7月28日の朝日新聞の政治断簡という記事の冒頭に佐藤武嗣さんが「自己言及のパラドックス」として書かれている。以下に引用しておこう。
数学や論理学で「自己言及のパラドックス」というのがある。 「私はウソつきだ」と語る人の発言は果たしてウソか本当かーー。
ウソつきならば「私はウソつき」と語るのもウソだから、ウソつきでないことになる。逆にその人が本当のことを言っているのなら「私はウソつきだ」というのも本当だからその人はウソつきで。いずれも矛盾をきたす。『張り紙禁止」と書かれた張り紙も自己矛盾。自分自身に言及するとたちまち論理矛盾を引き起こすというものだ。(引用終わり)
「私はウソつきだ」という言い方は簡単であるが、それを自分自身に当てはめると矛盾をきたすという論理はこれで十分説明されている。
これも以前にこのブログで書いたことがあるはずだが、もっと複雑な言い方では
「あるクレタ人は『クレタ人はみなウソつきだ』といった」
というのがある。これもそのクレタ人自身について考えると論理的な矛盾が生じるのは上の話と同じである。
この命題は数学の不完全性定理との関係で、よく使われる。
上の朝日新聞の記事の冒頭のことと論理的に同じ話を「板倉式発想法」という題ですでに書いた。
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