まったく
みんなだれでも大変だ
でも
死ぬわけでもない
貧困でこまってるいるわけでもない
ただ
自分の忘れることにかなしい
人に接しすぎている
「金」以外は
人と接しないことが
摩擦が生じない
でも
金がなくては生活できない
父が二年前になくなって
その時の遺産でいきている
きょうは父の家のこと
父はイチジクをそだてた
聖書の箇所にあるものを植えたいって
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実のならないいちじくの木のたとえ(みのならないいちじくのきのたとえ、英語: Parable of the barren fig tree)は、新約聖書のルカによる福音書(13:6-9)に登場する、イエス・キリストが語った神の国に関するたとえ話である。
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そして
ブドウ
イエスの血を意味するブドウだけどね
おいしくないけど
夏はすずしくてくれます
そして生徒がくれたアジサイ
その横は
母が植えた木
わたしは母がよくアボカドを植えていたので
そうおもっていたら
「検査」できるサイトで写真をとったら
「柿」かも・・って
あ。。
わかない
この大きな石
息子がここにもちあげてくれた
なんで力持ち
びっくりだ
倉庫も絵
壁面も絵
まだしあがってない壁面
花も満開だ
ありがたいね
わたしは摩擦は嫌っておもってるのに
人に良くしているっておもっていても
そんなのあちらの迷惑ってこともおおいんだね。
って
毎日まなばされる
まずはけんちゃんと摩擦をおこさないように
やさしくする
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