たきび
「たきび」
日本名曲遺産 その19
巽聖歌作詞・渡辺茂作曲
今季は11月24日に山茶花の花が見頃となった。
この花が咲くと本格的な寒さが深まってくると感じるカモシカなのである。
そして、幼稚園児の頃、よく歌った「たき火」の歌が思い出される♪
現在は、アスファルトの舗装された道路ばかりで、
垣根のあるお宅も無くなってしまったので 歌詞にあるような
ほんわかした古き良き日本の風情が 感じられなくなってしまった。
落ち葉や田んぼの麦わらを集めて焼き芋も懐かしい。
何より気温が温暖化の今より数段低かったあの頃。
冷たい北風が吹く中、たき火に当たって 手や体があったまるかの感触を
現代の子どもたちは、分からないだろうな?
「しもやけ」も今の子どもたちは、多くの子が知らないだろうな?
はやりのソロキャンプのたき火とは、ちょっと雰囲気が異なるのである。
この懐かしいメロディーと心温まる歌詞♪
カモシカの選ぶ日本名曲遺産に登録だ。
参考:
【歌詞の誕生は散歩中】
<「ケヤキ屋敷」はサザンカと茶の木の生け垣だった>
東京都中野区上高田三丁目に鈴木宅があります。千五百坪という広大な敷地に、ケヤキやカシ、ムクなどの屋敷林があり、中でも樹齢三百年を超す六本の大ケヤキが目立つ。戦前からケヤキ屋敷と呼ばれた。
たくさんの木々が落とす枯れ葉は、かつては畑の肥料として取り置き、一部は焚火にした。それを、聖歌が散歩の途中で見て「たきび」になった。昭和十六年(1941年)三十六歳の時の作品です。
聖歌は昭和初期、鈴木宅から歩いて十分ほどの、現在の上高田四丁目に住み、この屋敷のわきの農道をよく散歩したそうです。
鈴木新作さんが子供の頃を思い浮かべて描いた絵にあるもの。
「落葉の季節の田舎の風景」
「大きな木々の間にわら屋根の農家が三棟」
「庭沿いにサザンカと茶の木の生け垣」
現在、この「ケヤキ屋敷」は、生け垣に代わって、一辺の長さが百メートル余りもある竹を組んだ垣根に囲まれている(吉田悦男著『うたの里を行く』(舵社)を参考にしました)。
<「たきび」のうた発祥の地を示す高札>
昭和五十八年三月に上高田でただ一軒残った旧農家(鈴木宅)の長い垣根沿いに、「たきび」のうた発祥の地を示す高札が、中野区教育委員会により建てられました。次のように書いてあります。
“聖歌は、この詩が作られた昭和五、六年頃から約十三年間、萬昌院のすぐ近く、現在の上高田四丁目に家を借りて住んでいました。朝な夕なにこのあたりを散策しながら「たきび」の詩情をわかせたといわれています。
歳月が流れ、武蔵野の景観が次第に消えて行くなかで、けやきの大木がそびえ、垣根の続くこの一角は、今もほのかに当時の面影をしのぶことができる場所といえましょう。”
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