気の広場

気の世界あれこれ・・・
  日常雑感あれこれ・・・

母 ・・・310. : 耳を傾ける ・・・ 子どもの精神的成長 

2011-01-29 09:00:13 | Weblog
学校から帰宅した子どもは なにも親との知的な会話を求めて

  ・・・ しゃべりたがっているのではありません。

その日の自分の行動についての評価や理解を示してもらおうと望んで

  ・・・ 語りかけてくるのではないのです。


子どもは 母の匂いをかぎたい衝動を

  ・・・ 言葉に託してぶつけてくるだけなのです。

と同時に

自分の行動や悲しみを母とともに分かちあい

ときには 傷口をなめあいたいと願って

  ・・・ 胸のうちをぶちまけるわけです。



甘えといえば 甘えです。


この甘えは 子どもの精神的成長のためにも

  ・・・ きわめてたいせつな要素をふくんでいます。





* 2010.11  東ブータンで





母 ・・・309. : 耳を傾ける ・・・ 話せば満足 

2011-01-29 06:00:40 | Weblog
子どもは 母がむきになって話を聞いてくれなくてもいいのです。

話せば ・・・ それで満足するのです。



子どもの成長は日に日に新しい事実を知り

  思いがけない体験を経ることで満ちみちています。

その新しい発見や驚きを一刻も早く母に伝えたい

  ・・・ それだけなのです。

母という相手にぶつければ ・・・ 心が爽やかになるのです。



子の代役は 父親にはつとまりません。

拒絶するか すわり直して構えます。

聞く以上 いい加減にしてはならない

  もし誤りがあったら匡(ただ)してやらなくてはいけない

  ・・・ と大げさに受けとめます。


父と子の対話に ものやわらかさが欠け

それとなく溶けこんでゆく微風のような甘さに乏しいのは

  ・・・ そのためです。


これでは 子どもがいじけてしまう。


編物をしながら

  台所で煮物をしながら聞いてくれる母とは勝手がちがうから

  ・・・ ぎこちなく緊張する。

「ううん もういいんだよ」 ・・・ 子どもは白けて離れてゆく。





* 2010.11  東ブータンで





母 ・・・308. : 耳を傾ける ・・・ しなやかさ

2011-01-29 05:12:03 | Weblog
母は 自分の時間を無にして家族のために生きてくれる。


よほどのことがない限り

  「いまは忙しいから ダメ」 とはいわない。


子どもが外出先から帰って

  いきなり腹がへったと訴えれば ・・・

中途半端な時間でも 編み物の手を休めて

  スパゲッティをゆでたり 炒飯(チャーハン)をつくってやる。


母親は いつでも手をあけて

  子どもらのいい分を聞こうという独特のゆとりをもっています。



もちろん 言葉のあやで

「そんなことは後にして」 と拒むこともある。


父親が一言でもそういえば 子どもはすぐ引込む。


母親の場合は 拒否されても ・・・

  子どもは平気でしゃべったり 要求しつづける。



「そんなつまらない話 夜でもいいでしょう 聞きませんよ」

  と ときには冷たく突きはなすこともあるが ・・・

それでも 子どもが話しはじめると

「それで」 とか 「ふーん」 とかいいながら聞いている。


母心のしなやかさ ・・・ といえるでしょうね。




* 本日午後 ・・・ 今年はじめての講師を務めてきました。
  某大企業の管理者研修の講師です。
  今年になってからだけでも あと7件の依頼がありましたから
  講演・講座は 本業外とはいえ ・・・ 忙しくなりそうです。



* 2010.11  東ブータンで





母 ・・・307. : 黙って叱る ・・・ 寡黙

2011-01-29 05:11:16 | Weblog
さいきん おしゃべりで 癇高い 怒りっぽい母が

  ・・・ 激増しています。


だから

子どもは 高校生ぐらいになると

  母を嫌い うとましく思うようになってくるのです。



性教育にしても あまりにも饒舌すぎます。

なめらかに きちんとした性教育を施している母は

  ・・・ 寡黙なものです。


婦人雑誌に目をさらして

  性教育のハウツウを学びとろうと必死になる母

  性教育の在り方を論ずる母親

そうした母は ・・・

黙って叱り教える母心の尊さに気づかない

  粗々(あらあら)しい女性だ といえるかも知れません。





* 2010.11  東ブータンで