対話とモノローグ

        弁証法のゆくえ

次のアイデアは浮かんでくるか

2019-05-14 | アブダクション
カテゴリー「アブダクション」を作って、認識論を進めようと思ってきたが、停滞してしまっている。この半年ほど、何も思いつかない状態が続いている。「空っぽ」、問題意識さえない感じである。次のアイデアが浮かんでくるのをのんびり待つという気持ちもあるのだが、意識しないがジタバタしている気もする。
ケストラーのバイソシエーションが頭に浮かんだのはジタバタの現れだろうか。バイソシエーション(2元結合)とは、単純にいえば、これまで別々に扱われてきた2つの文脈を組み合わせて新しい文脈を作り出すことである。
ケストラーの創造活動の理論バイソシエーションを最初に知ったのは『ホロン革命』(田中三彦・吉岡佳子訳、工作舎、1983年)だと思っていた。しかし、後で『ヨハネス・ケプラー』(小尾信彌・木村博訳、河出書房新社、1971年)に明確に述べられていて驚いたことがあった。
いま改めて『ヨハネス・ケプラー』を取り出して、確かめてみると次のようにある。
(引用はじめ)
その仮説(惑星の速さと太陽からの距離との間の「法則」、引用者注)が誤っていることを、彼自身に対してさえ彼は否定して見せることはできなかった。彼ができた唯一のことは、正しくないということを忘れることであった。それを彼は即座にやってのけた。その仮定が誤った幾何学であることを彼は知っていたけれども、それは正しい物理学をつくってくれたが故に、真であるべきだと考えたからである。惑星軌道の問題は、純粋に幾何学的な理論の枠に救いようもなくはまり込んでしまい、動きがとれなくなっていた。それを枠から引き離すことができないと知ったケプラーは、それを引きちぎって物理学の分野に移し変えたのである。ひとつの問題を、それの周囲・前後との伝統的な関係から取りはずし、新たな関係の中にそれを置くというこの手続きを、いわばその問題を別の色眼鏡を通して見るということを、このことがまさに創造作用の本質であるという思いが、これまで常に私にはあった。それは、問題の再評価につながるばかりでなく、それ以前は無関係にあった二つの理論を融合することによってもたらされる、より広範な結果からの総合へとつながることもしばしばある。われわれの場合で言えば、火星の軌道は、物理学と宇宙論という二つの形式的には分離した領域を結合する輪となったのである。
(引用おわり)
ケプラーはきっかけになるだろうか。次のアイデアが浮かんでくるのを待つことにしよう。