やっと一人の時間を作ることが出来たので、備忘録。
日々の断片。
昨年末新しい自転車を買った。
実は、自転車を十数年前に壊してから乗る機会を逸し、ひたすら歩きのみで生きてきた。
(その後 数年前に足の方もカラダも壊してしまったが、それでも律儀に歩きのみで暮らしてきた。)
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1分の予告編で涙腺が緩み、年が明けたら見ようと思い、
長く待ち焦がれていた映画「パーフェクト・デイズ」。この映画を年明けにやっと観ることができた。
そこで久しぶりに気持ちが高揚したことの1つは、今自分が暮らし・過ごし・ぶらりと寄り道する場所が舞台になっていたこと。
浅草、千束、本所、亀戸・・・etc。
そして、さかんに桜橋が映る。ここはじぶんがふだん散歩で渡る道だけれど、”平山さん”はそこを自転車で渡っていく。じぶんが生まれ育ち、その後引き裂かれ 遠ざかり、そして再び戻り暮らすようになった下町。映画に触発されて、1月4日は買いたての自転車に乗って遠出をした。上野近くまで行ってしまった。気分は初めて自転車に乗った小学生の頃に戻っていた。
現代では、グーグルマップ等で 自分が居る場所や、行きたい場所への行き方もあっという間に調べられるから、世の中から未開の街の不思議さや魅力が消えてしまった、と絶望していたが、十数年ぶりに自転車を乗り回したら、そうでもないな、と思えた。
たしかに地図上に描かれた場所やその地の記録写真はその通りなのだが、自転車で走って通る道や場所はまったく違った見え方をした。
知識の世界と体感の世界は異なる。研ぎ澄ますべきは後者。
それは写真と同じように、たとえ同じ場所を通っても 季節や天候、風の吹き方など様々な要素がまじりあい、シャッターを切った画面はその日その時間にしか見えない風景である。すべてはそのときそのとき1回きりの出会い。(ゆえに写真も散歩もやめられない。)新しく手に入れた自転車は、全てを知りつくしてしまったような思い込みの倦怠を壊し、新しい角度の目線を与えてくれそうだ。