大龍寺墓地のほぼ中央にあたる所に
一際目立つ背丈の高いお墓があります。
円錐形・球体・立方体などの石が重なっていて、
見覚えのある方も多いでしょう。
このお墓は今から349年前の寛文元年(1661)、
大龍寺を建立した故猪飼半左衛門正景氏のお墓です。
初代住職を「ご開山さま」と尊称するのに対して、
建立を発願された方を「開基さま」と称します。
猪飼氏は、大阪の猪飼野という地域と関係が深く、
一族(の一部?)が近畿地方から甲斐国(山梨県)へ移住し、
江戸で大龍寺の開基となった猪飼半左衛門正景氏につながります。
初代住職を甲斐国の興因寺から迎えたことも脳裏によぎりますが、
お寺の資料では開創当時の因縁を記したものがないため
詳しいことは分からないままとなっています。
一際目立つ背丈の高いお墓があります。
円錐形・球体・立方体などの石が重なっていて、
見覚えのある方も多いでしょう。
このお墓は今から349年前の寛文元年(1661)、
大龍寺を建立した故猪飼半左衛門正景氏のお墓です。
初代住職を「ご開山さま」と尊称するのに対して、
建立を発願された方を「開基さま」と称します。
猪飼氏は、大阪の猪飼野という地域と関係が深く、
一族(の一部?)が近畿地方から甲斐国(山梨県)へ移住し、
江戸で大龍寺の開基となった猪飼半左衛門正景氏につながります。
初代住職を甲斐国の興因寺から迎えたことも脳裏によぎりますが、
お寺の資料では開創当時の因縁を記したものがないため
詳しいことは分からないままとなっています。