カメラ雑誌「アサヒカメラ」が今月19日発売の7月号で休刊される。1926年創刊の長い歴史を持つカメラ雑誌である。高度経済成長時代を担った人々にとって誰しもが一度はページを開いてご覧になった覚えがあるであろう。書店に立ち寄りちょっと立ち読みしてついついカメラ雑誌を手に取り開いてみた経験である。それはカメラとか写真に興味があるのではなくてカメラ雑誌に必ずあるヌード写真を見たさにあるに違いない。
私の中学生時代、一回り上の兄がカメラに凝ってこのアサヒカメラを購読していた。かなりの冊数が書棚にあった。当時の兄は二眼レフのヤシカフレックスを持っていてフィルムの現像は写真屋に頼んでいたが印画紙に焼き付けは自分自身でやっていたようだ。夜明かりを消して赤いランプの下で現像液と定着液を準備して自分の好きなように写真を作っていたようだ。その作業を手伝わされた経験がある。たぶん、この一連の作業も雑誌「アサヒカメラ」から学んだのではないか。
週刊誌もそうだがその後なんとかカメラとか類似のカメラ雑誌がおおく刊行されてカメラ雑誌は紙の質も写真技術もどんどん向上した。今度の休刊になる原因はインターネットの普及と静止画から動画への時代の変遷であろう。YouTubeにみられるように人々の好みは動画による臨場感であろう。スマフォが普及して現場から即座にネットに発信できる時代、もう静止画は人々の欲求に当たらない。
高度経済成長を担った戦士は今はもう後期高齢者だ。書店でヌード写真を見てワクワクしたあの頃が懐かしいのではないだろうか。あの頃はヌード写真は神秘な男の究極な憧れだったが、インターネットの普及した現在巷に有り触れた何でもないみんな同じの神秘で秘密でもない人間のありのままの姿なのだった。
とはいえたまに人込みに出かけ(コロナで出かけていないが)書店に立ち寄ってみるが最近は見てみようといういう欲求の書物が見当たらないのが本音だ。故堺屋太一氏などの書物に同じく故司馬遼太郎氏のものやそのほか多くの名作が新書物としてない。コロナのおかげで当分ゼロ金利時代が続くとみられる。活気ある時代はいつくるのであろうか。