堀江でございます。
2011年に読んだ本の中で、二番目に面白かったものを紹介します。
"Understanding Michael Porter: Essential Guide to Competition and Strategy" (題訳 マイケル・ポーターを理解する:翻訳未刊行)
どんな本?: ポーターの競争戦略を理解し、実務に役立てるための本
ポーター近年の論文、"What Is Strategy"(1996)と、"The Five Competitive Forces That Shape Strategy"(2008)を中心に、実務者向けに手法の使い方を解説しています。「ポーターのコンセプトは間違って理解されることが多い」として、よくある誤りを指摘し、正しい使い方を解説しています。
本書にはポーター本人が全面的に協力しています。彼の最新の考えを反映しており、内容を信頼できます。
書いたのはこんな人: ハーバード・ビジネス・レビューの元エディター
ハーバード・ビジネス・レビュー誌の元編集者であり、ポーター担当編集者として20年間以上親しい交流があります。本人も経営書のベストセラーを書いています。経営コンサルタントとしてべインのパートナーも務めました。
では、本書の順を追って、診断の参考になる部分を抜き出し説明します。
前半の内容」 「競争とはなにか」
1.「競争を正しく理解しろ」「一番を目指してはいけない」
まず強調しているのは、「競争に関する正しいマインドセットをもつ」こと。
競争においては、それぞれが「ユニーク(独自)を目指す」べきとしています。
最も多い誤りは、皆が「一番を目指す」競争をすることです。皆が一番を目指せば、勝者のないゼロサムレースが永遠に続きます。近年、勝者は簡単に模倣され、優位性はすぐ失われるからです。
それぞれが独自価値を目指すことにより、より良い収益を持続的に得ることができるとしています。
この「一番("the best")を目指すな」という指摘は、本書で繰り返し説明があります。本書のメインコンセプトのひとつです。
2.「ファイブ・フォース分析から始めろ」
5Fは普遍的な分析手法であり、すべての業界に適用できる、あらゆる分析の起点であるとしています。5Fは業界構造、つまり製品価格と費用を説明し、よって業界の平均収益性がわかります。
その上で、バリューチェーンを用いて相対的地位を理解します。
また、ポーターはSWOT分析を疑問視しています。SWOTはランダムな要素の羅列になりやすく、「朝起きた時の気分で結論がぶれる」としています。
3.簡素化され実用的なバリューチェーン分析
興味深いのは、バリューチェーンの構造が簡素化されていることです。有名な重層的バリューチェーンではなく、一列に並んだ活動の連鎖図が使われています。
下図は、旧来の図。顧客や競合者の活動を、主活動と支援活動に分け説明するのに悩みました。また理系脳としては、マージンが右端にくることが腑に落ちません。もやもやは本書で見事に解決されました。
単純化されたバリューチェーン分析なら、客に簡単に説明できます。特に、競合他社と活動を比較するのが容易になります。
使い方は以下の通り。車いすを作る会社を例にとり、(1)設計から保守まで一貫して手掛けるWhirlwind社、(2)再生販売業者、(3)企画会社のみ行い生産を外注する会社、以上3社の比較をしています。3社の間で、活動ごとに特徴を比べることにより、だれが何に力を入れているか可視化できます。
4.「コスト集中」「差別化集中」は削除
もうひとつ『競争優位の戦略』『競争の戦略』で理解しにくかったフレームワークとして下図がありました。
「コスト集中」「差別化集中」というのは、わかったような、わからないような、お客様に説明できないものでした。この図はバッサリ切り捨てられ何処にも出てきません。
曰く、「つまるところ、他より安く作るか、高く売れるものをつくるか、高く売れるものを安くつくるか、である」とのこと。おっしゃる通りです。
後半の内容 「戦略とはなにか」
5.戦略は正しくたてられているか
戦略が正しく構築されているか判断するため、以下の判断基準を提言しています。
1 Value proposition 「顧客」「ニーズ」「価格設定」は、他社と異なる組み合わせにしているか
2 バリューチェーンをテーラーメードしてあるか
3 トレードオフはあるか 正しい戦略であれば、実行により、何かをあきらめているはずである。あきらめて「やならいこと」はあるか
4 フィット その強みは、自社がもつ要素あるいは経営資源が様々に絡みつながってできているか
5 継続性 正しい戦略は、継続的であり、頻繁に変わるものではない
6.「顧客」「ニーズ」「価格」で差別化する
差別化する際のValue propositionの要素が新しくなりました。これは重要です!
1996年の論文では、三要素を「製品種類」「ニーズ」「アクセス」としていました。でも、お客様に「アクセス」で差別化しろといっても、実行容易なアドバイスではありませんでした。販路を変える事の理解を得るのは容易ではないからです。
本書が勧める差別化の切り口は、「ターゲットとする顧客」「ターゲットとするニーズ」「価格の設定」です。「価格設定」とは、「安く売るか」または「高く売れる製品あるいは高く売れる仕組み」の選択とのことです。
「顧客」「ニーズ」「価格設定」という切り口は、すんなりと理解できるものです。実際、この要素に切り分けポジショニング・マップをつくると、すっきり出来上がります。
付録の内容
7.FAQ
ポーターに多く寄せられる疑問に関し、筆者が問い、ポーターが答えています。
例えば、「犯しやすい間違いはなにか」という問いについて、ポーターは以下の通り答えています。
戦略を建てる上で犯しやすい間違いは、
(1)ベストをめざすこと
(2)マーケティング戦略と事業戦略が混乱すること
(3)強みを過信すること
(4)ビジネスあるいは地域を間違えて定義すること
(5)最も重要なのは、そもそも戦略と呼べる戦略をもたないこと
これだけ学びどころがある本が、1,830円で手に入ります!
同書は2011年末に発売されました。amazon.comではよい評価を得ています。本邦でも広く知らしめる価値がある本だと思ったので、読了後すぐAmazon.co.jpに「翻訳を発売すべき」と書評を入れました。しかしながら、いまだ誰からも注目されておらず残念。
さて、ポーターを実務に用いるとき、「主活動」と「支援活動」に無理に分けたり、「コスト集中」と「差別化集中」に悩む必要がなくなりました。差別化の切り口も整理されています。お客様に対し、ポーターの理論を簡単に提供できるような気がしませんか?
コメント追加 2012-08-27 15:40:27
投稿後アマゾンを見ましたら、同書の翻訳版が9/21に発売されるそうです。失礼いたしました。
2011年に読んだ本の中で、二番目に面白かったものを紹介します。
"Understanding Michael Porter: Essential Guide to Competition and Strategy" (題訳 マイケル・ポーターを理解する:翻訳未刊行)
どんな本?: ポーターの競争戦略を理解し、実務に役立てるための本
ポーター近年の論文、"What Is Strategy"(1996)と、"The Five Competitive Forces That Shape Strategy"(2008)を中心に、実務者向けに手法の使い方を解説しています。「ポーターのコンセプトは間違って理解されることが多い」として、よくある誤りを指摘し、正しい使い方を解説しています。
本書にはポーター本人が全面的に協力しています。彼の最新の考えを反映しており、内容を信頼できます。
書いたのはこんな人: ハーバード・ビジネス・レビューの元エディター
ハーバード・ビジネス・レビュー誌の元編集者であり、ポーター担当編集者として20年間以上親しい交流があります。本人も経営書のベストセラーを書いています。経営コンサルタントとしてべインのパートナーも務めました。
では、本書の順を追って、診断の参考になる部分を抜き出し説明します。
前半の内容」 「競争とはなにか」
1.「競争を正しく理解しろ」「一番を目指してはいけない」
まず強調しているのは、「競争に関する正しいマインドセットをもつ」こと。
競争においては、それぞれが「ユニーク(独自)を目指す」べきとしています。
最も多い誤りは、皆が「一番を目指す」競争をすることです。皆が一番を目指せば、勝者のないゼロサムレースが永遠に続きます。近年、勝者は簡単に模倣され、優位性はすぐ失われるからです。
それぞれが独自価値を目指すことにより、より良い収益を持続的に得ることができるとしています。
この「一番("the best")を目指すな」という指摘は、本書で繰り返し説明があります。本書のメインコンセプトのひとつです。
2.「ファイブ・フォース分析から始めろ」
5Fは普遍的な分析手法であり、すべての業界に適用できる、あらゆる分析の起点であるとしています。5Fは業界構造、つまり製品価格と費用を説明し、よって業界の平均収益性がわかります。
その上で、バリューチェーンを用いて相対的地位を理解します。
また、ポーターはSWOT分析を疑問視しています。SWOTはランダムな要素の羅列になりやすく、「朝起きた時の気分で結論がぶれる」としています。
3.簡素化され実用的なバリューチェーン分析
興味深いのは、バリューチェーンの構造が簡素化されていることです。有名な重層的バリューチェーンではなく、一列に並んだ活動の連鎖図が使われています。
下図は、旧来の図。顧客や競合者の活動を、主活動と支援活動に分け説明するのに悩みました。また理系脳としては、マージンが右端にくることが腑に落ちません。もやもやは本書で見事に解決されました。
単純化されたバリューチェーン分析なら、客に簡単に説明できます。特に、競合他社と活動を比較するのが容易になります。
使い方は以下の通り。車いすを作る会社を例にとり、(1)設計から保守まで一貫して手掛けるWhirlwind社、(2)再生販売業者、(3)企画会社のみ行い生産を外注する会社、以上3社の比較をしています。3社の間で、活動ごとに特徴を比べることにより、だれが何に力を入れているか可視化できます。
4.「コスト集中」「差別化集中」は削除
もうひとつ『競争優位の戦略』『競争の戦略』で理解しにくかったフレームワークとして下図がありました。
「コスト集中」「差別化集中」というのは、わかったような、わからないような、お客様に説明できないものでした。この図はバッサリ切り捨てられ何処にも出てきません。
曰く、「つまるところ、他より安く作るか、高く売れるものをつくるか、高く売れるものを安くつくるか、である」とのこと。おっしゃる通りです。
後半の内容 「戦略とはなにか」
5.戦略は正しくたてられているか
戦略が正しく構築されているか判断するため、以下の判断基準を提言しています。
1 Value proposition 「顧客」「ニーズ」「価格設定」は、他社と異なる組み合わせにしているか
2 バリューチェーンをテーラーメードしてあるか
3 トレードオフはあるか 正しい戦略であれば、実行により、何かをあきらめているはずである。あきらめて「やならいこと」はあるか
4 フィット その強みは、自社がもつ要素あるいは経営資源が様々に絡みつながってできているか
5 継続性 正しい戦略は、継続的であり、頻繁に変わるものではない
6.「顧客」「ニーズ」「価格」で差別化する
差別化する際のValue propositionの要素が新しくなりました。これは重要です!
1996年の論文では、三要素を「製品種類」「ニーズ」「アクセス」としていました。でも、お客様に「アクセス」で差別化しろといっても、実行容易なアドバイスではありませんでした。販路を変える事の理解を得るのは容易ではないからです。
本書が勧める差別化の切り口は、「ターゲットとする顧客」「ターゲットとするニーズ」「価格の設定」です。「価格設定」とは、「安く売るか」または「高く売れる製品あるいは高く売れる仕組み」の選択とのことです。
「顧客」「ニーズ」「価格設定」という切り口は、すんなりと理解できるものです。実際、この要素に切り分けポジショニング・マップをつくると、すっきり出来上がります。
付録の内容
7.FAQ
ポーターに多く寄せられる疑問に関し、筆者が問い、ポーターが答えています。
例えば、「犯しやすい間違いはなにか」という問いについて、ポーターは以下の通り答えています。
戦略を建てる上で犯しやすい間違いは、
(1)ベストをめざすこと
(2)マーケティング戦略と事業戦略が混乱すること
(3)強みを過信すること
(4)ビジネスあるいは地域を間違えて定義すること
(5)最も重要なのは、そもそも戦略と呼べる戦略をもたないこと
これだけ学びどころがある本が、1,830円で手に入ります!
同書は2011年末に発売されました。amazon.comではよい評価を得ています。本邦でも広く知らしめる価値がある本だと思ったので、読了後すぐAmazon.co.jpに「翻訳を発売すべき」と書評を入れました。
さて、ポーターを実務に用いるとき、「主活動」と「支援活動」に無理に分けたり、「コスト集中」と「差別化集中」に悩む必要がなくなりました。差別化の切り口も整理されています。お客様に対し、ポーターの理論を簡単に提供できるような気がしませんか?
コメント追加 2012-08-27 15:40:27
投稿後アマゾンを見ましたら、同書の翻訳版が9/21に発売されるそうです。失礼いたしました。
〔エッセンシャル版〕マイケル・ポーターの競争戦略
です。
私も、ぜひ、翻訳版を読んでみたいです。
これまでの机上論から、現場にちかづいた視点が強まっている印象を受けました。
旧来のバリューチェーンは、私自身、理解しきれずに、仕事で使うことはありませんでした。シンプルになり、わかりやすいですね。
翻訳されたものを是非読みたいと思います。