鉄さんに来た手紙も、心を騒がす。
そのことに辿り着いたら、急にどうしてもあの手紙のことを知りたくなった。
何故か分からないが、できるならば高志がここにいる内に、その中身を知りたいと思った。
その上で、これも理由は分からなかったが、彼がいる間に、ここを出て行きたいと思った。
彼を見送り、彼が去った後で自分が出て行くのは、何故か耐え難いことのように思えた。
何だか気持ちが追い詰められている気がする。
ついに松前の桜の開花のニュースがラジオで伝えられた時、あやは自分で唐突に切り出した。
「鉄さん、手紙来たでしょう。野木和美さんという人から」
丁度夕食を食べ終わって箸を置き、あやの淹れた茶に手を伸ばした鉄の動きが止まった。
止まった手が湯呑を持ち、口元に運ぶまでに、いつもと違う時間が流れる。
やがて静かに茶をすすった彼の眼が、一瞬悲し気にあやを見た。
湯呑を置き、それから彼はゆっくりと腰を上げた。
あやと高志の顔に緊張が走った。
立ち上がった彼は、茶箪笥の引き出しから、一通の封筒を取り出し、静かに座り直して中の便箋
を広げた。
彼は枚数の多い便箋をていねいに広げて、あやの前に押し出した。
「読んでくれ。これがその手紙だ。高さんも良かったら読んでくれ。ゆっくり読んでくれ。それ
から話す」
あやは鉄さんと便箋を何度も見比べ、それからそっと手を伸ばした。
あやが手紙を読み始めると、鉄さんは台所からこのところ控えていた焼酎の一升瓶と、二個のコ
ップを持ってきて、テーブルの上に置いた。