スマホの契約は時間がかかると決まっている。
2019年、遅まきながらのスマホデビュー。なぜか時間がかかり、受け取るまでにSCの中、隣の眼鏡屋でつい眼鏡を作ってしまった。
今回はなるだけシンプルに、契約は今まで通り、機種変更だけ。それでも写真データの移行に時間がかかった。午後6時過ぎたので中断、帰宅。後は自動的に移っているとの店員さんの説明だったけど、今朝見たらやはり途中までだった。理解不足による私の聞き間違いだと思う。
何か私の方で操作が必要だったのかもしれないけど、全データを移すお任せの手数料が約5千円なので、もう一度店へ持って行く。スマホ2台預けて、午後から受け取りに行く。出来たということなので持ち帰ったけど、写真フォルダは数種類、お気に入りとか、ラインの写真とかあるのに、写真フォルダだけしか移っていない。
元のスマホには残っているのでまた店へ行くのが面倒。出たり入ったりで、時間が細切れになり、まとまったことができない。
今回も店員さんの言うことが半分くらい理解できない。私は学校時代は人並みに近い能力はあったはずと密かに自負しているのですが、この21世紀の新しい機器のこととなるとほぼお手上げ。
悔しいけど圧倒的な情報量の差。店員さんは親しみを込めているつもりなのか、たまにため口、毎回面倒な説明してうんざりしているようですが、そこはお仕事なので、年寄りにもわかりやすい説明をお願いしたいところです。
スマホは便利だけど、ついて行くのは大変です。でもここで置いて行かれたら、人と連絡は取れない、道に迷う・・・と予想もしない困りごとが押し寄せてくることでしょう。
織りの世界では命落としても綾は落とすなという諺があります。
綾とは、経糸の一本ずつの順番がずれないよう、2本の棒(竹が多い)に、上から下、下から上と交互に通すことですが、これが狂うと織り機に糸を掛けることができません。
おやまあ、蘊蓄失礼しました。私はずっと下手で、綾の狂うことしばしば、早々と綾棒を外して「綾、全落ち」というあり得ない失敗もしました。
でも綾は何とか回復できますが、スマホの場合は落としたらどうなるのでしょう。想像するだけで怖い。
命落としてもスマホ落とすなが新しい諺。持ち歩くのは面倒。面倒だけど、仕方ない。
私の憶え違いでなければ、30歳の頃、確か、今はなき週刊朝日に、その頃やっと高価なパーソナルコンピュータが出始めたのですが、「将来は家庭の主婦がコンピューターで家計簿つけるようになる」との記事が。
それは想像もつかない未来の話でしたが、今は現実になりましたね。もちろん、つけない人はいくら時代が進んでもつけないのですが。
夕方は証券会社の営業の人が新しい商品の説明に来る。これも何のことか。パンフを置いて行ったけど、面倒な話はもうこの体が受け付けない。
シンプルこそ貴けれ。
最近のヒットは、食器用布巾と台拭きを古い浴衣地にしたことです。浴衣地は高松名産の保多織、平織りの変形で、緯糸が四本目ごとに一回浮く。ワッフル織りに似ています。通気性がよくて、一日の台所仕事の終わりにしっかり絞ってそこら辺に掛けておくと朝には乾いています。(縁は縫わない。乾かなくなるので)
ああ気持ちいい。だいぶ楽になりました。
スマホも追々慣れていくと思いますが、今は注文したスマホケーズが届くのを楽しみにしています。