菜の花日記

小さい喜びがあれば幸せ

東日本大震災の記憶

2022年03月11日 | 日記

11年前の3月11日、その日友人宅で昼食を食べておしゃべりを楽しんで2時半過ぎに友人宅を出て自転車で我が家へと向かった。1キロ位走った時に電線がひどく揺れている。風もないのに変な感じがした。その時他所の家の玄関から女性が飛び出してきて「地震よ~!」と叫んだ。私は自転車をほっぽり出して目の前のビルの壁につかまっていた。後から息子に「高い建物は危険だよ」と言われた。道路も動いていたような気がしてもう無我夢中だった。

落ち着いてから家まで走って、家が潰れていないか複雑な気持ちがしていた。無事だった、有り難いと心から思った。ティッシュの箱が畳に転がっていただけで済んだ。その後地震には敏感に反応してしまう私がいる。

リハビリで一緒に体操をする仲間に、福島から埼玉へ転居してきた人がいる。毎回家の前が海で魚が沢山獲れるというお話を聞く、故郷が忘れられないのでしょう。私たちとは比べられないほど強烈な記憶として残っているのでしょう。日本は地震国、逃げようも有りません。されど戦争は避けられるのではないでしょうか。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« スカンポ(イタドリともいう) | トップ | トマトのプーさん »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (静ティー)
2022-03-11 23:49:29
11年前の東北地震は津波とともに忘れられない出来事です。その時静岡は殆ど被害もなかったのですが、津波について大きな話題になり、私たちも真剣に避難先を考えたりしました。あれ以来この辺の土地の値段がうんと下がって、それでも安くなった海に近い土地に建売住宅をたてても、すぐに売れてしまうというのは、不思議です。(30坪で3LDK2000万ぐらいでした)
固定資産税もうんとさがったんですよ。

それにしてもロシアの戦争何とかならないのでしょうか。戦争なんて、何もいいことないですものね。
いまだに私は第二次世界大戦を思い浮かべるのです。痛ましい多くの一般市民。親戚が東京大空襲で焼け出されて大勢引き上げてきたことを思い出すのです。
平穏無事に過ごせる現在の私たち、有難いです。末永く続くことを願います。
返信する
今日は暖かいです (菜の花)
2022-03-12 10:31:11
お早うございます。
地震に限らず災害はない方がいいですね。贅沢をしなければそこそこの生活が成り立つので有り難いと思います。
あまり便利ではない我が市なども次々家が建ち並びお隣通し手と手が届きそうな家、喧嘩でもしたら住めないな~。火災も怖いですね。
コロナでも終息してお花見でも出来たら最高です。この辺からも富士山が見えるんですよ、静岡からの富士山とは大違いですけれど、でも嬉しいです。
ご主人様その後いかがですか?陽気も良くなり日向ぼっこなど出来ますね。
三男の次女(高三になる)専門学校に決めたようです、少し気にかかる所が有り心配していました。少し安心しました。
返信する

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事