金融侵略 苦悩する東芝② 「食事ものど通らない」
安部真生さんは2015年4月に東芝デジタルソリューションズ(TDSL)に入社しました。研修後に担当したのは協会けんぽ(主に中小企業の従業員が加入する医療保険者)のシステムの運用・保守でした。
4年後の19年4月、官公庁向けICT(情報通信技術)サービス部門へ異動します。厚生労働省老健局が発注した「科学的介護」システムの開発業務に6月から従事しました。この業務が、真生さんを追い詰めました。
東芝川崎本社事務所や東芝デジタルソリューションズが入るラゾーナ川崎東芝ビル=川崎市
再三のやり直し
最初に業務を受注したのは他社でした。19年4月から開発に取り組んだ他社はわずか2カ月後に撤退します。6月に受注したTDSLは2カ月の遅れを抱え込んでのスタートとなりました。他社が受注した計画のまま、期限は20年3月末と設定されたからです。
真生さんはセキュリティーシステム分野の責任者を任されました。初めてシステム開発業務に携わった真生さんに、この分野の責任が集中しました。
「科学的介護」システムの構築は、厚労省が進める「データヘルス改革」の一環です。改革の目的は、自治体・保険者・事業者がもつ健康・医療・介護の個人データを収集・連結・蓄積し、「個々人に最適な健康管理」を実現することです。国家を頂点とする監視と干渉のシステムを、医療や介護の現場に持ち込むものです。
TDSL側は厚労省の仕様書に沿ってセキュリティーシステムの開発を進めました。ところが厚労省は、開発途中で「安全性が不十分だ」と横やりを入れ、ソフトの切り替えなどを要求しました。
真生さんは計画の変更と見積もりのやり直しを再三迫られました。10月ごろから業務が滞り、深夜に及ぶ時間外労働と休日出勤に追い込まれました。同居していた弟によると、深夜0時前後に帰宅し、早朝6時ごろに自宅を出る生活に陥りました。交際相手には「仕事が大変でろくに眠れない。食事ものどを通らない」と話しました。
時間外は103時間
11月の初旬には胃腸の不調を訴えて業務を半日抜け、病院で検査を受けました。システム開発が行き詰まっていました。職場のパソコンを使った記録から計算すると、亡くなる直前1カ月間の時間外労働は103時間56分に達しました。
父親の安部晋弘さんと母親の安部宏美さんは、TDSL社員に話を聞き、弁護士の力も借りて労働災害の証拠を集めました。「トラブルが起きたとき、真生一人に負担が集中する状況を放置したTDSL幹部の責任が大きい」と感じました。
20年5月、晋弘さんと宏美さんは川崎南労働基準監督署(川崎市)に労災認定を求める申請書を提出します。川崎南労基署は同年12月17日付で労災と認定しました。晋弘さんは「100時間を超す時間外労働が決め手だった」と考えています。
同月にTDSL役員らが弔問に訪れ、初めて両親に謝罪しました。事件から1年以上が過ぎていました。
厚労省は経過説明の文書を両親に提示しましたが、責任を認めていません。明らかになっていないことは、もう一つあります。東芝の大規模リストラの影響です。(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2023年5月8日付掲載
安部真生さんは、厚生労働省老健局が発注した「科学的介護」システムの開発業務に6月から従事。
初めてシステム開発業務に携わった真生さん。相当のストレスだったでしょう。
職場のパソコンを使った記録から計算すると、亡くなる直前1カ月間の時間外労働は103時間56分に。
20年5月、晋弘さんと宏美さんは川崎南労働基準監督署(川崎市)に労災認定を求める申請書を提出します。川崎南労基署は同年12月17日付で労災と認定。
しかし、亡くなった命は返ってきません。
安部真生さんは2015年4月に東芝デジタルソリューションズ(TDSL)に入社しました。研修後に担当したのは協会けんぽ(主に中小企業の従業員が加入する医療保険者)のシステムの運用・保守でした。
4年後の19年4月、官公庁向けICT(情報通信技術)サービス部門へ異動します。厚生労働省老健局が発注した「科学的介護」システムの開発業務に6月から従事しました。この業務が、真生さんを追い詰めました。
東芝川崎本社事務所や東芝デジタルソリューションズが入るラゾーナ川崎東芝ビル=川崎市
再三のやり直し
最初に業務を受注したのは他社でした。19年4月から開発に取り組んだ他社はわずか2カ月後に撤退します。6月に受注したTDSLは2カ月の遅れを抱え込んでのスタートとなりました。他社が受注した計画のまま、期限は20年3月末と設定されたからです。
真生さんはセキュリティーシステム分野の責任者を任されました。初めてシステム開発業務に携わった真生さんに、この分野の責任が集中しました。
「科学的介護」システムの構築は、厚労省が進める「データヘルス改革」の一環です。改革の目的は、自治体・保険者・事業者がもつ健康・医療・介護の個人データを収集・連結・蓄積し、「個々人に最適な健康管理」を実現することです。国家を頂点とする監視と干渉のシステムを、医療や介護の現場に持ち込むものです。
TDSL側は厚労省の仕様書に沿ってセキュリティーシステムの開発を進めました。ところが厚労省は、開発途中で「安全性が不十分だ」と横やりを入れ、ソフトの切り替えなどを要求しました。
真生さんは計画の変更と見積もりのやり直しを再三迫られました。10月ごろから業務が滞り、深夜に及ぶ時間外労働と休日出勤に追い込まれました。同居していた弟によると、深夜0時前後に帰宅し、早朝6時ごろに自宅を出る生活に陥りました。交際相手には「仕事が大変でろくに眠れない。食事ものどを通らない」と話しました。
時間外は103時間
11月の初旬には胃腸の不調を訴えて業務を半日抜け、病院で検査を受けました。システム開発が行き詰まっていました。職場のパソコンを使った記録から計算すると、亡くなる直前1カ月間の時間外労働は103時間56分に達しました。
父親の安部晋弘さんと母親の安部宏美さんは、TDSL社員に話を聞き、弁護士の力も借りて労働災害の証拠を集めました。「トラブルが起きたとき、真生一人に負担が集中する状況を放置したTDSL幹部の責任が大きい」と感じました。
20年5月、晋弘さんと宏美さんは川崎南労働基準監督署(川崎市)に労災認定を求める申請書を提出します。川崎南労基署は同年12月17日付で労災と認定しました。晋弘さんは「100時間を超す時間外労働が決め手だった」と考えています。
同月にTDSL役員らが弔問に訪れ、初めて両親に謝罪しました。事件から1年以上が過ぎていました。
厚労省は経過説明の文書を両親に提示しましたが、責任を認めていません。明らかになっていないことは、もう一つあります。東芝の大規模リストラの影響です。(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2023年5月8日付掲載
安部真生さんは、厚生労働省老健局が発注した「科学的介護」システムの開発業務に6月から従事。
初めてシステム開発業務に携わった真生さん。相当のストレスだったでしょう。
職場のパソコンを使った記録から計算すると、亡くなる直前1カ月間の時間外労働は103時間56分に。
20年5月、晋弘さんと宏美さんは川崎南労働基準監督署(川崎市)に労災認定を求める申請書を提出します。川崎南労基署は同年12月17日付で労災と認定。
しかし、亡くなった命は返ってきません。