聖書のはなし ある長老派系キリスト教会礼拝の説教原稿

「聖書って、おもしろい!」「ナルホド!」と思ってもらえたら、「しめた!」

問31「最高の預言者、唯一の大祭司、永遠の王」ルカ2章10-14節

2016-09-04 14:25:41 | ハイデルベルグ信仰問答講解

2016/09/04 ハイデルベルグ信仰問答31「最高の預言者、唯一の大祭司、永遠の王」ルカ2章10-14節

 これは何をしている絵でしょうか?

 よく見ると、頭に何かをかけていますね。これは角の容れ物に入れた油を、頭にかけているところです。これは、聖書に出てくる場面で、昔のイスラエル民族が、大祭司や王を選び、任命するときに、神から特別な任命をいただいてその大事な仕事をすることを表す儀式です。これを

「油注ぎ」

というのです。そして、この「油注ぎ」をされた大祭司や王をまとめてヘブル語で

「メシヤ(油注がれた者)」

というようになりました。イエス様の時代、世界ではギリシャ語が公用語でしたので、「油注がれた者」もヘブル語の「メシヤ」から訳されて、ギリシャ語で

「キリスト」

と呼ぶようになりました。「キリスト」とは、油注がれた者という意味なのです。

問31 なぜこの方は「キリスト」すなわち「油注がれた者」と呼ばれるのですか。

答 なぜなら、この方は父なる神から次のように任職され、聖霊によって油注がれたからです。

 父なる神が、イエスを任職されました。聖書の言い方で言うと、「油注がれた者」(メシヤ・キリスト)となられた。だから、イエス・キリストというのです。イエス・キリストとは「メシヤであるイエス」という肩書きで呼ぶような言い方なのです。

 では、父なる神から特別に任命されて、イエスは何をしてくださるのでしょうか。

…すなわち、わたしたちの最高の預言者また教師として、わたしたちの救いに関する神の隠された熟慮と御意志とを余すところなくわたしたちに啓示し、わたしたちの唯一の大祭司として、御自分の体による唯一の犠牲によってわたしたちを救い、御父の御前でわたしたちのために絶えずとりなし、わたしたちの永遠の王として、御自分の言葉と霊とによってわたしたちを治め、獲得した救いによってわたしたちを守り保ってくださる、ということです。

 ここには、預言者と大祭司と王、三つの職務が出てきますね。この三つは、イエスがおいでになる前、旧約聖書の時代に、油を注がれて任命された、三つの立場なのです。預言者、大祭司、王。この三つを手がかりに、逆にイエス・キリストのお働きに光を当ててみましょう、というのが、この答えなのです。

 預言者は、私たちに神の言葉を教えてくれます。神はどんなお方か、神が私たちに何を知らせたいと願っておられるか、私たちに伝えてくれます。道を外れそうになった時には、勇敢に立ち上がって、神の意志を告げ知らせる預言者が、聖書にはたくさん出てきます。いのちをかけてでも、大切な神の言葉を届けてくれるのが預言者たちでした。それは、自分勝手にしたのではなく、神から任命されて初めて許されたことだったのですね。イエスは、預言者です。それも、

「最高の預言者また教師」

です。

「わたしたちの救いに関する神の隠された熟慮と御意志とを余すところなくわたしたちに啓示し」

てくださる、最高の預言者また教師です。旧約時代の預言者たちはみな、この最高の預言者イエスのことを予告する代役だったのです。

 次に、大祭司は、神と人々との間に立って、礼拝を司りました。神と人間との関係を結び合わせてくれるのが大祭司でした。預言者は知識を伝えてくれましたけれど、大祭司は、民のあり方を神に向けて整えるため、言葉を聞いたり知ったりするだけでは出来ない関係修復をしてくれたのです。この祭司も、油を注がれて任命されたのですが、やがておいでになるイエスがどんなお方であるかを、大祭司もその一面を見せてくれていたのです。イエスこそは、唯一の大祭司です。

「御自分の体による唯一の犠牲によってわたしたちを救い、御父の御前でわたしたちのために絶えずとりなし」

てくださいます。

 三つ目が民を治める

「王」

です。王も神に選ばれて、任命されました。民を支配し、権威を持つ王は、悪い王になって大変になってしまうことも多々ありましたが、本当は良い王様として民を守り、国を育てるための、大切な存在だったのです。その王たちも、来たるべき本当の王様であるキリストを示していました。キリストは

「わたしたちの永遠の王として、御自分の言葉と霊とによってわたしたちを治め、獲得した救いによってわたしたちを守り保ってくださる」。

キリストは、私たちの王です。私たちを治め、守り、保って下さる。強いお方、頼もしいお方、そして、私たちが従うべきお方です。

 以上、「預言者、祭司、王」という三つの職務が、「キリスト(メシヤ)」のお働きを言い表していることをお話ししました。勿論、イエスが預言者と祭司と王の役割を、取っ替え引っ替え忙しく働いていらっしゃる、ということではありませんよ。預言者であり、祭司であり、王であって、私たちの事を、知識を教えたり、罪の赦しと成長という面から整えたり、私たちのすべてを治めて守ってくださったり、あらゆる面から私たちを祝福して、神の子どもとして恵みを注いでくださる、ということです。知識も心も与え、全部を治めてくださる。最高の預言者でもあり、唯一の大祭司でもあり、永遠の王でもある。そういう豊かな方として、イエスはキリストであられるのです。

 今日読みましたルカの福音書2章は、クリスマスに読まれる事の多い、イエスの誕生の記事です。その誕生の時点で御使いは

「この方こそ主キリストです」

と紹介しました。イエスは、主キリストとしておいでになりました。イエスこそ、油注がれたお方です。それは、クリスマスに始まって、イエスが天に帰られるまでだけのことではありません。イエスは、今に至るまで、主キリストです(「でした」ではなく「です」です。)イエスだけが、最高の預言者として今も私たちを教え諭してくださいます。唯一の大祭司として、ずっと私たちを取りなし、完全に神との間を修復して、強い絆を与えてくださいます。永遠の王として、私たちを治めてくださっています。

 私たちは、イエスがキリストであり、イエスだけが神の油注がれたメシヤであると告白します。他には王や大祭司はいません。ルカの福音書の時代も、ハイデルベルグ信仰問答の時代も、そして今も、イエスが下さった聖書の言葉とは違う教えや力との戦いがありました。教会も、そういう力に流されそうになるのです。でもそれは、イエスがキリストであることを否定することになるのだ、と抵抗したのが、ルカであり、ハイデルベルグ信仰問答を書いた人たちでした。私たちも、イエスが、イエスこそが、イエスだけが、最高の預言者、唯一の大祭司、永遠の王だと、大胆に告白していきたいのです。

 

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