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ミステリ感想-『セント・メリーのリボン』稲見一良

2021年10月10日 | ミステリ感想
~収録作品とあらすじ~
ヤクザの情婦とともに逃げた男は追い詰められ、犬と静かに暮らす老人に会い…焚火
トーチカの中で暮らす老婆と少年。彼女らはいまだ戦時中にあり、存在しないはずの機関車が迫り…花見川の要塞
第二次大戦のイギリス。爆撃機乗りの男は非常事態に遭い…麦畑のミッション
消滅しかかった荷物運びの仕事を愚直に続けてきた男は、訪れた奇貨にある決断を下す…終着駅
猟犬専門の探偵の男が携わる、一風変わった事件の数々…セント・メリーのリボン

1993年このミス3位・日本冒険小説協会大賞短編賞

~感想~
「男の贈り物」をテーマに書かれた短編集。
いずれも短い分量ながら、圧倒的な筆力で情景を鮮やかに描き出し、読者を物語の中に引きずり込まずにはおかない。
これもこのミス3位とミステリ的に高評価を得てしまったが、基本的にミステリではない。しかしミステリ馬鹿でも十二分に楽しめる、いずれ劣らぬ重厚な、しかし読みやすい大人の童話ばかりで、「ダック・コール」が気に入ったなら絶対読んで欲しい傑作揃いである。

まず冒頭の「焚火」は男の子なら全員大好きなあるシチュエーションが描かれ、初っ端から心をつかまれる。

続く「花見川の要塞」はファンタジーで、まるで異世界の中で暮らしているような二人に近づくため、自身も幻の中へ踏み込んでいく男の苦心と、幻想的な情景が実に読ませる。

「麦畑のミッション」は父子ののどかな狩りから始まり、鉄の焼ける匂いの漂うような空中戦から、現実に根ざした、しかしこれも大人のファンタジーめいた結末へとたった36ページで至る出色の逸品。ラストもこれしかない。

「終着駅」は実直な男が下した決断が意外すぎて戸惑い、解説でも突っ込まれていた。「男の贈り物」としてはどうかと思うが、ファンタジーめいた面も多々ある本書の中でなら収まりがいい気もする。

そしてなんといっても表題作「セント・メリーのリボン」が最高だ。
THE・ハードボイルドな主人公は後に「猟犬探偵シリーズ」として独り立ちするそうだが、それも納得の魅力あふれる人物で、この短編一作で原尞の沢崎くらい気に入った。
本作だけはミステリとしても読め、中編ばりの94ページで数々の事件が描かれ、同時に主人公の竜門卓の生き様と信条が浮き彫りにされていく。
竜門卓は世の男の子が憧れるハードボイルドな男そのもので、決して揺るがない確固とした信念を持ち、それを貫けるだけの知恵と実力を持っている。
また相棒のジョーが犬好きにはたまらない、これもハードボイルドな犬で、単なる主従関係ではない竜門とのバディぶりも良い。ただビールを一缶飲ませるのは超危険なので令和のコンプラにはご用心だ。


21.10.5
評価:★★★★ 8

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