4 規定的否定
栗原隆は、「ヘーゲルとスピノザ」(『ヘーゲル』講談社選書メチエ所収)で「規定的否定」について、次のように述べている。
しかし、「規定は否定である」はカントのアンチノミーの自己表出と関連することによって、スピノザの文脈から切り離され、関係が変化し、表出が変容していく。ヘーゲルはスピノザの規定論を普遍化する。ヘーゲルは「すべての規定は否定である」(『哲学史講義』)、「規定性なるものは否定である」(『大論理学』)と表現した。
栗原隆は、「ヘーゲルとスピノザ」(『ヘーゲル』講談社選書メチエ所収)で「規定的否定」について、次のように述べている。
ヘーゲルの採ったストラテジーは、知的直観に頼らずに(スピノザは有限なものを包括する実体の認識を「知的直観」に委ねた。――引用者注)、有限な制約を担った認識が自らを否定することを通して、制約のない肯定的な認識、すなわち無限性に到るという意識の展開過程の構築であった。しかし、自己否定の契機をもって、それまでの内容がすべて否定されてしまっては、超出にはならない。そこで「規定的否定」なる構想が導入された。「結果が規定された否定態としてとらえられることによって、直ちに新たな形式が発生していて、否定態において移行がなされている。この移行によって、諸形態の完全な系列を通して進む進展が自ずと生じてくるのである。」(『大論理学』)スピノザの規定論を基礎に新しい論理を模索していく過程を確認していこう。スピノザは、有限なものとして規定されているものは否定されていると考えた。例えば、AはBであると規定されると、AはCでない、Dでないなど、否定態として捉えられる。AはBで「ある」と規定された場合、AはB以外のものでは「ない」ということを意味する。これがスピノザ固有の「規定は否定である」の意味である。
しかし、「規定は否定である」はカントのアンチノミーの自己表出と関連することによって、スピノザの文脈から切り離され、関係が変化し、表出が変容していく。ヘーゲルはスピノザの規定論を普遍化する。ヘーゲルは「すべての規定は否定である」(『哲学史講義』)、「規定性なるものは否定である」(『大論理学』)と表現した。