ヒマジンの独白録(美術、読書、写真、ときには錯覚)

田舎オジサンの書くブログです。様々な分野で目に付いた事柄を書いていこうと思っています。

わかる写真とわからない写真

2020年01月21日 08時38分55秒 | 写真とカメラ



先日のテレビ番組「日曜美術館」は写真家の奈良原一高(ならはらいっこう)の特集であった。奈良原一高という写真家がどんな写真を撮ったのかが気になる。番組の冒頭で紹介された写真は左に緩くカーブした通路のような光景を写したものだった。番組の解説でその写真が炭鉱のトンネルを写したものであると言われなければ、それが何を写しているのかはわからないだろう。奈良原の作品が発表された時、土門拳は次のように作品を評したそうである。「生活から遊離した写真はやりきれない、抗議のカメラアイを向けなきゃいけないよ」」と言ったとされている。

土門拳は言うまでもなく戦後の日本を代表する写真家で、「筑豊のこどもたち」や「ヒロシマ」の作品集がある。現実をあるがままに写し取るのが「写真」の使命であるとする写実主義写真の立場を土門はとっている。言葉を変えれば、提示されたものを見ればそれが何であり、そこにそれがあることの意味をも予測可能になっている事が「写真」だとの考えがそこにはある。一方、奈良原の撮る写真は何を説明するわけでもない。写真を見る人がそれを自由に見ればよい、とする立場を奈良原一高はとっている。絵画で言えば抽象絵画に近い立場を奈良原はとっている。

土門拳の作品が「わかる写真」とするならば、奈良原一高のは「わからない写真」と言える。

ここで「わかること」と「わからないこと」の間にはどのような違いがあるのかを考えてみよう。写真を見てそこから何を想像できるのか、この視点で対象を見てみよう。

土門が撮った「筑豊のこどもたち」を例にとる。この写真には二人の姉妹が写っている。この姉妹が着ているものは粗末なものである。家の入口から顔をのぞかせている。家の中は薄暗い。。写真の右にいるのが姉である。姉は不安そうなまなざしをカメラに向けている。一方、妹の表情には少しばかりの笑顔が見て取れる。

ここから想像を働かせると、姉妹が置かれた状況を次のように推測が可能になる。

彼女たちには親の片方がいない。姉妹は炭鉱住宅に住んでいるのだが、炭鉱そのものの閉山の影響で、彼女たちはいつそこから退去しなければならないかもしれない境遇に置かれている。姉の不安そうなまなざしからは、彼女たちの置かれた境遇が伝わってくる。

土門のカメラのレンズはそのような姉妹のありようをそのままに写し取る。そして、この写真を見る人にはそのようにして写真に写っている事柄の意味が「わかる」ようになる。その写真からは姉妹の生活の厳しさが伝わってくるのだ。

次は「わからない」写真の一例として奈良原一高の冒頭の作品を見てみよう。
所々に灯りがともる通路が写っている。通路の一番手前にある円形の車輪のような物体。それは何だろうか。そしてここはどんな所なんだろうか。この写真は見る者の素朴な疑問を喚起させる。
奈良原はこの写真に説明的なものを一切付け加えない。
土門拳と奈良原一高とでは写真の撮り方は全く正反対の方向を向いているように見える。
ここで両者の写真をみてそこにどんな違いがあるのかを考えてみよう。
土門の写真の題材は二人の姉妹だ。人間の存在が写真の主題であるのは明らかだ。一方、奈良原の写真には人間は写ってはいない。
 一方の写真には人間の存在があり、片方には人間の存在は無い。しかし人間が写っていないからと言って、その写真に「人間のいとなみが存在してない」ことにはならない。奈良原のこの作品に写されたものは、人により造られたトンネルである。
 人により造られたモノの中に「ヒトの存在がないこと」を作者は写したかったのかもしれない、と考える事が出来る。カメラのファインダーのそとにあるモノが何であるのかを想像するのも、写真を観る楽しみの一つである。

奈良原一高氏が1月19日に亡くなったことを知った。享年88歳であったという。ご冥福を祈りたい。



 

 

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