KI-IYO氏夫婦の旅 

旅行もクラス会も行けるうちが華といわれました。先輩から。

カレル橋とその欄干

2005年05月10日 | 旅行
カレル橋です。下を流れるのは”ブルタヴァ河”
欄干にはザビエルや日本人も彫られているそうです。
この橋の上で、”わが祖国”を聞きたいと思いました。

土砂降りの雨

2005年05月10日 | 旅行
土砂降りの雨の中を、雨宿りをしながら、カレル橋のたもとにつきました。
近年のヨーロッパの大洪水では、ここにいる人たちの頭上以上にまで水がきたそうです。

黄金の小道といわれる狭い道

2005年04月06日 | 旅行
カフカもここに住んでいたそうです。
歴史的には、あの"チンギスハーン”と戦った狙撃兵たちが住んだところです。

プラハの宮殿から下界を見たところ

2005年04月06日 | 旅行
お城というところは、どこの国でも1等地にありますから、景色は抜群です。
チェコという国名を聞くと、なんといっても”チャスラフスカ”さんを思い出します。
そして、100人委員会、プラハの春、ビロード革命。
スメタナの交響詩"わが祖国"

広大な菜の花畑です。

2005年04月06日 | 旅行
菜の花の時期に当たったようで、あちこちでこの黄色を目にしました。
「西洋料理にも、菜種油」を使うことがよく分かりました。

またしても国境です。

2005年04月06日 | Weblog
オーストリアからチェコへの国境です。

バーデンの町

2005年04月06日 | 旅行
バーデンは温泉の町 シニアの町です。
悠々自適のシニアの皆さん。木漏れ日のなかで輝いて!

ウィーンの森の一コマです。

2005年04月06日 | 旅行
太陽を求めるヨーロッパの人々。これ以上拡大できません。あしからず。

ウィーンです。オペラ座はどっちだ!

2005年03月10日 | Weblog
ここは”ビエンナ”の繁華街。ご当地の方は、ウィーンとはあまりいわないそうです。
2回目なので・・・オペラ座はもっと向こうに、おいしいザッハトルテのお店も
向こうです。
これではご案内になりません。ゴメン!

敬虔なかたがた

2005年03月01日 | 旅行
やはり蝋燭がよく似合う。

シェーンブルン宮殿

2005年02月28日 | 旅行
あのマリー・アントワネットが生まれた宮殿。
黄色の扱いは難しいのに、さすがにマリア・テレジア・イエローは別格ですね。
今でも、王党派はこのイエローで我が家を荘厳するとか。

ウィーンのホテル

2005年02月28日 | 旅行
パークホテル・シェーンブルンです。
シェーンブルン宮殿に向かって右へ行き、左折してだいぶ行ったところにある、歴史のあるチョッと高級なホテル。
おりしも、ダンスパーティーが開かれるのか、若者たちが盛装して続々と集まってきました。
さすがに、ハプスブルグ家全盛のころを垣間見たような感動でした。

(紳士淑女は、画面の奥の奥です。)

新しい画像を追加画面で

2005年02月28日 | 旅行
でっかい写真を記事に載せるには??

新しい画像を追加画面で
○画像:gooブログ標準(320*240)
 を選ぶと、画像は小さくなります。
○画像:変更なし(オリジナルサイズ)
 を選ぶと、デジカメでとったままの大きさでアップします。

 ki-iyo氏のブログをご覧ください。でかいほうがオリジナルです。ki-iyo氏はこれで
gooブログに飛びついたのです。(gooさんに感謝してます)

↑の2行は削除です。
オリジナルではあまりに大きすぎて、あっちもこっちもスクロールしなければなりません。
反省! 大きく見せたい写真だけを640*480にして、他はすべてgooブログ標準の
320*240にやりなおしました。<(_ _)>;

国境です。   

2005年02月26日 | 旅行
向こう側は、かつての大帝国、オーストリアです。

 

この方には手鏡不要ですね。

2005年02月26日 | 旅行
女性の方にユウモア賞進呈。
「スカートの中をのぞかないでね!」