『S-Fマガジン 2010年12月号』 (早川書房)
劇場アニメ「マルドゥック・スクランブル 圧縮」公開記念 冲方丁特集&ジェイムズ・P・ホーガン追悼特集。
先日無くなった西崎義展がアニメのプロデューサーとしての名声を確立した最初の人物だろう。冲方丁は、彼を越えるプロデューサー像を作るかもしれない。そんな感想をおぼえるインタビューだった。
『マルドゥック・スクランブル』は新装版と完全版が出版されて、これで3バージョンになったわけだが、それぞれに「売る」対象がきちんと想定されており、それぞれに書き方を変えている。この細かさは、小説家というだけでは出せないだろう。小説家、脚本家である前に、冲方丁はプロデューサーであるといえるだろう。
もう一方のホーガン追悼特集は、あのホーガンの追悼特集のわりにはあっさり気味。
正直言って、最初はあんまり好きなタイプではないと思い込んでいたのだが、『星を継ぐもの』を読んで認識が変わった。謎解き部分も確かに凄いのだが、それよりも、最後の演説部分に心を打たれた。最近読んだ『プロテウス・オペレーション』でもそれは同様。その科学技術と未来への揺るがぬ信頼がホーガンの魅力なのだろう。
△:「Preface of マルドゥック・アノニマス」 冲方丁
シリーズ第3弾へむけてのプロローグ。というか、あからさまに映画のトレーラー風。
期待は膨らむが、これだけで評価は不可能。
○:「華氏451」 樺山三英
ありゃ、これでシリーズ完結なのか。単行本化されたときに、この序文が果たしてどこに掲載されるのかが気になるところ。
電子書籍という存在が重要な鍵なんだろうが、我々読者にとってのユートピアは、やはり紙製の本に埋もれることにある。
○:「プリンセスに銀の靴を」 ジェイムズ・P・ホーガン
萌えるけど、さすがにそれは無いだろうという感じ。
少女ターヤが世界を理解していく仕方は、ホーガンの世界理解と同じなのかもしれない。
今回の読みきりはこれだけ。しかし、冲方インタビューや巽講演録など、読み処は多かった印象。S-Fマガジンとしては、こういう方向でもいいのかもしれない。
ところで、ハヤカワオンラインの書影がNo Photoになっているのは、マルドゥック・スクランブルの映画のポスターをそのまま使用しているからなのか?
劇場アニメ「マルドゥック・スクランブル 圧縮」公開記念 冲方丁特集&ジェイムズ・P・ホーガン追悼特集。
先日無くなった西崎義展がアニメのプロデューサーとしての名声を確立した最初の人物だろう。冲方丁は、彼を越えるプロデューサー像を作るかもしれない。そんな感想をおぼえるインタビューだった。
『マルドゥック・スクランブル』は新装版と完全版が出版されて、これで3バージョンになったわけだが、それぞれに「売る」対象がきちんと想定されており、それぞれに書き方を変えている。この細かさは、小説家というだけでは出せないだろう。小説家、脚本家である前に、冲方丁はプロデューサーであるといえるだろう。
もう一方のホーガン追悼特集は、あのホーガンの追悼特集のわりにはあっさり気味。
正直言って、最初はあんまり好きなタイプではないと思い込んでいたのだが、『星を継ぐもの』を読んで認識が変わった。謎解き部分も確かに凄いのだが、それよりも、最後の演説部分に心を打たれた。最近読んだ『プロテウス・オペレーション』でもそれは同様。その科学技術と未来への揺るがぬ信頼がホーガンの魅力なのだろう。
△:「Preface of マルドゥック・アノニマス」 冲方丁
シリーズ第3弾へむけてのプロローグ。というか、あからさまに映画のトレーラー風。
期待は膨らむが、これだけで評価は不可能。
○:「華氏451」 樺山三英
ありゃ、これでシリーズ完結なのか。単行本化されたときに、この序文が果たしてどこに掲載されるのかが気になるところ。
電子書籍という存在が重要な鍵なんだろうが、我々読者にとってのユートピアは、やはり紙製の本に埋もれることにある。
○:「プリンセスに銀の靴を」 ジェイムズ・P・ホーガン
萌えるけど、さすがにそれは無いだろうという感じ。
少女ターヤが世界を理解していく仕方は、ホーガンの世界理解と同じなのかもしれない。
今回の読みきりはこれだけ。しかし、冲方インタビューや巽講演録など、読み処は多かった印象。S-Fマガジンとしては、こういう方向でもいいのかもしれない。
ところで、ハヤカワオンラインの書影がNo Photoになっているのは、マルドゥック・スクランブルの映画のポスターをそのまま使用しているからなのか?