伊達だより 再会した2人が第二の故郷伊達に移住して 第二の人生を歩む

田舎暮らしの日々とガーデニング 時々ニャンコと

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ジャコシカ209

2022-07-03 12:36:54 | ジャコシカ・・・小説

 鉄さんに来た手紙も、心を騒がす。

 

 そのことに辿り着いたら、急にどうしてもあの手紙のことを知りたくなった。

 

 何故か分からないが、できるならば高志がここにいる内に、その中身を知りたいと思った。

 

 その上で、これも理由は分からなかったが、彼がいる間に、ここを出て行きたいと思った。

 

 彼を見送り、彼が去った後で自分が出て行くのは、何故か耐え難いことのように思えた。

 

 何だか気持ちが追い詰められている気がする。

 

 

 ついに松前の桜の開花のニュースがラジオで伝えられた時、あやは自分で唐突に切り出した。

 

 「鉄さん、手紙来たでしょう。野木和美さんという人から」

 

 丁度夕食を食べ終わって箸を置き、あやの淹れた茶に手を伸ばした鉄の動きが止まった。

 

 

 止まった手が湯呑を持ち、口元に運ぶまでに、いつもと違う時間が流れる。

 

 やがて静かに茶をすすった彼の眼が、一瞬悲し気にあやを見た。

 

 湯呑を置き、それから彼はゆっくりと腰を上げた。

 

 あやと高志の顔に緊張が走った。

 

 立ち上がった彼は、茶箪笥の引き出しから、一通の封筒を取り出し、静かに座り直して中の便箋

 

を広げた。

 

 彼は枚数の多い便箋をていねいに広げて、あやの前に押し出した。

 

 「読んでくれ。これがその手紙だ。高さんも良かったら読んでくれ。ゆっくり読んでくれ。それ

 

から話す」

 

 あやは鉄さんと便箋を何度も見比べ、それからそっと手を伸ばした。

 

 あやが手紙を読み始めると、鉄さんは台所からこのところ控えていた焼酎の一升瓶と、二個のコ

 

ップを持ってきて、テーブルの上に置いた。

 

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ジャコシカ208

2022-03-09 19:51:29 | ジャコシカ・・・小説

 

 

 

 

二十

 

 花も終わった頃に、高志がここを出て行くと聞いて、あやは落ち着きがなかった。

 

 戻った時から長居をする気など毛頭なかったのに、今になってみるとやはり、病の不安のある鉄

 

五郎を一人にして出て行くことに後ろめたいものを感じていた。7年もの間、音信不通を続けてお

 

いて、何を今さらという気がしないでもなかった。

 

 心冷たい薄情者は薄情者らしく、自分のことだけを考えていれば良いのだ。

 

 少なくともここに戻ってくる前の自分なら、そのように考え行動することに、躊躇はなかったは

 

ずだ。

 

 それがここで海を眺め、子供の頃の暮らしぶりを思い出しているうちに、調子が狂ってきた。

 

 時々、今まで何をしてきたのか、分からなくなることがある。

 

 足元から波に洗われて、砂が崩れていくように、どんどん自分が頼りなくなっていく。

 

 この落ち着かない不安は、どうやら鉄さんのことが気がかりというだけではなさそうだ。

 

 特に高志がここを出て行くと聞いてから、一層増してきたような気がする。

 

 彼については、あの人はそういう人なのだと、さしたる疑問を感じることはなかった。

 

 直きにここを去って行くのは、分かっていた。

 

 それなのに、いざ時期を示されて出て行くと知らされると、初めてそんなことは思いもよらなか

 

ったと感じている。

 

 急になにもかもがあやふやになって、まるで自分が見えなくなっている。

 

 またしても自分が自らのことを、何も知らずにいたことに気付く。

 

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ジャコシカ207

2022-03-07 15:57:10 | ジャコシカ・・・小説

しかし、とても危険な人だと思う。好きになってはいけない。人を不幸にする人だと思う」

 

 「そんな風にはっきり断言されると、私もきちんと考えなければ、ならなくなるじゃない。今さ

 

つきまでは何ということもなく、ぼんやりと思っていただけなのに。

 

 でも心配しないで、私多分恋なんてしていないから。あの人のこともちろん嫌いじゃないけれど」

 

 「それじゃ姉さんと同じね。安心したわ」

 

 「でもね、私今までにあんな人に会ったことがないからかしら、驚きなのかも知れないけれど、

 

とても気になる。

 

 本当のところあの人は何を考えているのか、何を思ってこの漁港の街にまでやってきたのか・・・・」

 

 千恵は再び振り出しに戻っていることに気付いた。

 

 焦点の定まらぬ視線を、窓の外の並木通りに移した。

 

 いつの間にか終わりに近付いた春の、長い一日の陽も暮れなずみ、ちょうど列車が到着したのか

 

一群の人影がとばりの中に淡くにじんで消えていった。

 

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ジャコシカ206

2022-03-06 17:09:23 | ジャコシカ・・・小説

 「私はそんな風には感じなかったわ。辛いことがあったのかなあと思った。

 

 だからジャコシカとかそんなことには、余り触れない方がいいと思った。

 

 そうだね、私の考え方、受け取り方は極常識的だと思う。それが私だから。

 

 お前はちょっと違うのかも」

 

 清子は改めて確かめるように妹を見た。

 

 それから急に、疑わし気に言った。

 

 「お前もしかして高志さんのことが、好きになったのかい」

 

 千恵は弾かれたように、顔を上げて姉を見た。

 

 明らかにその表情には、驚きと狼狽がごっちゃになっていた。

 

 「そんな風に思ったことなんてないわ」

 

 きっぱりと言った。

 

 その様子がかえって姉を危ぶませた。むきになっている気がした。しかし、追いかけて尋ねはし

 

なかった。ただ黙ってそんな妹を見ていた。

 

 「そんなことはないわ」

 

 千恵はもう一度、自分に言い聞かせるように小さく言った。

 

 その後は二人ともそれぞれの思い中に、言葉を探してさ迷っていた。

 

 今日一番の長い沈黙が二人の間に流れた。

 

 ようやく清子が口を開いた。

 

 「私にはお前の知っているとおり、つき合っている人はいない。だから分かったようなことは

 

何も言えない。でもこのことは、はっきり言える。

 

 私もお前と同じく、あの時彼の言葉に不安と言うか、同じ空気を感じた。あの人は嘘のない正直

 

な人だと思う。

 

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ジャコシカ205

2022-03-05 19:36:04 | ジャコシカ・・・小説

 

 「ええ、ずっと引っ掛かってる。

 

あの人が何も考えない人だとは思えない。いいえ、高志さんは人一倍考えているんだと思う。

 

 有名な大学にも入っているし、今は休学中だと聞いたけれど、弁護士を目指していたって聞いた。

 

 だから考えていたって訳でしょう。

 

 と言うことは、今も考えない人ではないってことでしょう。それは自然な結論だわ。

 

 何か特別な理由があって、今は中断しているかも知れないけれど、そんなことは彼、何も言って

 

なかったけれど、仮にそんなことがあったとしても、あんな風な言い方には繋がらないと思うの。

 

 だから、あの時の言葉は単なる軽い冗談か、あれよ、デカダン風に気取っただけだったと思うの。

                                                                                                                                                              

 要するに苦労知らずのボンボンが何かにかぶれているだけなのよ。私としてはそのように見えて

 

いるのだけれど、でもまだ何か引っ掛かるの」

 

 「何が?」

 

 清子は少こし乗り出して、妹を見た。

 

 千恵はその視線を振り払うように、目蓋を閉じて天を仰いだ。

 

 ややあってゆっくりと瞳を開き、古びて黒ずんだ梁を眺めながら、ポッリと言った。

 

 「本心だったような気がする」

 

 「だから私に諮いたのね」

 

 「ええ、そうなの。あの時私、あの言葉に空っぽのほら、峠の姉さんの所にある、空井戸に首を

 

伸ばして、耳を澄ました時に聴いたような響を感じたの。本当に何も無いんだって。怖い気がした」

 

 千恵は言葉を呑み込むように沈黙した。

 

 清子も黙ったままだった。

 

 やがて清子が思い出したように言った。

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