいなもんをうやむやにして、主流もくそもあらしません。」 (以下略) (旧版p109)

★「原子力発電所にミサイルをぶち込んだら、どうなる?」
「ミサイル?」
「一トンぐらいの弾頭のついた普通のミサイル」
「そんなことは……考えてみたことがないから、知らない」
「ぷらとんの仲間もそう言ってた。日本の原子力施設は、総論としては百パーセント安全だそうだ。でも、破壊活動や戦争を想定していない限りの安全だって。仲間は《破壊は出来る》と言ってた。《破壊できるようなものは作るな》と」
「そういう次元の話は、また別の話だ」
「僕は、ぷらとんの発想が正しいと思う」
そう言って、良は深い溜め息を洩らした。「原子力施設に、《条件付き》は卑怯だ。作るんなら、無条件に安全なものであるべきだ」
  (旧版p124~125)

これらのベティさんや良ちゃんの発言には、読み手の数だけ思うところ、感じるところがいろいろとあることでしょう。


「あのマウンテンゴリラとはどこで知り合ったのかね?」 「動物園」 (旧版p82)

2014-01-22 00:12:01 | 神の火(旧版) 再読日記
気まぐれと言われてもいい。あと2~3回で終わる新版をおいといて、旧版を。
旧版・新版の比較は、のちのちドーンとまとめてやったほうがいいんじゃないか、とコペルニクス的転回。

というわけで、初回とは体裁がガラッと変わってます。
ツッコミはそんなに入れないようにしますので、文章をそのままを味わってください。
ネタバレは当然ありますのでご注意。

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2007年7月2日(月)の旧版『神の火』 (新潮社)は、p90まで読了。
タイトルは江口さんと島田先生の会話。 島田先生の発言にひねりがないのが、いかにも島田先生らしい。


【今回の名文・名台詞・名場面】

★感情的になるな。感情でミスを犯す奴は最低だ、と鏡の男が言った。島田は口に溜まった歯磨きペーストの唾を鏡に吐きかけ、急いで口を濯いだ。 (旧版p61)

汚れたその鏡、口を濯いだ後で拭いたんでしょうね、島田先生・・・? 旧版の島田先生は、新版と比べてビックリするほど、感情が激しいです(笑)

★「いろいろと難しいね、世間は」
「島田さんも、そんなこと考えはることあるんですか」
「考えた結果が、この人生だ」
「僕は、考えた結果がこのネクタイや」
 (旧版p62)

新版でも取り上げた会話。好きなので、旧版でも引用。

★昔から、自分の手で触れ、目で確かめることの出来るものは、受け入れることが出来ない性分だった。 (中略) 島田の目は、どこまでも実証と分析の目だった。事実は見るものであり、島田は、推測する前に見ずにはおれない目を持って生まれたのだった。 (旧版p69)

島田先生の性格がよく分かる描写ですね。

★「酔っぱらいの理由にするほど、君は楽しい相手じゃないな。鏡を見なさい、鏡を。失恋と破産をいっぺんにやったような顔だよ、今夜は」 (旧版p73)

自分の首を絞めるのが火を見るより明らかであっても、改めて個別に取り上げて、<江口彰彦 名言・迷言集>を作成したいもんですわ。なんかもう、いちいちツボを突いてくる。

★「そんな名前は、当局が勝手に付けたものだ。そんなセンスのない名前を考えた連中の、頭の中身が知れるというものだろう? そこからして、君が関わる価値なんかないと、私は初めから決めていた。そうだ。君には関係のない話だった。学生のお遊びより、さらに低劣な話だった。国家テロも、ここまで来ると本物のキ印だ。だから君には知らせる気もなかった。私の恥だからね」
恥? 原発をテロの標的にするような話に乗ったのが恥か。違う。得体の知れない若造をひっかけるほど落ちぶれたのが恥だ。テロ・グループを使えと言われて、断れなかったのが恥だ。あなたらしくない。江口彰彦のすることではない。あなたの誇りはどうした。理想はどうした。
何かが頭をもやもやと巡った。あなたの恥は俺の恥なのだと自分に呟きながら、島田は呆然と男の静謐な顔を眺めた。原発脅迫マニュアルだと……?
 (旧版p73)

★そういう男の物言いは、確かにあの江口のものだった。皮肉と誇りと自嘲がないまぜになって、どこまでも本当の姿を隠そうとする。一口、二口呷るブランデーが、さらに本当の顔を遠ざける。揺すぶり倒したい衝動を起こさせる、あの江口の顔だった。
この顔にさえ出会わなければ、自分は本来、感情の爆発ということを知らないで一生を終えるタイプの人間だったのだと、ふと考えた。だが、激しい爆発に対しては、それを押さえつける理性もそれなりに鍛えられてきた。
島田は、苦くなったブランデーを無言で噛みしめた。江口は、そ知らぬ顔で自分のグラスを揺すっていた。この二年の年月が、刻々とあやふやな靄になって消えていくのを感じた。その一方で、本当に消さなければならなかったのものは、何ひとつ消えていないのだとあらためて思い知らされた。
 (旧版p74)

ここは新版とほぼ変更なし。 コピペで楽をした(苦笑)

★「浩二くん。君は私を尋問しているのか」
江口は冷ややかな微笑を浮かべたかと思うと、島田のネクタイを摑んだ。「こんなものを締めてるから、息が詰まってくるんだよ。緩めなさい」
島田はネクタイを緩めた。江口は満足そうに微笑み、また飲み始める。
 (旧版p76)

高村作品の男性同士の<隠微>さを暗喩するアイテムの一つ、「ネクタイ」の描写は、長編2作目にして現れていたんですね~。
しかし素直に緩める先生も先生だ(笑)

★江口はソファから身を起こしていた。ブラインドから漏れる薄明かりの中で、初めてその眼球が光った。男は典雅な人差し指を一本、真っ直ぐに伸ばし、島田の眉間に突きつけた。「君と私の傷に触れさせないためだ。最後まで、私たちの誇りは守るのだよ。そのための人生だろう、え……?」

島田は、無言で江口の手を押し退けた。激しく逆らわなかったのは、江口の言葉に同意したためではなかった。江口も自分も間違っている。自分たちがそれぞれ何を望もうと、最後には道は一つになる。そんなことを考えたが、口に出すのは控えた。
 (旧版p77)

一行分、間が空いてますが、これは単行本の表記のとおり、空けているのです。

★江口は飲み続けていた。痩せて枯れた身体が、シャツの下でコソリと音を立てそうな感じだった。そんなにアルコールの火を注いで、何を燃やそうとしているのか。穴という男は、不燃繊維で出来たシーツに火をつけて、火事が起こるのを待っているようなものだ。ロマン主義の冷たい熱狂が、人の心に沁みるのを待っているようなものだ。 (旧版p77)

★「自分のハンカチを汚すほどのことじゃないだろうに」
「ハンカチ一枚惜しむようでは、初めからこんなところには来ませんよ」
「ふむ。それを言うなら、偵察に代償はつきものだと言いたまえ」
 (旧版p81)

★「何も訊くつもりはない。会いたいだけです」
「二十歳の小娘じゃあるまいし……」
そう呟いて江口はホホと笑った。「そういうことは口にしなさんな。四十を越えたら、男は虚勢。女は厚化粧。本音を出して可愛い歳は過ぎたよ、お互いに」
「三十九です」と島田は訂正しながら、自分の言動を恥じた。
 (旧版p82)

江口氏と島田先生の会話は、読んでいて楽しいわ~。正確に言えば、先生をやり込める江口氏が素敵よね。

★「君が残りの人生を捨てる気なら、私が拾おう。君がどこへでも行く覚悟があるなら、私が案内しよう。ただし、道が誤っていたら悪しからず」 (旧版p82)

江口氏、カッコええ~! 再三言ってますが、高村作品「老人キャラクター」でダントツに好きなのが江口彰彦さんです。


「君を罠にかける暇があったら、ウサギ一羽ひっかけるほうがマシだ。食えるから」 (旧版p20~21)

2007-07-01 23:46:33 | 神の火(旧版) 再読日記
6/29(金)より、旧版『神の火』 (新潮社) の再読を始めました。

新版の再読日記も終わってないのにねえ。加えて季節はずれは重々承知。
しかしここで読んでおかないと、間に合わないのですよ。今夏実施の「舞鶴・宮津・天橋立地どり」に! 予習もかねて読んでおかないと、ガイド役を務める者としては、恥ずかしいですからね。

***

旧版をお持ちでない方、読まれてない方もたくさんいらっしゃると思うので、どのような形式にしようか、実施前からずっと悩んでおりました。
旧版・新版の違いを逐一挙げるのもキリがありませんが、ザッとメモ書き程度で挙げてみましょうか。

ではここで、旧版『神の火』 (新潮社) の最低限の基礎情報を・・・。

初版発行は1991年(平成3年)8月25日。翌年の第五回山本周五郎賞の候補作にも選ばれています。(余談ながら第六回には、『リヴィエラを撃て』 (新潮社) も候補作に)

1995年(平成7年)7月発行の文庫化の際、全面的に書き直して出版され、同時に単行本は絶版。その後文庫版を装丁も変えて、改めて1996年(平成8年)8月、単行本で出版。
便宜上、1991年~1995年まで発売された単行本を「旧版」、それ以降に発売された文庫及び単行本を「新版」と呼んで区別しています。

私の持っている旧版は、1994年5月20日 8刷になります。

***

2007年6月29日(金)の旧版『神の火』 (新潮社)は、p38まで読了。
タイトルは、江口さんが島田先生へ向けた言葉。裏を返せば、食えるものなら本当は、島田先生を食いたいということですか?

【旧版・新版の違い メモ】
「ここも忘れてる」「ここも違うよ」という細かいツッコミは、後ほどお願いします。出来るだけ自分の首を絞めたくないので(笑)

★フックのサイズ。
【旧版】  「20dのフック付き!」 
【新版】  「22ミリのフック付き!」

建設業界の末端にいる身としては、ここは見逃せない(苦笑) 10、13、16、19、22、25、29、32、35、38、41・・・とありますので。20はないんです。19か22がここでは正しいので、新版ではちゃんと22になってますね。

★良ちゃんに近づいてきた男と、その対応。
【旧版】 老人。日野の大将への物品も受け取る。 
【新版】 壮年の男。日野の大将への物品の受け取りを、良ちゃんは拒否。

当然、男の言葉遣いや態度も違う。老人の方が、えらく丁寧だ。新版は、唾吐いてたっけ?

★良ちゃんが島田父子が乗っている船を見ている場面。
【旧版】  仮設の共同トイレの窓から眺めている。
【新版】  外から眺めている。

トイレの窓って! それはさすがに絵面が悪いでしょう・・・(苦笑)

★「ぷらとん」に関しての、島田先生への良ちゃんの接触方法。
【旧版】  江口さんが先生へ電話をかけて呼び出し、素人数人とともに闇討ちをかける。先生、ボコボコにやられる(苦笑) 
【新版】  電話で穏やかに伝える。

闇討ちって! ここから既に旧版の「暴れん坊・良ちゃん」の称号がつけられることになったのか・・・。


【今回の名文・名台詞・名場面】
自分の首を絞めたくないので、サラッと流します。
違う部分があろうがなかろうが、ツッコミ解説も極力避けます。旧版と新版が、そっくりそのまま同じ文章って、めったにありませんからね。
取り上げた文章は新版と重複する部分もありますが、それだけ私の琴線に触れた部分、私の好きなところなのだと思って下さい。
新版と比較してみたい方は、神の火(新版) 再読日記 をご参照下さい。但し参考になるかは不明。ご了承を。

★男は、ときどき船の夢を見る。多分、四年前に自分をこの国に運んできた船のことを想うからだろうが、夢の中でもいつも真っ先に、船の舳先がどちらの方角へ向いているのかと目を凝らす。自分を迎えにくる船はまだ、一度も現れたことはないが、今あそこに浮かんでいる船はどうだろう。
あの船はどこへ行くのか。あの雲の海を行く船は……。
 (旧版p9)

良ちゃんの見つめている船。その船に乗っている一人の男が、この先の良ちゃんの運命に深く関わっている。ああ、やっぱりこの場面、旧版・新版ともに好きやわ。

★多重防護のシステムは、人間工学の部分を除いてほぼ完成の域に達しているが、百パーセント確実なものなどこの世にはない。事故は〇・〇〇一パーセントの確率であっても、起こったら最後なのだから、関係者の心配は真っ当なものだった。故障もテロも、事故は事故だ。 (旧版p15~16)

★直視するに耐えない顔だったが、島田はその男から目を逸らすことが出来なかった。かつて男が言った通り、時代は確かに変わったが、時代の機関車はそれを動かそうとした人間を置き去りにした。男の清々とした夢想家の目の中では、時間は永久に止まっているのだと、島田は思うことがあった。二人で時代を変えようと囁いたその唇は、ただの狂ったロマン主義者の唇だったのだと今では思う。
島田は、自分の腹から沸騰水が噴き出すのではないかと思ったが、実際には、熱流束は蒸気の泡でいっぱいの状態だった。噴き出すべきものが噴き出さない。溜り続ける熱の逃げ場がない。原子炉の炉心では、その泡が飽和状態になるとき、逆に一気に流体抵抗がなくなって、沸騰水の驀進が起こるときがある。
 (旧版p17)

★考えてみれば、白の盛装はいつでも、この男に一番相応しい姿ではあった。弔いの日に、こんなふうに晴々と白を着て颯爽と立っていることの出来る人間が、ほかにいるだろうか。 (旧版p18)

★男の白いスーツの肩に、松明の明かりが映っていた。二年前に会ったときより、随分小さくなった肩だ。その上で、腐りかけた夢と陰謀が燃やされている、と島田は思った。 (旧版p19)

★全く、達者なのは口だけで、運動神経は昔から駄目な男だった。アスコットタイとステッキで、飄々と風に吹かれて歩いているうちが花。下を見ていないので、そのうち必ず歩道か横断歩道の段差に躓いて転ぶ。そして、骨にひびが入っても、顔色一つ変えずに再び平然と歩き出すのだ。江口はそういう男だった。この男の自負に満ちた人生は、道で派手に転んだぐらいではびくともしない。実業家であり、詩人であり、骨の髄までダンディな策謀家。そういう変幻自在な虚像とその内にある実像を、島田が冷静に見分け、それなりに眺めることが出来ようになったのは、そう遠い昔のことではなかった。そして今なお、島田にとって、どうしても一言で言い表すことの出来ない人物。それが江口彰彦だった。 (旧版p21)

島田先生から見た江口さんの描写。なかなか面白いですね。江口さん好きな私は、ここも好き。

★この男も、冬の肌を持つ男だ。 (旧版p24)

やっぱりこの表現、官能的でいいよね。好き。

★自分の人生を思うとき、島田は常に自分の腹で燃える火を連想した。この十数年、自分の腹の炉心がいつ壊れるかと見つめ続けてきた。危険の兆候はそれと分かるが、対処方法の選択と判断が難しい。これは原子炉でも同じだった。計測器のはじき出す数値を判断し、いくつもある対処方法のうち、どれが最適かを見極めるのが、技術者の仕事だ。自分も技術者の端くれであったのだから、選択も判断も自分で行うと決めていた。この炉心はいずれ崩壊することは分かっているが、それを見極めるのは自分であって、江口ではなかった。壊れているなら、安全に止めて見せる。自分が盗んだ火は自分で消し、神に返す。そう決めていた。 (旧版p27)

★歓迎したいものなど何もないが、自分の人生が未だ、人に踏まれても仕方のない影を引きずっていることを、改めて考えた。腹の中で炉心が燃えていた。不快なものや、恐怖も混じっているが、それにも増して奔出してはならない熱が迸り出ていた。 (旧版p30)

これは闇討ちかけられた後、地べたに横たわって動けない島田先生の内面状態。なかなか「熱く激しい」男のようですね、先生は。
それにしても、どれだけ容赦なくボコボコにやっつけたんだ、良ちゃん・・・。