小彼岸桜のズクなし写真ブログ

デジタタルカメラで小旅行や近場の被写体を自分流で写し止めたものを不定期に更新していきます。

花の寺勝持寺 其の1 (2019年12月02日 月 α7RⅡ+MC11 )

2020年02月04日 | EF24-105mmF4 IS L

                               花の寺勝持寺 其の1 です。

 

         大原野神社の駐車場の管理人の女性から「勝持寺」が近く、車を其のままにして歩いてもすぐだよ・・・と教わった

            

 

 

                    今までに何回も来ていた「勝持寺」大野原神社からアタックは初めて

                 この門は境内から少し離れた場所に位置していたため、応仁の乱戦火を逃れたこのお寺に残る最古の建物だ。

            

 

 

                   壬申の乱(じんしんのらん)で勝利した当時の最高権力者天武天皇修験道の開祖に創建させたという。           

            

 

 

                          天武天皇は、この国の名前を「倭の国」から「日本」に変更した事でも有名な方。

            

 

 

            その後は一時的に荒廃するが、奈良時代の791年に伝教大師・最澄によって再建され天台宗の寺院として歴史の時を歩んでいる

            

 

 

                  平安時代の1140年には歌僧の西行がこのお寺で出家し、歌の着想を得るために境内に自ら桜の木を植えた

            

 

 

                      これが京都西部きっての名桜「西行桜」であり世阿弥の能楽の傑作の舞台にもなった

            

 

 

                        かの有名な江戸時代の名俳人・松尾芭蕉がその生涯で唯一憧れた人がこの西行さんだった

            

 

 

                          そんな西行さんゆかりのこの勝持寺応仁の乱以降は寂れていましたが、

            

 

 

                    江戸時代に徳川5代将軍・徳川綱吉の母・桂昌院の寄進により再興がすすみ、現在に至る。

            

 

 

                              紅葉全部が全部真っ赤より色々な色が有った方が趣がある。

            

 

 

 

            

 

 

                                   仁王門から山門まで結構な距離がある。

            

 

 

                                何回か訪れると「わくわく」した感じは余り無い。            

            

 

 

                                    紅葉も最後のを振り縛っているみたいだった。

            

 

 

                                料金所から左へ行くと塀に囲まれた境内へと移行します。

            

 

 

 

            

 

 

                                        いかにも古い土塀

            

 

                             花の寺勝持寺 其の1 を終わります

              


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