カトリック社会学者のぼやき

カトリシズムと社会学という二つの思想背景から時の流れにそって愚痴をつぶやいていく

敬老の日のミサ ー 終油かお彼岸か

2024-09-15 20:37:35 | 教会


 年間第24主日(B年)の今日は「祖父母と高齢者のための世界祈願日」だ。ごミサの中で「病者のための塗油の秘跡」(終油の秘跡)がなされた。日曜学校の子供たちから聖歌を歌うプレゼントが贈られ、ミサ後に記念撮影がなされた。茶話会も盛会だった。

 敬老の日のお祝いもあったのでミサの高齢者の出席者は多かったが、若い方も多かった。神父様のお説教も力が入っていた。今日の福音朗読はマルコ8:27-35で、長い。ペテロがイエスはメシアだと信仰告白し、イエスが死と復活を予告する場面だ。神父様はここをペテロはまだメシアという言葉の意味がわかっていないという視点から解説された。興味深い説明だった。

 敬老の集いには80歳以上の方に招待状が神父様から送られた。そのためか、今日の出席者はあまりにも数が多く、祭壇の前に並んで一緒に写真を撮ることができなかった。2階席からの遠景写真が撮れただけだった。80歳以上の方の出席が多かったというのはこれはこれで教会としては喜ばしいことなのであろう。神父様からはサイン入りのカード(ご絵)がプレゼントされた。

【神父様からのカード】

 


 現在は九月十五日は「老人の日」で、九月第3月曜日(今年は九月十六日)が国民の祝日としての「敬老の日」ということで、なにか紛らわしい。

 カトリックの教会暦では、「祖父母と高齢者のための世界祈願日」は七月第4日曜日で、イエスの祖父母(聖ヨアキムと聖アンナの日の7月26日)に近いのでこの日に祝う国も多いようだ(1)。ところが日本では七月の暑いさなかに敬老の気分にもなれないので九月が選ばれているのかもしれない。9月15日前後は、中秋だし、お彼岸だし、敬老の日に塗油の秘跡も違和感はない(2)。

 塗油の秘跡では司祭は額に聖油を塗るときにつぎのような祈願を唱えてくれているという。「この聖なる塗油により、慈しみ深い主キリストが、聖霊の恵みであなたを助け、罪から解放してあなたを救い、起き上がらせてくださいますように」。実際には塗油の希望者全員に一人一人この祈りを唱えるのは大変なことだろうからなにか別の祈りがあるのかもしれない。

 ミサ後の茶話会には神父様も参加され、各テーブルを順番に回って話に加わっておられた。信徒との交わりを大切にされる神父様のようだ。教区ではいろいろな役職を割り振られてお忙しいようだが、ミサを立てることを最も大切にされるという姿勢は好ましい。


1 世界祈願日には3つあるという。
①世界平和の日(1月1日)
②被造物を大切にする世界祈願日(9月1日)
③祖父母と高齢者のための世界祈願日(7月の第4日曜日):教皇フランシスコが2021年に制定
2 日本では、「祖父母と高齢者のための世界祈願日」は「敬老の日の前日の日曜日」と定められた。新型コロナウイルス感染症のパンデミックの最中に制定されたものだ。カトリック中央協議会はつぎのような説明をしている。
「この祈願日の教皇メッセージは、とりわけ高齢者自身へと向けられます。教皇は、記憶を保ち信仰を伝えるという高齢者の使命を繰り返し説いています。高齢者には、社会において担うべき役割があるのです。ですから、高齢者にとってはその使命の自覚が、後の世代にとっては高齢者の果たす役割への理解が、それぞれ求められます。家庭にも教会にも、高齢者が活躍する場、あらゆる世代がつながって協働する場が必要なのです。」
 日本ではこの世界祈願日を敬老の日の近くに持ってきたということについてはいろいろ議論もあるようだ。日本のカトリック教会内の信徒の姿勢の違いは様々なところでみられるようだが、一番深い違いはいわゆる土着派と福音派の対立だろう。信者の数をとにかく増やすのが大事でローマの言いなりにならずに日本文化に適応していくことを強調する人々と、カトリックの普遍性を強調する立場の違いとでもいえようか。日本の司教団はどちらかといえば土着派に近い印象がある(七五三や敬老の日のお祝いの導入など)。最近はこの対立軸に加えて、カトリック教会は「日本の教会」なのか「日本人の教会」なのかという対立軸も生まれてきているようだ(三好千春『時の階段を下りながら』2021)。日本の信者数は40数万人とよく言われるが、実は外国人信徒の数は日本人の信徒の数より多いと言われる。外国語のミサを挙げている教会は多い。外国人信徒は日本人信徒と「一緒に」教会で活動するのか、それとも「別々に」活動するのか。日本人のカトリック信徒数が増えないなか、外国人信徒数は着実に増加しつつある。現在のところ移民労働者のなかでカトリック信徒は多い。中央協議会はどこへ日本の教会を導いていこうとしているのだろうか。

 

 

 

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喜びの日か鎮魂の日か ー 被昇天の祝日に想う

2024-08-15 17:40:00 | 教会


 今日八月十五日はカトリック信者にとっては複雑な日だ。聖母の被昇天の祝日であり、終戦記念日であり、お盆の日でもある。

 今日のごミサでは神父様は白の祭服を着る。聖櫃も祭壇も説教台も白色で覆われる。白は喜びの色だ。お祝いなのである。挨拶をするとするなら「おめでとうございます」なのだ。
 今日のごミサは多くの方が参列された。普段の日曜日のミサと変わりないくらいの出席者の数だった。この異常な酷暑の中、高齢者がこれだけ集まるのだから、被昇天の祝日の重要性がわかる。聖母の被昇天の祝日は、教会ではイースター、クリスマスについて3番目に重要な日なのである。

 今日の福音書朗読はルカ1:39~56だった。マリアがエリザベトを訪ねるシーンだ。マリア崇敬の中核部分で、よく知られている箇所だ。神父様はお説教でマリアとエリザベトを対比させながら、「なぜマリアが最初に挨拶したのか」と問われた。普通に考えれば、まずエリザベトが最初に挨拶しても良さそうなのに、ということだ。神父様はマリアの従順ということをおっしゃりたかったのだろうが、話があちこちに飛んでしまったのは残念だった。神父様もマリア様についていろいろと話したいことがおありだったようだ。今日がお盆の日であり、同じ時間帯に戦没者追悼式が催されていることに触れられることはなかった。

 同じような感想を数年前のブログで投稿したことがある(1)。この時はコロナ禍の最中だったので、ブログのトーンに明るさはない。現在はコロナ禍をなんとか乗り切ったという安心感が勝っている。今日のミサは力強いものであり、神父様のお説教も励ましの言葉であった。鎮魂の日が同時に喜びの日でもあることの意味をかみしめたい。

【祭壇の白】

 


1 「被昇天祭と終戦記念日 ー 「主よ、どうかお助けください」 (2020-08-16)

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香部屋 ー 入ったことありますか

2024-07-29 10:31:33 | 教会


 私どもの教会の月報(第402号)に典礼係から貴重な投稿があった。タイトルは「典礼奉仕について」となっており、主に香部屋と祭壇の準備についての説明であった。祭壇はいつも見慣れてはいても細部はよくわからないことが多い。また、香部屋は侍者をしたことがなければほとんどの方は入ったことがないのではないか。祭壇はどこの教会でも同じだが、香部屋の内装は教会の個性が出てくるところだ。少しこの投稿を紹介してみたい。

 まず香部屋だが、聖具室とか祭具室とか呼ぶこともあるそうだが、わたしは香部屋以外聞いたことがない。祭壇に接して設けられている教会が多いようだが、祭壇から離れたところにある場合もあるようだ。大きさも様々らしい(1)。

 香部屋はさまざまな収納や保存機能をもつが、基本は神父様の祭服の用意をする場所だ。典礼係はその日の典礼色に合わせて、神父様が重ねて着用される祭服を、着る順番に準備台にたたんで置いておくという。
 ここでは典礼色のチェックが大事だ。聖櫃のカバーの色、朗読台の十字架の布の色、祭服の色、はいつも同じものにする。典礼係が一番気を遣うところだろう。

 では、典礼色には何種類あるのだろうか。基本は5種類だそうです(2)。

白色 :神の栄光・勝利・復活・喜び・清らかさの象徴
 待降節、復活節、主な祝祭日、洗礼・堅信・初聖体・結婚の儀式で用いられる
赤色 :火と血の象徴 火は聖霊で、聖霊降臨の主日に用いられる 血は命まで捧げ尽くす愛の象徴、主の受難の主日・聖金曜日・殉教者の祝祭日に用いられる
緑色 :成長する新芽の色で、天国への旅路を導く希望を意味する  通常の「年間」の主日に用いられる
紫色 :回心・節制・悲しみを表す色で、待降節・四旬節・ゆるしの秘跡・葬儀・死者のためのミサで用いられる
ばら色 :控えめな喜び・待つ喜びを表す 待降節第3主日・四旬節第四主日に用いることができる

 「年間」の緑色が一番なじみがある色だろう。司祭がほかの色の祭服を着てお聖堂に入ってくると、「そうか」ということで典礼暦年や祝祭日を思い起こすことになる。

 つぎは、祭服の話だ。司祭はミサの時、何枚の祭服を重ねて着ているのだろうか。

 普段はカラーもつけない司祭が増えているのでわかりずらいが、なんと4枚も重ね着をしているという。

アミクトス まず首の周りに着ける 肩衣と訳すこともあるらしい
アルバ 白い祭服を着る
ストラ 当日の典礼色に合わせた色のストラを着る
カズラ 幄衣(あくい)ともいうらしいが聞いたことはない 合羽みたいなもの 色はストラと同じ

 どれもラテン語そのままで覚えづらいが、教会内では日常的に使われる用語だ。祭服を4枚も着ると結構重いし、夏は暑いことだろう。仏教のお坊さんの衣(外側の袈裟 内側の法衣)の方が涼しそうだ。

 続いて、祭壇の説明があった。大事なのは、聖櫃の鍵、チボリウム、ホスチア だろうが、説明は、祭壇をカバーする布、ローソク、祭器具について詳しくなされた。一部を簡単に要約してみたい。

①祭壇布 祭壇をカバーする布 高価なものらしい
②ローソク ローソクは現在は左右二本づつ計4本置かれている(司教ミサでは計7本)(3)
③祭壇 祭壇中央には十字架が置かれ、書見台のうえにミサ典礼書が置かれる(4)
④祭壇右脇の祭器具 これらは侍者をやらないとミサに与っている信徒からはよく見えないので知っておく必要がある

 カリス ぶどう酒を入れる杯 カリス拭き(プリフィカトリウム)が上に載っている
 パテナ 司祭が用いる大きめのホスチアを載せる受け皿 パラ という四角い固めの板状のものが上に載っている異物が入らないようにするための蓋のようなもの
 コルポラーレ 白い大きな麻布 パテナからこぼれたパンやカリスからこぼれた御血(ぶどう酒)を保護する(5) 聖櫃の鍵もここに置かれる

 つまり、上から順番でいえば、パラ・パテナ・プリフィカトリウム・カリス・コルポラーレ となる。

 手洗い容器の水と手拭き(手ぬぐいのようなもの)の用意も典礼係の仕事のようだ。侍者が一人の場合は同時に用意するので侍者は慎重になるようだ。侍者がいない場合は司祭はさらに慎重になるようだ。

 これらもラテン語で覚えづらいが、カリス・チボリウム・ホスチアは信者ならだれでも聞いたことがあるだろう。

 信徒にとって一番大事なのは、ホスチア(御聖体 パン)とチボリウム(信徒用の小さいホスチアを入れる蓋付きの器)だ。チボリウムは普段は聖櫃に安置されているが、ホスチアの準備や用意は大変なようだ(6)。

 ぶどう酒入れ水入れも典礼係の仕事のようだ。水は信徒であり、ぶどう酒はキリストなので、ミサではぶどう酒の中にごく少量の水を注ぐことになっている(7)。

 聖水盤の水の管理も典礼係の仕事のようだ。コロナが終わって聖水盤の使用が復活し始めているようだ(8)。


 このように、今回の典礼係の投稿はいろいろ学ぶことが多かった。典礼といっても、クリスマス、聖週間、洗礼式、葬儀などではまた別の準備が必要なようだ。ミサは、香部屋係だけではなく、聖歌隊、オルガニスト、朗読者、先唄(さきよみ)など多くの方の協力で挙げられていることがよくわかった。典礼係には心から感謝したい。



1 私は侍者の経験は多くはないが、上智大学のクルトゥルハイムの香部屋は大きくて立派だった記憶がある。

【香部屋の例】(クルトゥルハイムではない)

 

 

2 祭服の種類や色は「ローマ・ミサ典礼書 総則」(346条)に規定されているという。正教会やプロテスタント教会では異なるようだ。また黒色のように時代とともに使われなくなる色もあるようだ。

【典礼色】(八木谷涼子『なんでもわかるキリスト教大事典』)

 

 

 

3 ローソクに点灯するタイミングも難しいし、一週ごとに点灯するローソクを増やすこともあるようだ。気を遣うところだ。ローソクの購入や管理も大変複雑らしい ローソク立てローソク消しなど細かい祭具もあるようだ
4 以前は「ミサ典書」と呼ばれていたが、現在は典礼書と言うらしい。ミサーレのこと。
5 口で聖体拝領をしていた時代には、侍者はひしゃくのようなものを信徒の顎の下に置いて御聖体がこぼれ落ちるのを防いでいた 
6 ホスチアは司祭用と信徒用ではサイズが違う。信徒用はミサごとに数が異なるので必要数を用意するのは大変だろう。典礼係は聖体拝領のあと、チボリウムの中のホスチアの残量をいつもチェックしているという。これはわたしは知らなかった。
7 ぶどう酒は赤・白どちらでもよいらしい。水は硬水・軟水を問わないようだ。水で薄めずにぶどう酒をそのままがぶりと飲む司祭はさすがにいないようだ(冗談)。
8 聖水盤の聖水は右手の指先につけて十字を切るという習慣を忘れてしまっている人もいるという。手を合わせて祈るとき、右手の親指を上に載せるという慣習も崩れてきていると聞く。コロナ禍の悪影響ははかりしれないようだ。

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発達障害は認知症を招くか ー 「横浜オリーブの会」講演会に出て

2024-06-16 13:57:56 | 教会

 6月15日(土)の猛暑のなか雪の下教会で「横浜オリーブの会」(1)主催の講演会がもたれた。演題は「発達障害を知る ~様々な特性と対応について~」で、講師は浦野真理さん(東京女子医科大学病院ゲノム診療科)だった。梅雨入り前の暑さにもかかわらず二階の会議室がいっぱいになるほどの参加者がおられた。ZOOMでのオンライン参加もあった。1時間あまりの講演と、1時間近い質疑応答があった。難しいテーマだったが、多くのことを学ぶことができた。

【オリーブの会講演会】

 講演の内容としては、①発達障害の分類 ②それぞれの特徴と対応 ③支援について、に分かれていた。浦野氏は、発達障害は脳の機能の障害で、本人の怠けや親の養育態度が原因ではない、と繰り返し強調しておられた。つまり、脳の問題だ、というのが論点だった。発達障害は現在は「神経発達障害」と呼称が変わったようだ。

 「発達障害」は、2018年施行の発達障害者支援法では、「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」と定義されている。しかし、実際には成人にも発達障害は見られるようになってきているという(2)。

 浦野氏が今回の講演で主に説明されたのは以下の5項目だった。

①知的能力障害
②自閉症スペクトラム障害(ASD Autism Spectrum Disorder アスペルガー症候群など)
③学習障害(LDまたはSLD Specific Learning Disabilities )
④ADHD(注意欠陥・多動性障害(Attention Deficit/Hyperactivity Disorder)

 どれも聞いたことはあるがそれぞれがどう違うのか私は知らなかった。氏の説明は具体的で例示が多く、興味深かった。とはいえ、浦野氏がスライドを使った説明ではほとんど英語の略語(例えばLD,ASD,ADHDなど)をそのまま使われるので私のような素人には話しについて行くのが大変だった。参加者の皆さんはほとんどオリーブの会の関係者の方らしくそういう苦労はなさそうだった。

 わたしは個人的にはSLD(限定性学習障害 )の説明が面白かった。例えば、「図」と「地」の区別が大事だという指摘は、まるで認知症の話しを聞いているようだった(4)。

 講演の後、質疑応答があった。多くの方が質問された。オンラインで質問される方もおられた。質問といっても、もっぱら個別的なケースを浦野氏にぶつけて意見を求める、というもので、あまり一般性のある質問はなかった印象がある。

 私が今日の講演を聴いて一番驚いたのは、浦野氏の発達障害の説明はまるで高齢者の認知症の説明を聞いているような気がするほど類似性があったことだ。症状が似ている印象があった。発達障害と認知症が医学の世界でどのように関連付けられているのかは知らない。ただ、浦野氏が言うように、発達障害が「脳の機能の障害」というなら、もうすこし両者の関連性について触れてほしかったと思う。

 今日の講演では発達障害の二次障害については殆ど触れられなかったが、社会的には引きこもりなどの二次障害が問題視されることがある(5)。二次障害として精神疾患広汎性発達障害(昔は自閉症と呼ばれていた)が言及され、薬物治療、行動療法(「合理的配慮」の提供など)、SST(Social Skill Training たとえばロールプレイイング)などが支援策として提案されていた(6)。認知症は発達障害の二次障害なのか、発達障害は認知症の引き金になるのか、素朴な疑問を抱いた(6)。



1 オリーブの会とは精神障害者をサポートするクリスチャンの会だと聞いているが、詳しいことは知らない。横浜オリーブの会は横浜教区内で活発な活動を展開してきているようだ。
2 だから、逆に、子供に問題行動があると、何でも「発達障害」というラベルを貼って片付けてしまう傾向もあるともいえる。発達障害などという言葉(病名?)がなかった時代の子供のいたずらや粗野な行動を思い起こすと、この言葉がラベリングになる危険性も忘れたくない。
3 関係者にとってはつらいことだが、今でははやり言葉にすらなっているという人もいるようだ。反対に、興味深い話もあった。たとえば、昨今知られるようになったASDのピアニストの話しとか、研究者や医師にはAD/HDが多いとか、聞いて面白い話もあった。モーツアルトやアインシュタインは自閉症の典型例だという話しはよく知られている。
4 たとえば、ディスレクシア読字障害)の問題は、ひらがなとアルファベットの違いもあって複雑な障害らしい(たとえば、文字を逐次読みしてしまう)。ところで、次の絵で、どちらが最初に眼に入ってくるだろうか。人間の横顔か、壺 か。よく使われる絵でご存知の方も多いだろうが、「図」と「地」の識別は必ずしも無意識ではないらしい。

【図か地か】

5 二次障害の例として妥当かどうかわからないが、いわゆる「宗教2世」問題の文脈で、「信仰」や「宗教」を発達障害の一つと見なすような極論が散見されるという。つまり宗教2世は発達障害の症状を見せるという議論のようだ。こういう言説が流されるほど日本社会の世俗化が進んでいることに驚きを禁じ得ない。キリスト教から見れば、宗教2世問題とは実は「カルト2世」問題で、親が子供に信仰を伝達していくこと自体が問題なのではない。親は、自分の政党支持態度を子供に伝達していく(子供の政治的社会化)。同じように、親は子供に幼児洗礼を授け、宗教教育を施す(子供の宗教的社会化)。カルトと宗教の識別が不十分だから宗教2世についてのこういう極論が出てくるのであろう。
6 質問で多く出た個別ケースの問題は、医学的対応だけではなく、社会的な対応を必要としているもののように聞こえた。発達障害への「支援」は、認知症での「介護」と共通する課題を持っているようだ。

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「聖霊体験」ありますか? ー 2024年聖霊降臨の主日に思う

2024-05-19 17:39:14 | 教会


 きょうは聖霊降臨の主日で、司祭の祭服はだった。ペンテコステ という言葉の方がなじみがあるかもしれない。今日で復活節の50日間が終わるということで(イエスの昇天の10日後)(1)、「教会の誕生日」とも言われるようだ(2)。

 第一朗読は使徒言行録(2:1~11)で、神父様はお説教でご自分の「聖霊体験」の話をされた。神父様は今まで三度聖霊を体験されたことがあると話し始められた。今日はその第一回目の体験を話された。神父様は、神学校に入る前、サラリーマン時代に、あるとき偶然に仕事上の上司に駅で出会い、「君はカトリックなんだってね」と話しかけられたという。これは宣教の大チャンスとばかり意気込んで説明しようとしたら、自分の口から出た言葉は「楽ですよ」という言葉だったという。楽ですとはどういう意味なのか、なぜそう言ったのか、自分でもわからなかった。これはきっと聖霊が自分に言わせたのだとあとから思ったという。自分の信仰生活は実は喜びに満たされているということを周囲に知らせることが、声高に叫ぶよりも、実は宣教になるのではないか、というお話であった(3)。

 私は聖霊を体験したことはない。思い返してもそれらしき出来事はなかった。祈ることはあっても何かを聞いた覚えはない。ただわたしの周囲には聖霊としか呼びようがないものを体験したことがあるという人は結構いる。聖霊とは「感じる」というよりはなにかむこうから「やってくる」もののようだ。聖霊体験は単なる絵空事ではなさそうだ(4)。

 ごミサの後、避難訓練があった。コロナ禍で長らくお休みだったがやっと再開された。とはいえ、年寄りは階段は怖くて降りれない上に、お聖堂のエレベーターは使ってはいけないとのことで、お聖堂にそのまま残っている方も多かったようだ。以前は建物の屋上まで歩いて登る訓練をしたものだが、今年は高齢者が増えたせいか、避難訓練どころではなかったようだ。

【祭服 赤  聖霊降臨の祝日】

 

 

1 ルカにならえば(使徒言行録)、イエスの処刑後50日目に聖霊が降臨する。ペンテコステとは「50」を指す数詞だという。イエスは復活後40日間弟子たちの前に現れ、水ではなく聖霊による洗礼を約束し、昇天の10日後に弟子たちに聖霊を派遣された。教会暦でいえば復活節は今日で終わり、明日からは通常の年間に戻るが(B年)、来週の日曜日は三位一体の主日だ。つまり、重要度でいえば歴史的に見て聖霊降臨の主日の方が三位一体の主日よりずっと上なのではないか。
2 教会に誕生日があるというのも一般には聞き慣れない話だろうが、聖霊が降臨し、いろいろな言語を話せるようになった弟子たちが布教・宣教のために各地に散らばっていったことを記念しているようだ。この言語は「異言」と訳されているが、それがヘブライ語以外の異邦人の言葉(つまりギリシャ語などの「外国語」)のことなのか、それとも聖霊によって語られる理解不能な言語のことなのか、議論は分かれているらしい。カリスマとは聖霊の賜物のことで異言はその筆頭と言われるが、いろいろな国の出身者たちの「自分の国の言葉」と理解しておくのがわかりやすい気がする。
3 今日は神父様の58歳の誕生日ということで、ごミサのあと皆でHappy Birthdayを歌ってお祝いした。叙階後二度目の誕生日ということで信徒たちの期待は大きい。
4 再建後のカト研時代の故ジョンストン師は神秘主義神学を研究する中で作務衣を着ながら「聖霊 来たりたまえ、Come Holy Spirit !」とよく祈っておられた。講演会のテーマも聖霊論が多かったが、聖霊体験を個人の体験としてのみ見るのではなく、共同体としての聖霊体験をよく論じておられた(『愛と英知の道』2017)。師はその頃は1970年代のカリスマ運動聖霊刷新運動(Pentecostal Movement)からは離れていたようだ。カトリックでの聖霊刷新運動はある時期「カリスマ刷新運動」(Charismatic Renewal)と呼ばれていたが、マリア崇敬を伴うのでプロテスタントの聖霊刷新運動とは異なる道を歩んでいた。とはいえ、これらの運動がカトリック教会内に残した傷跡は今でも消えていないように思われる。

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