スケジュールがダブルトリプルで重なって、おまけに打ち合わせ中にも呼び出されること多数。忙しいというのか何というか…。
さて今日は、
■将来をになう若手
■塩野七生著「ローマ人の物語」を読んで の2本です。
【将来をになう若手】
国家公務員は、4月の採用から半年間は仮採用期間と言うことになっていて、それまでの間に不祥事でもあろうものならば、採用取り消しもあり得る、というのが建前である。
そんななか、最近の国家公務員1種職員というのは、採用から3ヶ月間にわたって研修を行い、その後それぞれの任地に配属されることになる。任地での3ヶ月間というのもなんだか分からない期間だろうが、仮採用期間の最後を一週間の研修で終了するのである。
我々が採用されたときは、わずか1~2週間の研修であとはすぐに現場へ回されるという形であったので、隔世の感がある。
今年の採用者9名に対して、一週間の最終研修のなかの最後のコマとして用意されたのは先輩職員との意見交換会で、私の上司と同僚ら企画官3名が講師として出席をした。
わが上司も部下への教育には熱心な方なので、多くの本を読みあさってはその中から使えるエッセンスを書きためて資料として残してくれている。
意見交換会はまず上司からのプレゼンテーション。「早め早めのホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)」、「事実の把握が出発点」、「基本ルールをまず確認しよう」などの基本原則10箇条は、知っていそうで案外だれも系統立てては教えてくれないものだ。
ちなみに今日伝えた基本原則十箇条を改めて紹介すると
①「早め早めのホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)」
~悪い情報ほど早くあげること
②「事実の把握」が出発点
~憶測、思いこみ、想像は厳禁
③「基本ルール」をまず確認
~法令、通達、事務連絡など行政執行の基本ルールがあるはず。基本を踏まえてこその応用だ
④「判断のレベル」を判断する
~誰がどんな手続きで決めるべき問題か。迷ったときは上と相談。無責任な決定は大トラブルの元
⑤部下への指示はよく考えて
~作業の指示は目的、期限、分量などを具体的に伝えること
⑥常に危機管理を忘れずに
~危機管理の基本は「最悪の状況を想定して対応を準備する」こと。悩んだときは安全側に
⑦アンテナ高く情報収集
~情報は創造力、想像力の源泉。何事にも興味を持って多くの人の話を聞き、多くの本を読むべし。
⑧独善に陥るな
~自分の仕事を国民、市民の目で評価せよ
⑨仕事の目的を見失うな
~手段・作業そのものが目的になりがち。何のためにその仕事はあるのだろう
⑩代替案を並べよう
~いきなり「これしかない」はただの思いこみ。選択肢を用意して比較検討してみよう。
…というもの。これだけのことが身に付いているだけでも職業人としてはかなりのものになること請け合いである。
* * * *
研修生に対して事前に提出を求めたレポートのタイトルは「君たちは出世したいのか?」という大それたものであったが、皆「そのこと自体は目的にはならないけれど、自分の思いを果たすために必要ならばそうありたい」といった優等生的回答が多かったが、そのとおりに行動して欲しいものだ。
ざっくばらんな意見交換のつもりだっただが、まだなかなか質問が出来るほどの悩みや問題意識もないのか、恐れをなしているのか我も我も、という意見は出ない。
そんな中、一人から「先輩たちの経験の中での失敗談があったら教えてください」というものがあった。
すかさず同僚からは「海外勤務していたときのことですが、『外交官としてある案件について(日本人代表である)あなたはどう考えますか』と訊かれたことがありました。そのときに私は『では本国に問い合わせてみます』と答えてしまいました。すると相手の方は『やはり日本人は何を考えているかよく分からない』という意味のことを言っていました。あとからその瞬間になにか意見を言うべきだったと思い、意見を言わないことは『賛成であり、問題意識を持っていないということと同じなのだ』と痛感しました。海外の多くの場面で日本人が意見を言わないという行動をとり続けていることで、日本国そのものへの共感やシンパシー形成を難しくしているのではないかと心配に思っています」という事例紹介があった。
なるほど、彼の積極的な行動のバックグラウンドはそこにありましたか、と納得。
議論の場面で意見を言わないということは、そこにいないのも同然なのだ。
私も若い後輩には、「講演会に出席するときは一番前の真ん中で聞け。そして講演後に質問時間があれば、必ずひとつは質問をして帰って来い!」と言い続けているのだが、その意味を理解してかつ行動に移してくれる人は少ないものだ。
言い続けているからにはそのことを嘆くのではなく、自ら実践するしかないのだ。先を行く良き先輩の背中を遠くに見ながら、自らも背中を見せて歩くしかないのである。
局内の会議でも発言をする人間が決まってきたような気がする。「これではだめだ」と思うことはこれまた常に指摘し続けないと人間は動かないものだ。
少々変わり者の烙印も嫌われ者も必要な道理である。
さて、若手職員も今夜さえ無事に乗り切れれば明日からは正式採用の身の上だ。明日からの仕事の中、そしてこれからの人生の中での活躍を祈っている。
なにかあったらいつでも相談に来て欲しいものだ。
【塩野七生著「ローマ人の物語」を読んで】
塩野七生さんの著書「ローマ人の物語」が好きなのだが、お金がないので単行本でしか買えないのが寂しいところ。
やっと17~20巻を買い求めて17巻を読み終えたが、つくづくローマ人たちがローマ帝国を建設して運営して行く課程を面白く書き綴っていて興味深く読める。
17巻は、神君アウグストゥスから皇帝のバトンを受け継いだティベリウスの物語が中心になっているが、歴史事実を書きつつも、ところどころに塩野さんの感想めいた独り言のような解説が付いていて、それがまた実に「目からウロコ」の表現なのである。
「ローマ人くらいケース・バイ・ケースを駆使した民族はいない」と書かれているが、一度決めたら周囲の状況に関わらず決めたとおりにしようとする傾向の強い日本民族への警鐘と読める。
街道を街道網として整備し、法律を法体系として整備したのがローマ人である。そしてこの二つに共通しているのが『必要に応じてメンテナンスをほどこさないと機能の低下は避けられない』という現実である、と著者は言う。
法律のメンテナンスとは現状に即して改めるということだが、ローマ人たちは法律を「いったん定めた以上は何が何でも護り抜くべきもの」とは考えずに、街道と同じように必要に応じて修理修復すべきものとして考えていた。
その結果は法律の結果である各種システムに対しても適用されて、システムはそれが何であろうと現状に適応するように『修理修復』されるべきもので、それを怠ればシステム自体に疲労をもたらし、ついには崩壊するという、長期的には大変非経済的なことに終わることを知っていたのだ、とも書いている。
私が思うに、こういう一言一言を我が国社会に当てはめてみると、長続きする社会とは、冷徹な現状認識から来る不断改革努力によって社会システムを操って行くしかなく、システムが出来れば自動的にうまくいくなどということはない、という現実的な政治感覚がある国と、そうでない国に、やがては隆盛と滅亡の違いになって行くように思われる。
とにかく現代に通じる多くの事柄がローマ時代に端を発していたことがいかに多いかということも併せ知って、興味の尽きない本である。
* * * *
さて内容の紹介と感想はそれとして、塩野さんの文体で感じたことがある。
それは彼女の文章が簡潔で短く、それゆえに読みやすいということである。
このことは、私も文章を書いていて気づいて実践していることだが、接続詞はせいぜい一つか二つしかいれず、それ以上長くなる文章は「。」で切ってしまって次の文章にしてしまうのだ。
そのことが文章全体を非常に読みやすくしていて、役人文章の不必要な飾り付けとそれ故の分かりづらさの対極にあるようだ。
文章を書く上で一つのお手本を挙げろと言われれば、塩野七生さんを推薦するだろう。
よけいなことだが、やたら分かりづらい文章を書く自転車乗りの知人がいるのだが、彼にも参考にするように伝えたいものだ。
文章は読み手のためのサービスなのだ。え?おまえもサービスが足りない?
「どもしいましぇん!」
さて今日は、
■将来をになう若手
■塩野七生著「ローマ人の物語」を読んで の2本です。
【将来をになう若手】
国家公務員は、4月の採用から半年間は仮採用期間と言うことになっていて、それまでの間に不祥事でもあろうものならば、採用取り消しもあり得る、というのが建前である。
そんななか、最近の国家公務員1種職員というのは、採用から3ヶ月間にわたって研修を行い、その後それぞれの任地に配属されることになる。任地での3ヶ月間というのもなんだか分からない期間だろうが、仮採用期間の最後を一週間の研修で終了するのである。
我々が採用されたときは、わずか1~2週間の研修であとはすぐに現場へ回されるという形であったので、隔世の感がある。
今年の採用者9名に対して、一週間の最終研修のなかの最後のコマとして用意されたのは先輩職員との意見交換会で、私の上司と同僚ら企画官3名が講師として出席をした。
わが上司も部下への教育には熱心な方なので、多くの本を読みあさってはその中から使えるエッセンスを書きためて資料として残してくれている。
意見交換会はまず上司からのプレゼンテーション。「早め早めのホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)」、「事実の把握が出発点」、「基本ルールをまず確認しよう」などの基本原則10箇条は、知っていそうで案外だれも系統立てては教えてくれないものだ。
ちなみに今日伝えた基本原則十箇条を改めて紹介すると
①「早め早めのホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)」
~悪い情報ほど早くあげること
②「事実の把握」が出発点
~憶測、思いこみ、想像は厳禁
③「基本ルール」をまず確認
~法令、通達、事務連絡など行政執行の基本ルールがあるはず。基本を踏まえてこその応用だ
④「判断のレベル」を判断する
~誰がどんな手続きで決めるべき問題か。迷ったときは上と相談。無責任な決定は大トラブルの元
⑤部下への指示はよく考えて
~作業の指示は目的、期限、分量などを具体的に伝えること
⑥常に危機管理を忘れずに
~危機管理の基本は「最悪の状況を想定して対応を準備する」こと。悩んだときは安全側に
⑦アンテナ高く情報収集
~情報は創造力、想像力の源泉。何事にも興味を持って多くの人の話を聞き、多くの本を読むべし。
⑧独善に陥るな
~自分の仕事を国民、市民の目で評価せよ
⑨仕事の目的を見失うな
~手段・作業そのものが目的になりがち。何のためにその仕事はあるのだろう
⑩代替案を並べよう
~いきなり「これしかない」はただの思いこみ。選択肢を用意して比較検討してみよう。
…というもの。これだけのことが身に付いているだけでも職業人としてはかなりのものになること請け合いである。
* * * *
研修生に対して事前に提出を求めたレポートのタイトルは「君たちは出世したいのか?」という大それたものであったが、皆「そのこと自体は目的にはならないけれど、自分の思いを果たすために必要ならばそうありたい」といった優等生的回答が多かったが、そのとおりに行動して欲しいものだ。
ざっくばらんな意見交換のつもりだっただが、まだなかなか質問が出来るほどの悩みや問題意識もないのか、恐れをなしているのか我も我も、という意見は出ない。
そんな中、一人から「先輩たちの経験の中での失敗談があったら教えてください」というものがあった。
すかさず同僚からは「海外勤務していたときのことですが、『外交官としてある案件について(日本人代表である)あなたはどう考えますか』と訊かれたことがありました。そのときに私は『では本国に問い合わせてみます』と答えてしまいました。すると相手の方は『やはり日本人は何を考えているかよく分からない』という意味のことを言っていました。あとからその瞬間になにか意見を言うべきだったと思い、意見を言わないことは『賛成であり、問題意識を持っていないということと同じなのだ』と痛感しました。海外の多くの場面で日本人が意見を言わないという行動をとり続けていることで、日本国そのものへの共感やシンパシー形成を難しくしているのではないかと心配に思っています」という事例紹介があった。
なるほど、彼の積極的な行動のバックグラウンドはそこにありましたか、と納得。
議論の場面で意見を言わないということは、そこにいないのも同然なのだ。
私も若い後輩には、「講演会に出席するときは一番前の真ん中で聞け。そして講演後に質問時間があれば、必ずひとつは質問をして帰って来い!」と言い続けているのだが、その意味を理解してかつ行動に移してくれる人は少ないものだ。
言い続けているからにはそのことを嘆くのではなく、自ら実践するしかないのだ。先を行く良き先輩の背中を遠くに見ながら、自らも背中を見せて歩くしかないのである。
局内の会議でも発言をする人間が決まってきたような気がする。「これではだめだ」と思うことはこれまた常に指摘し続けないと人間は動かないものだ。
少々変わり者の烙印も嫌われ者も必要な道理である。
さて、若手職員も今夜さえ無事に乗り切れれば明日からは正式採用の身の上だ。明日からの仕事の中、そしてこれからの人生の中での活躍を祈っている。
なにかあったらいつでも相談に来て欲しいものだ。
【塩野七生著「ローマ人の物語」を読んで】
塩野七生さんの著書「ローマ人の物語」が好きなのだが、お金がないので単行本でしか買えないのが寂しいところ。
やっと17~20巻を買い求めて17巻を読み終えたが、つくづくローマ人たちがローマ帝国を建設して運営して行く課程を面白く書き綴っていて興味深く読める。
17巻は、神君アウグストゥスから皇帝のバトンを受け継いだティベリウスの物語が中心になっているが、歴史事実を書きつつも、ところどころに塩野さんの感想めいた独り言のような解説が付いていて、それがまた実に「目からウロコ」の表現なのである。
「ローマ人くらいケース・バイ・ケースを駆使した民族はいない」と書かれているが、一度決めたら周囲の状況に関わらず決めたとおりにしようとする傾向の強い日本民族への警鐘と読める。
街道を街道網として整備し、法律を法体系として整備したのがローマ人である。そしてこの二つに共通しているのが『必要に応じてメンテナンスをほどこさないと機能の低下は避けられない』という現実である、と著者は言う。
法律のメンテナンスとは現状に即して改めるということだが、ローマ人たちは法律を「いったん定めた以上は何が何でも護り抜くべきもの」とは考えずに、街道と同じように必要に応じて修理修復すべきものとして考えていた。
その結果は法律の結果である各種システムに対しても適用されて、システムはそれが何であろうと現状に適応するように『修理修復』されるべきもので、それを怠ればシステム自体に疲労をもたらし、ついには崩壊するという、長期的には大変非経済的なことに終わることを知っていたのだ、とも書いている。
私が思うに、こういう一言一言を我が国社会に当てはめてみると、長続きする社会とは、冷徹な現状認識から来る不断改革努力によって社会システムを操って行くしかなく、システムが出来れば自動的にうまくいくなどということはない、という現実的な政治感覚がある国と、そうでない国に、やがては隆盛と滅亡の違いになって行くように思われる。
とにかく現代に通じる多くの事柄がローマ時代に端を発していたことがいかに多いかということも併せ知って、興味の尽きない本である。
* * * *
さて内容の紹介と感想はそれとして、塩野さんの文体で感じたことがある。
それは彼女の文章が簡潔で短く、それゆえに読みやすいということである。
このことは、私も文章を書いていて気づいて実践していることだが、接続詞はせいぜい一つか二つしかいれず、それ以上長くなる文章は「。」で切ってしまって次の文章にしてしまうのだ。
そのことが文章全体を非常に読みやすくしていて、役人文章の不必要な飾り付けとそれ故の分かりづらさの対極にあるようだ。
文章を書く上で一つのお手本を挙げろと言われれば、塩野七生さんを推薦するだろう。
よけいなことだが、やたら分かりづらい文章を書く自転車乗りの知人がいるのだが、彼にも参考にするように伝えたいものだ。
文章は読み手のためのサービスなのだ。え?おまえもサービスが足りない?
「どもしいましぇん!」
一緒に仕事をした仲間(官僚が3人、後輩大学の後輩が1人)が今回の選挙で5人も代議士になっている。
大きくなってから夢を語るのは、恥ずかしい。今のうちに大いに夢を語り、その仲間とはどんな地位になっていても夢を語り続けるのは平気なものである。
若き官僚は、大いに夢を語って欲しい。小松さんのように。「明るく愉しく元気よく」である。
小松さんがどこまで化けるのか。興味はつきない。期待は大きい。彼を道州制時代の初代北海道知事に仕立てることができれば、彼と奥様以外の民は幸せになれそうな気がする。
塩野さんの本はそれ以前から文庫化されてるのは全て読んでましたが、この「ローマ人の物語」はその後のワタシのものの考え方に随分大きな影響を与えてくれたように思います。
ちなみに残りの2巻(12,13巻)は未読です....
権限争いではなく、新しいフロンティアを目指す姿勢が必要です。従来の発想の延長には答えはないのです。
この中のちょっとした一言の中に、歴史の真実みたいなものが書かれていて、目からウロコが落ちる思いです。
文庫本ではなかなか前に進みません。単行本で読もうかなあ。