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ミステリ感想-『蝉かえる』櫻田智也

2020年11月06日 | ミステリ感想
~収録作品とあらすじ~
16年前、災害ボランティアの男性が見かけたのは行方不明の少女の幽霊なのか…蝉かえる
団地で起こった傷害事件と交通事故。2つの被害者と事件をつなぐ意外な関係は…コマチグモ
ペンションを訪れた中東からの来客。スカラベのペンダントをした心優しき彼は翌朝に…彼方の甲虫
雑誌編集長のもとに届いた常連投稿者の少年からの一報。かつて彼が指導したライターが行方不明になったといい…ホタル計画
南スーダンから帰国した魞沢の旧友はツェツェバエのサナギを持ち帰り…サブサハラの蠅

2020年日本推理作家協会賞短編候補(コマチグモ)


~感想~
昆虫マニアの魞沢泉(えりさわ・せん)が各地で出会った人々と事件の数々を描く短編集。
連作ではないが前の話の結末が後から出てくるので注意。
日常の謎に分類するには人死にが多いが、飄々として浮世離れした魞沢が雰囲気を和らげる。
出版社は「ホワットダニットってどんなミステリ? その答えは本書を読めばわかります。ブラウン神父、亜愛一郎に続く“とぼけた切れ者”名探偵」と大上段に振りかぶった宣伝でかえって読者を遠ざけてしまっているが、なんとおおむね同意できる。
自分はかの梓崎優「叫びと祈り」クラスと評判を聞き読んだのだが、決して誇大表現ではなく、このミス・文春2冠を制した米澤穂信「満願」にもある面で比肩しうる傑作である。
ただブラウン神父、亜愛一郎とは作風もキャラもだいぶかけ離れていると思う。

冒頭に置かれた表題作「蝉かえる」からして「密室状況で消失した少女の幽霊」という本格ド真ん中の謎で、それがありがちな目線トリック(※あれこれ細工して目撃者の目線から隠しているだけのつまらない密室トリック。造語)ではなく心理・動機面から成立しているのが面白い。真相開示から結末も単なる種明かしではなく余韻を残すもので、表題作になるのも納得。

続く「コマチグモ」も「被害者はなぜ○○を放って現場から疾走し交通事故に遭ったのか?」という魅力的な謎が描かれる。これも謎の解かれ方が奇抜かつ見事で、日本推理作家協会賞候補に上がったのもやはり納得。

ところが表題作と協会賞候補を余裕で上回ってくるのが書き下ろしの残り3編なのだからすごい。
「彼方の甲虫」は「なぜ熱心な信者が教義で禁じられた行為をしたのか?」という謎が、何も起こっていなかったはずの日常描写に紛れていた伏線の山から立ち上がる逆転の論理で解かれる、それこそブラウン神父、亜愛一郎の風格ある傑作。

「ホタル計画」が最も好みで、失踪した旧友をすさまじくフットワークの軽い編集長が追跡し、調査の過程でつかんだ情報のほとんど全てがある一つの真実に収斂していく。しかもそこにこれを連作短編集の4編目に置くのかというある仕掛けまで凝らされる。

「サブサハラの蠅」は正直、真相はほとんど丸わかりなのだが、一気に海外まで足を伸ばし「叫びと祈り」や「満願」のような作品世界の拡大を感じさせ、今後の期待がふくらむ一編で、掉尾を飾るにふさわしい。

総じて類例の少ないホワットダニットでありながら、これが最も重要な点だが、事件も謎も結末も物語も、いずれも叙情的な切なさや物悲しさが漂う空気感が魅力的で、一読忘れ得ぬ作品ばかりである。
そこに加えてホワットダニットと本格ミステリ的な謎、そして納得の解決が付けられるのだから、デビュー2作目とはとても思えない、独自の作風が確立されている。
知名度の点でだいぶハンデがあるが、このミスで良い所まで行って、読者が増えることを切に願いたい。


20.11.1
評価:★★★★☆ 9

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