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原鉄道模型博物館は横浜みなとみらいの、横浜駅に最も近いエリアに建っている三井ビルの2階にあります。
日産本社の隣。横浜駅から歩けますが、一番近いのは新高島駅かな??
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プレスカンファレンス・記念式典の会場は三井ビル1階のエントランス。
ちなみに「4周年」という一見キリが悪い周年に拘っているのは「故・原信太郎氏の誕生日が4月4日にちなんで」だそうです
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まずは午前9時からプレスカンファレンスがスタート
館長代理の針谷朱美さんの進行で行なわれます。
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4周年記念事業として「原信太郎と世界の鉄道」をテーマに
特別展「原信太郎と世界の旅」展を館内多目的室にて開催
「原信太郎海外アルバム」の公開。原信太郎氏が生前収集撮影したアルバムをデジタル化して公開
「世界鉄道博2016」への全面協力
「台湾・高雄歴史博物館との友好協定締結」
の4つを中心におこうなうこと
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4周年記念事業の一つとして、7月16日~9月11日まで、パシフィコ横浜・展示ホールAで読売新聞の主催で開催される「世界鉄道博2016」への全面協力をおこない、鉄道博にて原模型の展示などを行なうそう
一番の見所?は幅30m×奥行き10mの巨大HOゲージレイアウト「シャングリラ鉄道」
28エンドレス約500両の同時走行。「鉄道は世界をつなぐ」という原信太郎氏の理念に基づき、各国の鉄道車両が肩を並べて走行するそうです。
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4周年記念事業に関する紹介の次はミニトークライブとして、原信太郎氏の妻で館長の原美津子氏・長男で副館長の原丈二氏・次男で副館長の原建人氏による原信太郎氏と海外旅行の思い出などを語ります。
館長の原美津子氏は、「兄と信太郎氏が親友」だったことが出会いのきっかけ。当時から信太郎氏の汽車キチガイぶりはなかなかのものだったそうで兄からは「あいつ(信太郎氏)は汽車のことにしか興味が無いからお前で大丈夫だ」と良くわからないことを言われ結婚に。
短いスピーチの中で「汽車キチガイ」という言葉が何回出てきたかな?という状態でしたが、家庭面では「汽車のこと一心で浮気を一切しなかったのがありがたい」
「みなさんも信太郎のように、生涯打ち込めるライフワークを極めて欲しい」「ひとつのものをなしとげる」ことは素晴らしい。といった話を・・。
原建人氏は1979年に家族旅行で東欧を回った時のエピソードとして、当時の東側諸国では鉄道撮影は禁止されていたなかで信太郎氏は構わず写真を取りまくり記録。ついに国際列車乗車中ハンガリー・ユーゴスラビア国境でみつかり、スパイを疑われ拘束。その時は今生の別れを覚悟したものの、結局は1時間ほどで釈放。列車は大幅に遅延。といった話を紹介。
原丈二氏は、信太郎氏と同行した鉄道旅行のエピソードとして、「鉄道撮影が禁止されている国でも構わず撮影しまくり、例えば2003年イスラエル・ハイファでは5日間の滞在中毎日5回は逮捕された」ような話などを・・・とにかく信太郎氏は行く先々で逮捕されたそうで、話を聞いていると逮捕回数でギネスに載れたんじゃないか?というレベルですね(正式な逮捕なのかはわかりませんが)
人間は例え好きなことやっている時でも雑念が生じる。しかし父は違う。ここまで一切の雑念なしに一つのものに打ち込める人は他に知らない。といった話も
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そして次に、台湾・高雄市歴史博物館と友好姉妹協定を締結したことを紹介。
高雄市では台湾初の鉄道模型博物館として「哈瑪星台湾鉄道館」が6月30日に開館。
原鉄道模型博物館が協力しているそうです。
会場では「哈瑪星台湾鉄道館」のプロモーション動画も放映されました。
なかなか格好良く出来ていて、見てると行ってみたくなりますね
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カンファレンスの最後に、JR九州青柳社長から原美津子館長に対して、観光列車「或る列車」の製作に関して原鉄道模型博物館が全面協力したことへの感謝状の贈呈がありました。
デザイナーの水戸岡鋭治氏も出席していて、紹介があったもののスピーチなどがなかったのはちょっと残念。
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そして博物館エントラスエスカレーター前に移動して、オープニングセレモニーのテープカットに。
原信太郎氏は生前、これからの子供たちはビデオゲームの普及などで鉄道模型で遊ばなくなる。鉄道模型メーカーは商売が立ち行かなくなり潰れるだろう。と予想していたそう。
信太郎氏の予想通り、現在では欧州の名だたる模型メーカーは苦境に陥り、投資ファンドの傘下に入るなどして中国シンセンでの廉価なプラ車両の生産に切替え、精巧な金属製車両の製造は行なわれなくなっている。この博物館の所蔵車両は鉄道模型そのものの貴重な記録となっている。
また原信太郎氏の「鉄道は世界をひとつにする」という理念の下、博物館では現在8言語での展示解説を提供している。東京オリンピック2020年を目標に世界全ての人が、母国語で展示解説を楽しめるようにしたい。といった壮大な目標も発表されました。
横浜音祭り2016のファンファーレ隊によるファンファーレでテープカット、その後横浜市歌の演奏で一般来館者の入館。その後私たち関係者・招待客の入館となりました
この後は館内見学となるわけですが、この日7月6日は開館4周年記念で、一般来館者も開館時間の午前10時までに来館すれば入館無料となっていました。
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原鉄道模型博物館では当初館内撮影禁止でしたが、撮影したいという要望も多かったそうで現在は「一脚・三脚等の使用」「自撮り棒の使用」「フラッシュ撮影」を除き非商業目的の撮影が可能となっています。
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或る列車は1906年に九州鉄道が米国に発注した豪華客車編成。その直後に九州鉄道は国有化。或る列車は東京・品川で留置されるものの、さしたる活躍もなく・・という幻の列車。
原信太郎氏は品川に留置中の或る列車実物に出会い、この模型を製作したそう。
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JR九州ではこの模型をベースに或る列車を観光イベント列車として2015年復活。
復活といってもキハ47形気動車の改造。鉄道ファンの間からも「或る列車」に相応しくないと落胆の声も出たそう。私も復活させるなら「ななつぼし」のような新造客車列車で復活して欲しかったのが本音です
といっても九州新幹線全通からまだ5年。JR九州にもそこまでは難しいかもしれません。ゆくゆく将来に「ななつ星」クラスの「新・或る列車」を復活を夢見たいものですね。
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館内の原信太郎フォトライブラリーコーナーで、生前に撮影し記録したアルバムをデジタル化したものを閲覧することが出来ます。国内編は以前からあったそうですが、海外編は今回4周年記念事業の一環で追加
先ほどのトークショーで信太郎氏の逮捕回数の記録を作れそうな奔放ぶりが紹介されましたが、その成果がこちらで公開されています。
当時の原信太郎氏の奔放な撮影ルール・マナー無視の捨て身?の撮影で得た、当時の貴重な記録が、ここに残されていることを思うと、記録を残すことの重要さを感じます。当時鉄道撮影が禁止されていた国々では現地でも残っていないような記録もあるのではないでしょうか?
香港の部を見たら、1984~1989年の香港の各種鉄道。特に88~89年の初期開業前後の新界LRTの姿も多数記録されていて、車両基地のピットから床下機器を撮影したものなど特に貴重な写真がありました。
原信太郎氏は40~50年以上前の古典車両・特に電気機関車や電車が好きだったそうで、博物館の所蔵車両もその時代のものが主体ですが、決してそれ以外に興味がなかったわけではなさそう。「鉄道全般に興味があったものの、特に好きなものから優先的に模型化していた」という様子ですね。
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外国語による展示解説は、来場者のスマートフォンを館内Wi-Fiに接続。展示室内に掲出されているucodeを読取ると、端末の言語設定に応じた展示解説が表示されるというもの。またスマートフォンを持っていない来館者向けに端末の貸出も行なわれているよう。
現在8言語(英語・ドイツ語・フランス語・スペイン語・繁体中文・簡体中文・韓国語・タイ語)で提供中。来場者のスマートフォンを用いた現代的な仕組みになっています。
ただあまりPRされていないようで、外国語での表示方法がわかりづらく、私も試して見ましたが複数の係員に聞いてようやく・・・といった状態でした。
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左は日本語、右は繁体中文での表示
原信太郎氏は1937年に「理想郷の鉄道・シャングリ・ラ鉄道」を着想。しかし時代は日中戦争に太平洋戦争と理想郷とは正反対に進み、鉄道もまた戦禍に巻き込まれ暗雲が立ち込めます。
原信太郎氏の理念「鉄道は世界をつなぐ」は戦争や政治に奔走された鉄道を憂い、鉄道が平和の架け橋となるような存在であって欲しいとの願いを感じます。
大宮の鉄道博物館・名古屋のリニア鉄道館・そして今年オープンの京都鉄道博物館。JR本州3社による大規模な鉄道博物館が開館するなど、今や鉄道ブームも真っ盛り。
その中で原鉄道模型博物館は実物車両を沢山展示した大きな博物館には規模こそ敵いませんが、鉄道の一時代を築いた、今では写真でしか見ることが出来ない過去の貴重な車両を精巧な模型で見ることが出来ます。
鉄道趣味の世界では「海外の鉄道」に興味がある人は少なく鉄道趣味の中では「マイナー分野」のような扱い。鉄道雑誌等を見ても海外鉄道に関する記事・情報は非常に少ないです。その中で原鉄道模型博物館は車両模型だけでなく前出のフォトライブラリーでは日本初公開?のような貴重な写真も公開されています。
そして鉄道を切り口に平和な理想郷を提唱した原信太郎氏の理念を受け継いで、みなとヨコハマの地から「鉄道の理想郷」を目指す原鉄道模型博物館。大規模な博物館とはまた違った趣のある大人の鉄道博物館です。
2016 7/11 14:53(JST)