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日本の民法改正を、改正ドイツ民法と比較して考える。特に売買契約の瑕疵担保責任

2014-03-29 23:00:00 | 国政レベルでなすべきこと
 以下、深い考察まではできていませんが、今回検討されている民法改正の重大論点のひとつ、売買契約の瑕疵担保責任の部分を中心に、民法とドイツ民法を、単純に比較してみます。


第1、はじめに
 民法570条本文は、瑕疵担保責任を定めた規定である。
 この責任の法的性質に関し、以下、議論がある。
 1)目的物の「瑕疵」とは、何を意味するか?
 2)「隠れた」瑕疵とは、何を意味するか?
 3)「売買の目的物」とは、どのような概念か?
 4)570条の責任と一般の債務不履行責任との関係は?瑕疵のある物の引渡しを受けた買主は、売主に対して修補や取替えを求めることができるか?
 上記各論点を、債権法改正中間試案も視野に入れつつ日本の民法(以下、「民法」という。)と、改正されたドイツ債権法(以下、「独法」という。)で比較する。

第2 目的物の「瑕疵」とは、何を意味するか?
1、民法
(1)瑕疵とは、
 瑕疵とは、一般に、欠点・欠陥・キズという意味であり、民法570条に言う物の「瑕疵」も同様である。
 さらに、物の客観的・物理的な品質・性能に即して「瑕疵」を判断すべきか(客観的瑕疵概念)、それとも、個々の契約の趣旨に照らせば目的物が有すべき品質・性能を欠いていることを言うのか(主観的瑕疵概念)が議論される。
 通説は、主観的瑕疵の意味で理解されており、それは、契約の解釈で得られる。すなわち、当事者の合意内容を基準に「瑕疵」の有無を判断したうえで、具体的契約から明確な帰結が出てこないときには、当該契約の当事者の地位に置かれた合理人ならば契約目的に照らしてどのような品質・性能を期待したであろうかという観点から「瑕疵」の有無を判断する。
 瑕疵には、物質的な欠点だけでなく、法令上の制限、環境瑕疵、心理的瑕疵等も含まれる。
(2)立証責任
 瑕疵の存在についての主張・立証責任は、買主の側にある。

2、独法
(1)瑕疵とは(『ドイツ売買法 2001年債務法改革(債務法現代化法)を中心としてー』ハルム=ペーター・ベスターマン著(以下、「テキスト」という。)21-22頁)
 物の瑕疵は、主として独法434条で定義され、権利の瑕疵は同435条で定義されている。
独法434条1項は、物の瑕疵あるいは欠陥を定義するのではなく、最初に目的物に物の瑕疵がないとはどういう場合かだけを述べている。同435条で権利の瑕疵についても同様に述べている。
「物の瑕疵がないこと」について、434条1項では、①目的物が契約で前提とした用法に適している場合(同項1文)、そうでなければ、②目的物が通常の用法に適している場合(同項1号)、ならびに、③同種のものが通常備えている性質および目的物の種類から買主が期待できる性質を示している場合である(同項2号)。
さらに、同項第3文で、広告で表示した内容も同項2号でいう性状に入るとされ、同条2項で、契約で定めた組み立てを売主が行う際の瑕疵の事案、組み立ての説明書に瑕疵がある事案を規定し、同条3項で、売主が「別の物または数量不足の物を提供する」事案を明示的に物の瑕疵と同視している。
独法434条の規定は、当事者が契約によって行う性質(Beschaffenheit)について特約の優位をこれまで以上に強調している。
(2)立証責任(テキスト 56頁)
 独法476条で、物の瑕疵の存在について売主の負担で証明責任を転換している。
 通常であれば、物の瑕疵がすでに危険移転時に存在していたことを買主が証明できなければならなかった。独法は、危険移転とは無関係に、瑕疵が、引渡後6ヶ月以内に顕現する場合には、買主は瑕疵がすでに危険移転時に存在したという内容の推定を援用することができる。

3、日本法と独法の比較
 独法では、瑕疵の規定を、瑕疵がない場合を、まず主観的瑕疵概念で検討し、認定できなければ、客観的瑕疵概念も入れて検討するということを、細かく規定している。指令の目標のひとつとして、瑕疵概念を拡張すること買主保護強化があったが、買主を保護するという意味では、独法が、日本民法より優れていると考えられる。
 さらに独法で重要な点は、立証責任の転換である。日本民法では、瑕疵の存在を主張立証するのは、買主であるが、その証明は困難なことが多いであろう。買主保護の点で独法の同規定は、優れている。

第3 「隠れた」瑕疵とは、何を意味するか?
1、民法
(1)「隠れた」とは、
 「隠れた」というのは、客観的に隠れたことを言うものである故に、普通の人の用いるべき注意を用いても発見できないことを言う。
 買主としては、通常人ならば買主の立場に置かれたときに容易に発見することができなかったこと(客観的に見て瑕疵が外部に現れていなかったこと)を主張・立証すれば足り、これにより買主の善意無過失が推定される。
(2)立証責任
 不表見の事実により買主の善意無過失が法律上推定されているがゆえに、買主の悪意または有過失については、売主が主張・立証責任を負う。

2、独法
 民法570条でいう「隠れた」瑕疵という表現を、独法は使っていない。
 独法では、433条で、売買契約における契約類型上の義務を定め、同条1項で、売主の義務として、「物の瑕疵及び権利の瑕疵のない物を買主に取得させなければならない」と規定し、同条2項で、買主の義務として、「売主に合意した売買代金を支払い、購入した物を引き取る義務を負う」ことを規定している。

第4 「売買の目的物」とは、どのような概念か?570条の責任と一般の債務不履行責任との関係は?
1、民法
(1)法定責任説と契約責任説
 まず、物の瑕疵担保責任の法的性質をどのように捉えるかで、「売買の目的物」の意味も変わることになる。
 以下、2説の考え方を比較する。

2、契約責任説の考え方
(1)契約責任説とは、
 売買契約において、瑕疵ある目的物を引渡したならば、それは不完全な履行であり、買主は売主に対して債務不履行に基づく責任(契約責任)を追及することができるという考え方である。
 この考え方は、売買契約において、「瑕疵のない目的物を引き渡すこと」が当事者の効果意思を形成し、したがって債務の内容(給付義務の内容)になっているとの理解を基礎にしている。そして、民法570条の責任は、債務不履行の一般法に対する特別法として位置づけられることになる。従って、まず民法570条が適用され、同条によって規定されていない問題については債務不履行の一般法理によって処理される。
(2)契約責任説の考え方の具体的な帰結
 ① 570条に言う「売買の目的物」には、特定物・種類物(不特定物)の両者が含まれる。
 ② 瑕疵の有無の判断基準時は、引渡時(受領時)とされる。売主が目的物を引き渡した時点で瑕疵があったならば、売主のおこなったことは不完全履行(債務不履行)と評価されるからである。
 ③ 契約締結時に既に瑕疵があった場合(原始的瑕疵)も、570条によって処理される。「原始的不能の給付を目的とする契約も、有効である」との考え方がなされる。
 ④ 債務不履行を理由とする損害賠償(570条、566条)は、履行利益の賠償である。
 ⑤ 瑕疵担保責任の効果は、解除と損害賠償しか規定(570条、566条)がないが、瑕疵のある目的物の引渡しは不完全履行(債務不履行)なので、買主としては、債務不履行の一般法理に依拠して、売主に対し、完全履行請求権(修補請求権。可能な場合には代物交付請求権)を有することになる。

3、法定責任説の考え方
(1)法定責任説とは、
 特定物の売買契約において、瑕疵のある特定物を引き渡しても、「この物」(特定物)を引き渡したのであれば、それは完全な履行であり、買主は売主に対して債務不履行に基づく責任(契約責任)を追及することができないとの考え方(特定物ドグマ)である。
 この特定物ドグマは、特定物の売買契約において、当事者の効果意思たる債務の内容(給付義務の内容)を形成しているのは「この物」のみであって、「物の性質」がどうであるかは効果意思ではなく、「動機」にすぎないとの理解を基礎にしている。ここから、「特定物売買では、「この物」さえ引き渡せば、履行として完全である(債務不履行ではない)」(瑕疵のある特定物の引渡しは、瑕疵のない完全な履行である)との帰結が導かれる。
 しかし、この場合に、瑕疵のある特定物の引渡しが完全な履行だとしたままでは、その特定物には瑕疵がないと信頼して取引に入った買主が不利益を被る。そこで、民法は、瑕疵のある特定物の引渡しが完全な履行であることを認めたうえでなお、買主の不利益を救済するため、法律で特別の責任を定めて、売主に課すことにした責任が、570条の瑕疵担保責任(履行として完全であると評価された後の利益調整のための特別の法定責任)である。
(2)法定責任説の考え方の具体的な帰結
 ① 570条に言う「売買の目的物」は、特定物のみを対象とする。種類物の売買では、瑕疵のある種類物を引き渡すと、不完全履行と評価され、売主の債務不履行責任が発生し、債務不履行の一般法理で処理される。
 ② 瑕疵の有無の判断基準時は、契約締結時とされる。瑕疵は、原始的瑕疵のみが570条の「瑕疵」に当たる。
 ③ 契約締結後・引渡しが現実にされるまでの間に生じた瑕疵(後発的瑕疵)については、民法400条の保存義務の問題として処理される。
 ④ 損害賠償(570条、566条)は、信頼利益の賠償、つまり、瑕疵を知らなかったことによって買主が被った損害だとされる。
 ⑤ 570条の瑕疵担保責任は、債務不履行責任ではない。従って、瑕疵のある特定物の引渡しも完全な履行なのであるから、受領した買主は、売主に対する完全履行請求権(修補請求権・代物交付請求権)を有しない。このような権利を認めるのは、論理矛盾である。

4、独法
(1)概念の説明 給付障害(テキスト 4頁)
 独法は、給付障害という概念を、用いている。債務不履行に極めて近い概念であるが、債務不履行だけでなく、危険負担の場合も含む。債務者に帰責事由がない履行不能の場合は、厳密に言えば、債務不履行にはならないので、一般的な概念として給付障害という概念を用いる。
(2)瑕疵担保責任の効果(テキスト 23頁)
ア、完全履行請求権
 独法437条は、1号で、買主にまず完全履行を求める権利を認め、439条1項は、これを定義して、買主は、「完全履行として、その選択により、瑕疵の処理または瑕疵のない目的物の供給を請求することが」できる、としている。完全履行とは、修補または代替物供給である。これは、権利の瑕疵にもあてはまる。同2項は、完全履行の費用は、売主負担であることを規定する。
 完全履行がうまくいかなかった場合に、買主は、同条2号の定めるところにより、第440条、第323条および第326条5項による契約の解除、または、第441条による売買代金の減額を行うことができる。
 逆に言うと、買主は、目的物に瑕疵があると思われるときは、直ちに解除したり、損害賠償を求めたりすることができない。売主には、2度目の提供をする権利をもつことを意味する。
イ、解除と損害賠償
 第437条2号と3号は、「および」という語でつながれており、買主は解除することができ、そしてまたそれと並んで、同3号にあるように、「第440条、第280条、第281条、第283条、および第311条により損害賠償を」求めることができる。損害賠償と解除とをともに請求できるのである。
ウ、積極的契約侵害(テキスト 22頁)
 履行利益を超える損害を買主の法益に対し起こした場合、瑕疵の後続損害(例えば、伝染病に罹った家畜を供給し、この家畜から他の買主の家畜に伝染した場合)を引き起こし、そのことに帰責事由がある場合、積極的契約侵害として、独法280条1項でいう債務者の義務違反と見ることができ、損害賠償請求がなされうる。

5、日本法と独法の比較
 独法と、契約責任説は、似ていることがわかる。
 すなわち、第4、2(2)の契約責任説の考え方の具体的な帰結での記載と対応して、独法の担保責任について書くと、
 ① 570条に言う「売買の目的物」には、特定物・種類物(不特定物)の両者が含まれる。
 ② 瑕疵の有無の判断基準時は、引渡時(受領時)とされる
 ③ 契約締結時に既に瑕疵があった場合(原始的瑕疵)も、「原始的不能の給付を目的とする契約も、有効である」とされ処理される。その場合、独法では、追完請求なしの解除がなされうる。
 ④ 損害賠償は、履行利益の賠償である。積極的契約侵害が認められる場合もありうる。

 日本の債権法改正の大きな争点のひとつが、物の瑕疵担保責任の法的性質を法定責任説から契約責任説に移行させるところにある(*『民法(債権関係)の改正に関する中間試案』42頁、54頁~55頁参照)が、独法改正や実際の独法改正後の判例の蓄積が参考になるであろう。

以上


(参考資料)
*『民法(債権関係)の改正に関する中間試案』から一部抜粋
〇42頁
 第22 弁済
6弁済の方法(民法第483条から第491条まで関係)
(1)民法第483条を削除するものとする。
(以下略)

〇54頁~55頁
 第35 売買
 3売主の義務
 (1)売主は、財産権を買主に移転する義務を負うほか、売買の内容に従い、次に掲げる義務を負うものとする。
 ア 買主に売買の目的物を引き渡す義務
 イ 買主に、登記、登録その他の売買の内容である権利の移転を第三者にたいこうするための要件を具備させる義務
 (2)売主が買主に引き渡すべき目的物は、種類、品質及び数量に関して、当該売買契約の趣旨に適合するものでなければならないものとする。
 (3)売主が買主に移転すべき権利は、当該売買契約の趣旨に適合しない他人の地上権、抵当権その他の権利による負担又は当該売買契約の趣旨に適合しない法令の制限がないものでなければならないものとする。
 (4)他人の権利を売買の内容としたとき(権利の一部が他人に属するときを含む。)は、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負うものとする。
(注)上記(2)については、民法第570条の「瑕疵」という文言を維持して表現するという考え方がある。

 4目的物が契約の趣旨に適合しない場合の売主の責任
 民法第565条及び第570条本文の規律(代金減額請求・期間制限に関するものを除く。)を次のように改めるものとする。
 (1)引き渡された目的物が前期3(2)に違反して契約の趣旨に適合しないものであるときは、買主は、その内容に応じて、売主に対し、目的物の修補、不足分の引渡し又は代替物の引渡しによる履行の追完を請求することができるものとする。ただし、その権利につき履行請求権の限界事由があるときは、この限りでないものとする。
 (2)引き渡された目的物が前期3(2)に違反して契約の趣旨に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、債務不履行の一般原則に従って、その不履行による損害の賠償を請求し、又はその不履行による契約の解除をすることができるものとする。
 (3)売主の提供する履行の追完の方法が買主の請求する方法と異なる場合には、売主の提供する方法が契約の趣旨に適合し、かつ、買主に不相当な負担を課するものでないときに限り、履行の追完は、売主が提供する方法によるものとする。
 (以下略)
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