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甲府市の市民レポーターがこうふの話題をお届け!

かずさんの街散歩vol.11

2020-12-03 15:55:17 | 紹介

中道地区


 
こんにちは市民レポーター「かずさん」こと武田和巳(67才)です。

私は“健康のために甲府の街を散歩しながら、新しい発見をする”を目標に、

市のホームページに掲載されている『甲府市ウォーキングマップ』を見ながら31地区のコースを歩き、中高年の立場で各コースを紹介していきます。

 

前回<vol.10 石田地区>の記事はコチラ

vol.1:東地区Aコース vol.2:千塚地区北側コース vol.3:大里地区アイメッセコース> vol.4:里垣地区西コース vol.5:住吉地区全周コース vol.6:玉諸地区 vol.7:北新地区 vol.8:湯田地区 vol.9:春日地区 

番外編1:「米倉山太陽光発電所」と「ゆめソーラー館やまなし」

 

 

****コースの紹介****

第11回は、<中道地区>です。

『甲府市ウォーキングマップp11に掲載

中道地区のウォーキングマップはコチラ

 

 

~中道地区~

中道地区では、数万年前からの遺跡が発掘されています。

中道地区南部の上向山町で3万年近く前の火山灰の存在が発見され、その付近から旧石器時代の石器が出土(この時代はまだナウマンゾウがいたそうです。石器で狩りをしていたのでしょうか?)その後縄文時代に、弥生時代の遺跡や有名な丸山塚古墳、銚子塚古墳が発見されています。

1500年代には、甲斐九筋の一つで、甲府から静岡の吉原を結ぶ「中道往還」が軍道として重要視され、海産物を運ぶ「魚の道」として栄えたとのことです。

地区内には10の神社があり、季節の節目ごとにそれぞれ祭りを行っているそうです。

トウモロコシ「きみひめ」の産地です。

 

※「きみひめ」については、『広報こうふ』2020年8月号と、2020年8月のブログで、市民レポーターの山本さんが紹介しています。

https://www.city.kofu.yamanashi.jp/shise/koho/kohoshi/r2/documents/20200826.pdf

https://blog.goo.ne.jp/kofu-reporter/e/2710efecf2854107325a6df86e7ca783

以下参考まで。

・旧石器時代:約3万年前~15000年前

・縄文時代:15000年前~2300年前

・弥生時代:2300年前~1750年前(紀元前から紀元後へ)

・古墳時代:1750年前~1300年前

以降、奈良・平安・鎌倉・室町・戦国・安土桃山・江戸時代と続きます。

 

 

2020年10月7日、「考古博物館」の駐車場からスタートしました。

マップと飲み物を持っていざ出発!!

今回は南北に広い中道地区の一部、「風土記の丘公園 曽根丘陵公園」周辺を散歩します。

駐車場から考古博物館は歩いてすぐ。玄関前には大きなキンモクセイの樹があり、甘い香りを漂わせていました。その横には大きなナウマンゾウの親子像があり、迫力満点です(古学博物館内の見学は、またの機会にしたいと思います)。

考古学博物館入り口前のナウマンゾウの前を通り、日本庭園方向に進むと芝生の広場に出ます。芝生広場に出たら左に折れ、「かんかん塚」、「さかづき塚古墳」をめざしました(マップでは右手に進みます)。

「かんかん塚古墳」、「さかづき塚古墳」は、どちらも登ることができるようです。

古墳全体が笹で覆われており、歩けるように道がつくられています(根っこに引っ掛かりやすいので、歩く際は気を付けてください)。

古墳の左側には石清水遺跡がありました。

遊歩道を「丸山塚古墳」に向かって歩いていきます。

天保11年(1842年)の記載がある古い石碑の横を通り、丸山塚古墳の説明板をよく読んでから、砂利道を歩き古墳の階段を上ります。

5世紀初めに築造された丸山塚古墳の階段を上ります。

古墳の周りは芝生が生えていますが、現在は「芝滑り禁止」の立て札がありました。芝生が禿げて古墳の土が流れては困るので仕方が無いですね。

古墳頂上には「竪穴式石室」の説明板があり、目の前には銚子塚古墳が見えました。

階段を下りて、「銚子塚古墳」に向かいます。途中に銚子塚古墳の説明板があるので、ここでもよく読んで勉強しました。

4世紀後半につくられた銚子塚古墳は、前方後円墳です。前方部の階段から登って行きます。

後円部の頂上には、丸山塚古墳と同様に「竪穴式石室」の説明板がありました。

頂上からの見晴らしは最高ですね。大里地区が良く見えました。古代人は、どんな景色を眺めていたのでしょうか?

方円の境にある階段を下りて、木立の間の細い道を進みます(マップと異なります)。

林の中を通り、研修センターへ向かいます。

マップにある散歩コースを横切り、林の中の道を歩いて研修センターをめざします。

上りで多少きついコースですが、階段を踏みしめながら歩いて下さい。

クヌギの実が落ちていました。

途中でマップの散歩コースと合流します。

「考古博物館風土記の丘研修センター」に寄りました。館内では『山梨ドキッ!!(縄文編)グランプリ』という山梨県内で発掘された縄文土器の人気投票を行っており、私も投票。縄文土器にはさまざまなデザインがあることに驚きました。

投票の記念に缶バッヂをもらいました!

⑫ 階段を下りて遊具広場を通り抜け、芝生広場の横を通り、上の平遺跡をめざします。

とても手入れの行き届いた公園で、気持ちがいいですね。

「上の平遺跡」は、方形周溝墓の遺跡で弥生時代末期のもので、上の平の方形周溝墓群は、周辺の集落を含めた共同の墓地だそうです。

128基の方形周溝墓群と20件程の住居跡が発掘されており、そのうち35基が復元されています。

本来の墓は、周りに溝を掘り、盛り土してあるそうですが、現在は溝の代わりにレンガを敷き、盛り土の代わりにツツジが植えてあり、迷路として楽しんでもらう工夫がされています。

「健康の杜センター アネシス」に向かいます。

上九一色方向に歩いていくと、右手にアネシスの入口が見えてきます。アネシスでは、毎年、中道地区のお祭りが開催されているそうです。玄関前の庭には右左口(うばぐち)出身の歌人「山﨑方代」の歌碑がありました。

マップのコースにはありませんが、古道「中道往還」が残っているので歩いてみようと思います。

アネシスを出て、精進湖線に向かって歩きます。周りは畑で、いろいろな野菜が収穫されていました。精進湖線との交差点手前の農道のような細い道が「中道往還」です。

途中で来た道を引き返し、公園に戻ります。

野外ステージの先から遊具広場を通り、研修センターに向かいます。

東屋で一休みしてから、北側の車両通行止めの道路を下って行きます(人は通行止めではありません)。

途中、歴史植物園に進み、「東山北遺跡」を歩きます。

弥生時代の住居跡が発掘された場所です。木の実を獲って食べていたのでしょうか?

遺跡を通り抜けたら、道路を第一駐車場へ向かいます。一般車両は通っていませんが、公園管理の車がときどき通るので、見通しの悪いカーブでは車道を歩かないようご注意ください。

左手に縄文時代の竪穴式住居が見えたら、第一駐車場にGOALです。

**** 古墳についての長年の疑問 ****

◎疑問1.「前方」「後円」墳という呼び方に違和感がある。

一般的に、上が●、下が■の配置で「前方後円墳」として紹介されています。でも、これだと「前円後方墳」ではないか?と常々疑問に思っていました。

今回の街散歩で考古学博物館を訪問した際、学芸員の一之瀬敬一さんが、親切にこの疑問に答えてくれました。

 

一之瀬さんによると、「江戸時代19世紀ごろに、国学者の蒲生君平が“前方後円墳”と名付けたといわれ、特に意味はなく、明治以降も学術的に使われている」とのことでした。

江戸時代は空撮ができないので、横から古墳を見て牛車に例え、被葬者が埋葬され盛り上がっている円形部を、牛車の座席のある屋形に見立てて後部とし、方形部を牛にかける部分の轅(ながえ)と軛(くびき)に見立てて前部として「前方後円墳」と名付けられたようです。

 

「かずさんの街散歩」で神社仏閣を多数訪問しているので、自分なりに理由を考えてみました。

古墳は神聖な方々のお墓なので、方形部で対面したときに「手前が前」「奥が後ろ」、すなわち「前方後円墳」となるのかもしれません(※あくまで個人の見解です)。

なお、福島県郡山市にある大安場(おおやすば)古墳は、■■の「前方後方墳」です。

ちなみに、前方後円墳の英訳は、「Keyhole-shaped tomb」(鍵穴)だそうです。

 

 

◎疑問2.古墳に登ってバチが当らないのか?

古墳はお墓(神聖な場所)なのに、登っていいものなのか不思議に思っていました。

これについては明快な説明はわかりませんでした。仁徳稜などでは古墳の上で祭事をします。古墳時代になり、地元の権力者だけでなく一般民衆にも広がり身近になった分、気軽に古墳に登るようになったのではないでしょうか(※こちらも、あくまで個人の見解です)。

古墳頂上からの景色は素晴らしいので、ぜひ登ってみてください。

(ちなみに、宮内庁の管理する陵墓は禁止のようです)。

 

 

**** コースのお楽しみ紹介  ****

第一駐車場向かいにある「風土記の丘 農産物直売所」では、地元の新鮮な野菜や旬の果物、甲府之証商品やおみやげ品などがたくさん販売されています。

中央道甲府南ICのすぐ近くにあるので、県内外からたくさんのお客さんがいらっしゃるそう。旬の食材を求めて、開店(9:00)前からお客さんが並ぶほどの人気スポットです。

お土産コーナーや飲食スペースもあるので、ぜひ行ってみてください。

※2020年3月のブログで、市民レポーター三井さんが、風土記の丘農産物直売所を紹介しています。

三井さんの記事はコチラ

 

 

**** コースの感想 ****

<中道地区>は、曽根丘陵の「風土記の丘公園」を中心に歩き、約10,000歩と大満足の散歩でした。第一駐車場、考古学博物館、公園内数か所、研修センター、農産物直売所などキレイで清潔なトイレが数カ所あります。散歩した日は小雨模様だったので周りの景色がよく見えませんでしたが、晴れの日は古代人の気持ちで散歩し、気持ちよい場所だと思います。

古墳の上を歩きたかったので、一部マップのコースを変えて歩きました。また、銚子塚古墳から研修センターまでもマップと異なり、林の中の道を歩きました。縄文時代もこんな林に覆われた道を歩いていたのでしょうか?

中道地区の上向山町は、3万年前から人類が生活していたと言われていますが、どこから来たのでしょうか? また、曽根丘陵にも縄文時代からの生活があります。その子孫が今もどこかに住んでいると考えると、すごいことです。改めて、甲府市は歴史のある街だと感じました。

 

****【かずさんの 勝手に5段階評価☆】****

 

甲府市ウォーキングマップ

https://www.city.kofu.yamanashi.jp/kenkoese/kenko/kenko/kehatsu/walking.html

 <参考>

『こうふ 私の地域・歴史探訪 ~甲府を紐解く31地区の軌跡~』

https://kofu-tourism.com/news/77

 

山梨県立考古博物館

https://www.pref.yamanashi.jp/kouko-hak/

 

風土記の丘農産物直売所

http://fudoki-nakamichi.com/

 


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