今日のうた

思いつくままに書いています

日没

2020-11-23 14:21:29 | ③好きな歌と句と詩とことばと
桐野夏生著『日没』を読む。
今の日本は、小説家の眼にはこのように見えるのか、と怖くなった。
近未来には、表現の自由がなくなるのではないか、
書いたもののことで罪に問われるのではないか、
そして拘束されて・・・と考えない小説家はいないのではないだろうか。
中村文則さんがインタビューで次のように答えていた。
「小説家がインタビューを受けなくなってきている。
 だが僕は、読者のためにも覚悟を決めて、言いたいことを言う義務がある。
 言っていいことなんか何一つないんだけどね」

金原ひとみ著『fishy』の中に次の言葉がある。
「不意に、昔読んだ作家の言葉が蘇る。
 『世の中が真っ当な時は、作家は愚かなことができる。
  でも世の中が愚かになってしまうと、
  作家は真っ当なことを言わざるを得なくなる。
  これは作家にとって最も悲しいことだ』」

『日没』の帯に次のような言葉がある。
「ありとあらゆる人の苦しみを描くのが小説なんだから、
 綺麗事だけじゃないよ」

インタビューを拒否したり、時事問題をスルーする人は多いだろう。
こういう人を私は信じない。
「言いたいことを言う義務がある」以上、いかに読むのがしんどくても、
「読む義務がある」と思って読んだ。


主人公に読者からの提訴があったと召喚状がくる。
そして「文化文芸倫理向上委員会」という政府の組織によって、
主人公は断崖に建つ海辺の療養所に収容されて、番号で呼ばれることになる。
提訴の理由は、「小説にレイプや暴力、犯罪をあたかも
肯定するかのように書いている」というものだ。

小説の一部を引用させて頂きます。

「コンプライアンスという言葉をご存じですよね?
 総務省の方でも、作家の表現に少しコンプライアンスを求めようと
 いうことになったのです。野放しはよくないという
 世論に準じた形です」

 私はまたも大きな声を上げたが、同時に背筋が寒くなった。
 愚昧な人間たちが、小説作品を精査して偏向もしくは異常だと
 断定し、小説を書いた人間の性格を糺(ただ)そうとしている。
 これほど怖ろしいことはなかった。療養所。そして精神鑑定。
 その先には、何があるのだろう。びゅんびゅんと回る風力発電の
 タービンの音を、間近で聴いているようで神経が麻痺しそうだった。

 かつて出版社は、良質な作品を書く作家を大事にした。それから
 しばらくは、作品の質は脇において、売れる作家を優先的に遇した。
 だが、最近は売れて、かつ正しいことを書く作家ばかりに仕事を
 頼む傾向にある。それは、正しいことを書く方が読者の支持を
 得やすい、ということだけでもないのだった。

 私は、ようやくヘイトスピーチと小説とが、同じレベルで捉えられる
 ようになったという事実に辿り着いて愕然とした。これは、同じ
 「表現物」として公平に見せかけた、国家権力の嫌がらせだ。・・・
 要するに、売れて人気のあるエンタメ作品は、テレビ番組と同じで、
 政治権力の干渉を受けやすいということになる。

 なぜなら、ここにおられる先生方は偏向しているのに、平気でそれを
 垂れ流している。異常なことを書いて、平気で金を稼いで暮らしている。
 そういうのを治してほしいんですよ。糺してほしい。先生方が無責任に
 書くから、世の中が乱れるということががわかっていない。
 猥褻、不倫、暴力、差別、中傷、体制批判。これらはもう、
 どのジャンルでも許されていないのですよ。

 それから基本的に、入居者同士の接触は禁止です。私語も手紙などの
 通信もすべて禁止。なので、所内はもちろん、外で入所者と擦れ違っても
 絶対に話さないでください。私語を交わしているのを見られた時は、
 共謀罪の適用も考慮されています。     (引用ここまで)

物語は始まったばかりだ。


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