やっとのことで茂助と久留美は、先発隊の潜む陣へ戻ることが出来た。
「茂助、そのおなごはどうした?」
久留美を連れて戻った茂助に、大窪貞竹が尋ねた。
「長信濃のおなごかと思われますが、草野様より地理に詳しいのではないかと、先に大窪様の所へ連れて行くようにと・・・。」
「そうか、そなた、名は?」
「・・・」
久留美は、時代劇のように鎧兜の武士達の姿に圧倒されて返事が出来なかった。
「く、久留美と申す者です。」
茂助が答えた。
「武田方は、どの辺りに陣をとっておる?」
「・・・」
「口がきけぬか?・・・もう良い、下がれ。」
茂助は、久留美を立たせて陣の隅へ連れて行った。
「大窪様へ、長信濃の様子を話してくるから、ここで待っておれ、動くなよ。」
茂助は、久留美の肩を掴んで言った。久留美はコクリと頷く。
茂助がいなくなってしばらくすると、二人の足軽が久留美の所へやって来た。
「このおなごか、茂助様が連れて来たのは?どれ、どれ。」
一人の足軽が、木の下で座っている久留美の顎を掴んで顔を上げた。
「なかなかいいおなごじゃ。」
「ちょっと、つまんでみようか!」
「おう、久しぶりじゃしのお!」
男達は、辺りを見回し、久留美を挟み込むようにして連れだした。しだいに陣から遠ざかって行く。久留美は、二人に腕を掴まれ逃げられない。声を出そうにも恐怖で口が開かない。
「この辺ならいいだろう。」
「殺しゃしないから、おとなしくしてろ、いいな!」
一人が後ろから久留美の身体を触りだし、もう一人は、久留美の顎を掴んで顔を近づけてきた。
「いやっ!」
久留美は、思わず男の急所を蹴飛ばした。
「うおっ!」
男は、股間を押さえてうずくまった。
「何をする!」
後ろの男がそう言った瞬間、久留美の肘が顔面を襲った。
「ううっ!」
男は、鼻を押さえてひっくり返った。それを見た久留美は、とにかくその場から逃げようと林の中を走った。
道も、方向も、目的地も判らずただ走った。
どれくらい走っただろう・・・。息が切れて走れなくなり、久留美はゆっくり歩いた。
もう追ってはこないだろう。でもどこへ向かえばいいのかも判らない。
しかたなく前に進んだ。木々の間から星空が見えた。
ただ歩きながら久留美は思った。
こんな山の中を歩いたような記憶がなぜなのかある。きっと夢だったのだろうが、それにしては心の中に深く残っている気がする。
森の中を彷徨いながら久留美は思った。
「あの人は、誰なんだろう?」
森の中を誰かと一緒に歩いた記憶。しかし今は知らない道を一人で歩いている。
ガサガサっと音がした。久留美は立ち止った。
「誰!」
返事はないが、確かに気配がある。
大木の下に光る眼が見えた。
「誰なの?」
ガサガサ!何かが動き出した。しかも久留美に向かって。
「あっ!」
すぐに何なのか判った。イノシシだ。
「いやっ!」
久留美は、イノシシに背を向けて走り出した。しかし速い。どんどん久留美に迫って来る。
「退けっ!」
逃げる久留美の前に現れた男が叫んだ。久留美は言われるまま横へ跳んで倒れた。
グヒイイッ!男が飛び上がると同時に刀を振ると、イノシシが鳴き声とともに谷側へ転がり落ちて行った。
「危機一髪だったな!」
男が言った。
久留美は、起き上って服の汚れを手で払いながら男の顔を見た。
「あ、ありがとう・・・。」
「そのカッコウを見ると、この時代の人間じゃないな?」
久留美は驚いた。
「何年から来た?」
「2千、9年です・・・。」
「俺とは、5年違いだな。」
「あなたもタイムスリップして来たんですか?・・・やっぱりここは、戦国時代なんですね・・・。」
久留美は、その場にしゃがみ込んだ。
「戦国時代も悪くないぞ。生きるか死ぬかだけど、嫌味な上司の下で好きでもない仕事をしているより、ずっと生きてる実感がする。」
「でも、人を殺すんでしょ!」
「そんなの科学の発達した現代人でも、意味もなく人を殺すじゃないか!この時代は、自分や家族が生きていくために戦い、人を殺すんだ。」
「そんなのへりくつよ!私は、看護師なの!人の命を救うための仕事をしているの。・・・だから、・・・だから、・・・。」
久留美は、うな垂れて涙を流した。
「お前は、どうしてここへ来た?・・・ここへ来るのには、きっかけがあったはずだ。俺は、仕事場から帰る途中、バイクで事故って谷底へ落ちて、死んだかと思ったらこの時代へ来てたんだ。」
久留美は、思い返した。自分も死ぬはずの状況でここへ来ていた。
「あなたの言うことも間違いじゃないかもしれない・・・。でも殺し合いがいいわけない・・・。」
男が、腰の包みから握り飯を出して、久留美の前に差し出した。
「喰え、たぶんろくに飯も喰ってないだろ。・・・海苔も具もないけどな・・・。」
確かに何も食べていなかった。久留美は、握り飯を掴んで一口食べた。
「俺は、渡名部清志。・・・お前は?」
「久留美、安達久留美。」
「そうか、久留美か・・・。」
渡名部は、久留美の横に腰を下ろした。
森の中を茂助が走っている。久留美を捜しているのだ。
「何処へ行ってしまったんだ・・・。」
陣からかなり離れてしまっている。しかし久留美のことをほっておけない茂助は、そのまま山奥へと進んで行った。
しばらくすると、人影が見えた。
「久留美どのか?」
人影は、二つだった。
「何者!」
茂助は、刀を抜いた。
「待て、俺は、怪しいものではない!」
久留美が立ち上がった。
「茂助さん、この人は、私がイノシシに襲われている所を助けてくれたの。」
久留美の姿を見て、茂助は安心した。
「無事であったか?」
「はい。」
「そなた、名は?」
「渡名部と申す。」
「どちらにお仕えで・・・?」
「あ、いや、家康様にお仕えしたくて、陣を捜していたんだ・・・。」
「ならば一緒に来るが良い。」
「あなた様は、家康様のご家臣か?」
渡名部は、急にかしこまった。
「私は、家康様の家臣である、三津林様にお仕えしている茂助と申す。」
茂助は、そう答えた。
「三津林・・・?」
「知っているのか?」
渡名部は、腕を組んだ。
「いや、でも記憶にあるような、ないような・・・?」
渡名部は、腕を組んで首を捻るだけだった。
「久留美どの、いなくなったそなたを捜している途中、そなたに手を出して怪我を負わされたという足軽が二人おったが、本当なのか?」
歩きながら、茂助が尋ねた。
「ごめんなさい、護身術を習ったことがあったので、とっさに身体が動いてしまって・・・。」
恥ずかしそうに久留美が答えた。
「それじゃあ、俺が助けなくても、イノシシも一捻りだったかな?」
「そんなの無理よ、すごく怖かったんだから!」
はははは・・・。
三人は、笑いながら暗い山道を歩いた。
・・・つづく。
「茂助、そのおなごはどうした?」
久留美を連れて戻った茂助に、大窪貞竹が尋ねた。
「長信濃のおなごかと思われますが、草野様より地理に詳しいのではないかと、先に大窪様の所へ連れて行くようにと・・・。」
「そうか、そなた、名は?」
「・・・」
久留美は、時代劇のように鎧兜の武士達の姿に圧倒されて返事が出来なかった。
「く、久留美と申す者です。」
茂助が答えた。
「武田方は、どの辺りに陣をとっておる?」
「・・・」
「口がきけぬか?・・・もう良い、下がれ。」
茂助は、久留美を立たせて陣の隅へ連れて行った。
「大窪様へ、長信濃の様子を話してくるから、ここで待っておれ、動くなよ。」
茂助は、久留美の肩を掴んで言った。久留美はコクリと頷く。
茂助がいなくなってしばらくすると、二人の足軽が久留美の所へやって来た。
「このおなごか、茂助様が連れて来たのは?どれ、どれ。」
一人の足軽が、木の下で座っている久留美の顎を掴んで顔を上げた。
「なかなかいいおなごじゃ。」
「ちょっと、つまんでみようか!」
「おう、久しぶりじゃしのお!」
男達は、辺りを見回し、久留美を挟み込むようにして連れだした。しだいに陣から遠ざかって行く。久留美は、二人に腕を掴まれ逃げられない。声を出そうにも恐怖で口が開かない。
「この辺ならいいだろう。」
「殺しゃしないから、おとなしくしてろ、いいな!」
一人が後ろから久留美の身体を触りだし、もう一人は、久留美の顎を掴んで顔を近づけてきた。
「いやっ!」
久留美は、思わず男の急所を蹴飛ばした。
「うおっ!」
男は、股間を押さえてうずくまった。
「何をする!」
後ろの男がそう言った瞬間、久留美の肘が顔面を襲った。
「ううっ!」
男は、鼻を押さえてひっくり返った。それを見た久留美は、とにかくその場から逃げようと林の中を走った。
道も、方向も、目的地も判らずただ走った。
どれくらい走っただろう・・・。息が切れて走れなくなり、久留美はゆっくり歩いた。
もう追ってはこないだろう。でもどこへ向かえばいいのかも判らない。
しかたなく前に進んだ。木々の間から星空が見えた。
ただ歩きながら久留美は思った。
こんな山の中を歩いたような記憶がなぜなのかある。きっと夢だったのだろうが、それにしては心の中に深く残っている気がする。
森の中を彷徨いながら久留美は思った。
「あの人は、誰なんだろう?」
森の中を誰かと一緒に歩いた記憶。しかし今は知らない道を一人で歩いている。
ガサガサっと音がした。久留美は立ち止った。
「誰!」
返事はないが、確かに気配がある。
大木の下に光る眼が見えた。
「誰なの?」
ガサガサ!何かが動き出した。しかも久留美に向かって。
「あっ!」
すぐに何なのか判った。イノシシだ。
「いやっ!」
久留美は、イノシシに背を向けて走り出した。しかし速い。どんどん久留美に迫って来る。
「退けっ!」
逃げる久留美の前に現れた男が叫んだ。久留美は言われるまま横へ跳んで倒れた。
グヒイイッ!男が飛び上がると同時に刀を振ると、イノシシが鳴き声とともに谷側へ転がり落ちて行った。
「危機一髪だったな!」
男が言った。
久留美は、起き上って服の汚れを手で払いながら男の顔を見た。
「あ、ありがとう・・・。」
「そのカッコウを見ると、この時代の人間じゃないな?」
久留美は驚いた。
「何年から来た?」
「2千、9年です・・・。」
「俺とは、5年違いだな。」
「あなたもタイムスリップして来たんですか?・・・やっぱりここは、戦国時代なんですね・・・。」
久留美は、その場にしゃがみ込んだ。
「戦国時代も悪くないぞ。生きるか死ぬかだけど、嫌味な上司の下で好きでもない仕事をしているより、ずっと生きてる実感がする。」
「でも、人を殺すんでしょ!」
「そんなの科学の発達した現代人でも、意味もなく人を殺すじゃないか!この時代は、自分や家族が生きていくために戦い、人を殺すんだ。」
「そんなのへりくつよ!私は、看護師なの!人の命を救うための仕事をしているの。・・・だから、・・・だから、・・・。」
久留美は、うな垂れて涙を流した。
「お前は、どうしてここへ来た?・・・ここへ来るのには、きっかけがあったはずだ。俺は、仕事場から帰る途中、バイクで事故って谷底へ落ちて、死んだかと思ったらこの時代へ来てたんだ。」
久留美は、思い返した。自分も死ぬはずの状況でここへ来ていた。
「あなたの言うことも間違いじゃないかもしれない・・・。でも殺し合いがいいわけない・・・。」
男が、腰の包みから握り飯を出して、久留美の前に差し出した。
「喰え、たぶんろくに飯も喰ってないだろ。・・・海苔も具もないけどな・・・。」
確かに何も食べていなかった。久留美は、握り飯を掴んで一口食べた。
「俺は、渡名部清志。・・・お前は?」
「久留美、安達久留美。」
「そうか、久留美か・・・。」
渡名部は、久留美の横に腰を下ろした。
森の中を茂助が走っている。久留美を捜しているのだ。
「何処へ行ってしまったんだ・・・。」
陣からかなり離れてしまっている。しかし久留美のことをほっておけない茂助は、そのまま山奥へと進んで行った。
しばらくすると、人影が見えた。
「久留美どのか?」
人影は、二つだった。
「何者!」
茂助は、刀を抜いた。
「待て、俺は、怪しいものではない!」
久留美が立ち上がった。
「茂助さん、この人は、私がイノシシに襲われている所を助けてくれたの。」
久留美の姿を見て、茂助は安心した。
「無事であったか?」
「はい。」
「そなた、名は?」
「渡名部と申す。」
「どちらにお仕えで・・・?」
「あ、いや、家康様にお仕えしたくて、陣を捜していたんだ・・・。」
「ならば一緒に来るが良い。」
「あなた様は、家康様のご家臣か?」
渡名部は、急にかしこまった。
「私は、家康様の家臣である、三津林様にお仕えしている茂助と申す。」
茂助は、そう答えた。
「三津林・・・?」
「知っているのか?」
渡名部は、腕を組んだ。
「いや、でも記憶にあるような、ないような・・・?」
渡名部は、腕を組んで首を捻るだけだった。
「久留美どの、いなくなったそなたを捜している途中、そなたに手を出して怪我を負わされたという足軽が二人おったが、本当なのか?」
歩きながら、茂助が尋ねた。
「ごめんなさい、護身術を習ったことがあったので、とっさに身体が動いてしまって・・・。」
恥ずかしそうに久留美が答えた。
「それじゃあ、俺が助けなくても、イノシシも一捻りだったかな?」
「そんなの無理よ、すごく怖かったんだから!」
はははは・・・。
三人は、笑いながら暗い山道を歩いた。
・・・つづく。