名前を呼ばれて、ふたたび診察室へ入った。
レントゲンで撮った首の骨の写真が、医師のデスクの上に2枚立てて貼り付けてある。
その写真を、医師が私に見せるようにして示した。
「炎症、どこですか?」
写真を見たとたん、質問した。
「これは骨の写真だから、炎症は写らない」
穏やかな口調で、医師が答えた。
「あ、そうですね」
寝違いの痛みの炎症は筋肉だと気づいた。
「どこも異常なしです」
医師が写真の1枚ずつへ、視線を向けて言った。
ネット画像で見た〈ストレートネック〉ではないし、異常なしという医師の言葉に安堵した。
自分の首の骨のレントゲン写真を見たのは、初めてである。ゆるやかな湾曲ラインを描き、想像していたより、ずっときれいだった。
きれいの意味は、(私の首の骨のラインて、こんなにきれい)と、(レントゲンて、こんなに鮮明に写るものなのね)の両方だった。
「良かった。安心しました」
写真から医師の顔に視線を移して言った。
「じゃ、今日出す薬の説明をします」
医師が、デスクの上の紙を手許に引き寄せ、それを私に見せながら説明を始めた。
「ロキソニン、湿布は、1日1回貼って下さい」
医師が言った。
「はい。あ、そのロキソニンて、寝違いのネット記事でロキソニンていうのを何度か見ましたけど、それとは違うのでしょう?」
「同じです」
「えっ、同じ、なんですか? ロキソニン?」
「そう」
「でも、同じロキソニンでも病院の処方のと、市販のとは、成分の強さとか効力が少し違うのでしょう?」
「全く同じです。病院のは保険がきくから安い」
「そうなんですか」
意外な気がした。
ずっと以前、近所の内科医院で漢方薬の〈半夏厚朴湯〉を処方してもらった時、同じような質問をしたことを思い出した。その時、医師に、
「同じ薬でも市販薬より、処方薬のほうが成分と効力は強いのでしょう?」
と聞くと、
「若干ね」
医師はそう答えた。若干でも成分と効力が強いほうがいいと思ったものだった。
(病院で出してもらう湿布は、市販のと成分も効力も同じ!)
薬と湿布は違うのかもしれないと思った。
前日まで使用していた冷湿布は、貼った時は冷んやり気持ち良くて治るような気がするが、まだ50パーセントしか軽減していない。通販で買っておいた冷湿布だが、病院で出してくれる湿布なら、もっとよく効くに違いないと信じていた。
医師が説明を続けた。
「*****(薬の名前)、これは炎症を鎮める薬です。1日3回飲んで下さい」
「はい」
「*****(薬の名前)、胃を保護する薬です。これも1日3回」
「えっ、お腹、痛くなるんですか? 副作用?」
そう聞くと、医師が慌てたような口調になった。
「いえいえ、お腹は痛くなりません。薬を飲むことで荒れる胃の粘膜を、守る、保護する薬。痛くはなりませんから」
「はい、わかりました」
「*****(薬の名前)、これを飲むと、早く治ります」
「あ、それ、いいわ! 早く治る薬、飲みたい!」
早く治る薬があるなんて、魔法の薬ねと内心、呟く。さすが病院、そんな薬のことはネット記事のどこにも書いてなかった。
「ただ、この薬は副作用があります」
「えっ、どんな?」
「身体が、だるくなります」
医師が答えた。
「それなら、大丈夫です。だるくなったら寝てますから」
首の寝違いのネット記事で、安静にすること、首に負担をかけてはいけない、首を動かしてはいけない、ひたすら安静にと書いてあるのを読んだ。ソファに座っていると、5キロの重さの頭が首に負担をかけることになるらしい。ビデオの映画を観ることを諦め、ベッドで横になって過ごすしかないので、前日までの数日間は日中の半分以上の時間を、ベッドで音楽を聴いたり小説を読んだりゲームをしたりして過ごしていた。
身体はあお向けと左側向きが多く、時々、「痛っ」と瞬間の痛みに耐えて右側向きになった。両脚をストレッチふうに動かしたりもするが、音楽と読書とゲームがあれば、〈首の安静〉のために長時間をベッドで過ごすことは苦にならないどころか、
(こんな日があるのもいいわ)
と、通常と違う生活が楽しい気もした。もちろん、痛みは辛かった。
それにずっとベッドにいると、起きて身体を動かすことが新鮮な気分になるし、家事の意欲も湧くのだった。洗濯と掃除の他に、キッチンにいる時間が一番長かった。
キッチンに入ってエプロンを付けるたび、12年前の時は寝違いの箇所が首ではなく肩だったからエプロンのひもを結ぶために両腕を背中に回すと痛かったことを思い出した。今回はエプロンのひもを普通に結べることがうれしかった。
(首の寝違いは20何年、25年前かしら。あの日は冷湿布を貼る知識もなく、フィットネス・クラブへ行って2時間過ごし、その後、エステティック・サロンで2時間半過ごし、寝違いと肩こりの違いをエステティシャンとお喋りしたわ)
(今より身体が若かったから……)
(こんなに、なかなか治らないのと頭痛まで起こるのは加齢現象……)
と、気分が落ち込みそうになるのでクラシック音楽を聴きながら料理をしたが、いつもより疲れてしまって、終わるなり、またベッドへ。
深夜に、目が覚めてしまう日もあった。枕元のスマホを手にしてニュース速報を読むうち眠気に襲われながら、明日こそ治る、きっと明日こそ明日こそと祈るように呟く日々だった。
医師が、処方薬の説明はこれで終わりというしぐさをしたので、
「頭痛薬は?」
と、質問した。
「頭痛薬というのはなく、この薬が鎮痛だから、これで大丈夫です」
プリント紙に記載の1種類の薬の名前を指して、医師が答えた。
「わかりました」
「薬は2週間分出しますけど、治ったら飲まないで」
「はい」
「湿布は今年いっぱい使えるので、とっておいても大丈夫です」
「はい」
画像診断と処方薬の説明を聞き、
(まるで、もう治ったみたい)
医師と話している時は頭痛も起こらず、安堵するような気分に包まれながら診察室を出た。
レントゲンで撮った首の骨の写真が、医師のデスクの上に2枚立てて貼り付けてある。
その写真を、医師が私に見せるようにして示した。
「炎症、どこですか?」
写真を見たとたん、質問した。
「これは骨の写真だから、炎症は写らない」
穏やかな口調で、医師が答えた。
「あ、そうですね」
寝違いの痛みの炎症は筋肉だと気づいた。
「どこも異常なしです」
医師が写真の1枚ずつへ、視線を向けて言った。
ネット画像で見た〈ストレートネック〉ではないし、異常なしという医師の言葉に安堵した。
自分の首の骨のレントゲン写真を見たのは、初めてである。ゆるやかな湾曲ラインを描き、想像していたより、ずっときれいだった。
きれいの意味は、(私の首の骨のラインて、こんなにきれい)と、(レントゲンて、こんなに鮮明に写るものなのね)の両方だった。
「良かった。安心しました」
写真から医師の顔に視線を移して言った。
「じゃ、今日出す薬の説明をします」
医師が、デスクの上の紙を手許に引き寄せ、それを私に見せながら説明を始めた。
「ロキソニン、湿布は、1日1回貼って下さい」
医師が言った。
「はい。あ、そのロキソニンて、寝違いのネット記事でロキソニンていうのを何度か見ましたけど、それとは違うのでしょう?」
「同じです」
「えっ、同じ、なんですか? ロキソニン?」
「そう」
「でも、同じロキソニンでも病院の処方のと、市販のとは、成分の強さとか効力が少し違うのでしょう?」
「全く同じです。病院のは保険がきくから安い」
「そうなんですか」
意外な気がした。
ずっと以前、近所の内科医院で漢方薬の〈半夏厚朴湯〉を処方してもらった時、同じような質問をしたことを思い出した。その時、医師に、
「同じ薬でも市販薬より、処方薬のほうが成分と効力は強いのでしょう?」
と聞くと、
「若干ね」
医師はそう答えた。若干でも成分と効力が強いほうがいいと思ったものだった。
(病院で出してもらう湿布は、市販のと成分も効力も同じ!)
薬と湿布は違うのかもしれないと思った。
前日まで使用していた冷湿布は、貼った時は冷んやり気持ち良くて治るような気がするが、まだ50パーセントしか軽減していない。通販で買っておいた冷湿布だが、病院で出してくれる湿布なら、もっとよく効くに違いないと信じていた。
医師が説明を続けた。
「*****(薬の名前)、これは炎症を鎮める薬です。1日3回飲んで下さい」
「はい」
「*****(薬の名前)、胃を保護する薬です。これも1日3回」
「えっ、お腹、痛くなるんですか? 副作用?」
そう聞くと、医師が慌てたような口調になった。
「いえいえ、お腹は痛くなりません。薬を飲むことで荒れる胃の粘膜を、守る、保護する薬。痛くはなりませんから」
「はい、わかりました」
「*****(薬の名前)、これを飲むと、早く治ります」
「あ、それ、いいわ! 早く治る薬、飲みたい!」
早く治る薬があるなんて、魔法の薬ねと内心、呟く。さすが病院、そんな薬のことはネット記事のどこにも書いてなかった。
「ただ、この薬は副作用があります」
「えっ、どんな?」
「身体が、だるくなります」
医師が答えた。
「それなら、大丈夫です。だるくなったら寝てますから」
首の寝違いのネット記事で、安静にすること、首に負担をかけてはいけない、首を動かしてはいけない、ひたすら安静にと書いてあるのを読んだ。ソファに座っていると、5キロの重さの頭が首に負担をかけることになるらしい。ビデオの映画を観ることを諦め、ベッドで横になって過ごすしかないので、前日までの数日間は日中の半分以上の時間を、ベッドで音楽を聴いたり小説を読んだりゲームをしたりして過ごしていた。
身体はあお向けと左側向きが多く、時々、「痛っ」と瞬間の痛みに耐えて右側向きになった。両脚をストレッチふうに動かしたりもするが、音楽と読書とゲームがあれば、〈首の安静〉のために長時間をベッドで過ごすことは苦にならないどころか、
(こんな日があるのもいいわ)
と、通常と違う生活が楽しい気もした。もちろん、痛みは辛かった。
それにずっとベッドにいると、起きて身体を動かすことが新鮮な気分になるし、家事の意欲も湧くのだった。洗濯と掃除の他に、キッチンにいる時間が一番長かった。
キッチンに入ってエプロンを付けるたび、12年前の時は寝違いの箇所が首ではなく肩だったからエプロンのひもを結ぶために両腕を背中に回すと痛かったことを思い出した。今回はエプロンのひもを普通に結べることがうれしかった。
(首の寝違いは20何年、25年前かしら。あの日は冷湿布を貼る知識もなく、フィットネス・クラブへ行って2時間過ごし、その後、エステティック・サロンで2時間半過ごし、寝違いと肩こりの違いをエステティシャンとお喋りしたわ)
(今より身体が若かったから……)
(こんなに、なかなか治らないのと頭痛まで起こるのは加齢現象……)
と、気分が落ち込みそうになるのでクラシック音楽を聴きながら料理をしたが、いつもより疲れてしまって、終わるなり、またベッドへ。
深夜に、目が覚めてしまう日もあった。枕元のスマホを手にしてニュース速報を読むうち眠気に襲われながら、明日こそ治る、きっと明日こそ明日こそと祈るように呟く日々だった。
医師が、処方薬の説明はこれで終わりというしぐさをしたので、
「頭痛薬は?」
と、質問した。
「頭痛薬というのはなく、この薬が鎮痛だから、これで大丈夫です」
プリント紙に記載の1種類の薬の名前を指して、医師が答えた。
「わかりました」
「薬は2週間分出しますけど、治ったら飲まないで」
「はい」
「湿布は今年いっぱい使えるので、とっておいても大丈夫です」
「はい」
画像診断と処方薬の説明を聞き、
(まるで、もう治ったみたい)
医師と話している時は頭痛も起こらず、安堵するような気分に包まれながら診察室を出た。