内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

華やぐ宴の陰の女主人の孤心 ― 大伴坂上郎女、親族を宴する一首

2017-12-03 23:59:59 | 詩歌逍遥

かくしつつ 遊び飲みこそ 草木すら 春は生ひつつ 秋は散りゆく (巻第六・九九五)

 この歌の作者、大伴坂上郎女は、旅人の異母妹。旅人亡き後、没落しつつある大伴家の女主人としてその結束の中心にあった。草木に寄せて人生の短さを述べ、この世にある間は楽しみの限りをつくしましょうよと、宴の席で主人として挨拶したときの歌。
 「さあ、楽しく遊び、飲みましょう」と宴を盛り上げておきながら、草木も春の命の盛りの後、秋には散っていくのです、と結ぶことで、無常と寂寥が余韻として響く。この歌、旅人の次の賛酒歌を踏まえたものであろうといわれる(伊藤博『萬葉集釋注』)。

生ける者 遂には死ぬる ものにあれば この世にある間は 楽しくをあらな (巻第三・三四九)

 大伴家の女主人として一族の繋がりに心を砕きながら、人の世の無常迅速に鋭敏に感応せざるを得ない繊細な詩心の持ち主であった坂上郎女は、単に万葉女流歌人中最も収録歌数が多い歌人であるばかりでなく、集中最も優れた女流歌人の一人であろう。いや、「女流」という限定さえ外していいのではないだろうか。