競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第4話

2007年08月12日 | エースに恋してる
 バッターボックスに柴田が入った。妙にへらへらとした顔だ。中学時代のやつは、こんなふざけたやつじゃなかったのに…
 とも子が1球目を投じると、柴田は初球から撃ってきた。が、ポップフライ。しかし、タマはサードとレフトの間にぽとりと落ちた。そんな… どう見ても今のフライは、ショートが補りに行くフライだろ? オレは即座にマウンドに内野手を集め、ショートの箕島をにらんだ。
「箕島、なんで捕りに行かなかったんだ? おまえの守備範囲だろ」
「す、すみません…」
「おまえ、何年野球やってんだ?」
「に、2年とちょっとです…」
 2年とちょっとって…
「お、おまえ、高校に入るまで、野球やったことなかったのか?」
「は、はい…」
 な、なんだ、こいつ、野球をバカにしてんのか? 前々から守備がヘタクソなやつだと思ってたが…
 オレの脳の中で何かがプチンと切れた。
「箕島、野球やめろ!! おまえなんか、野球やる資格、ねぇーよ!!」
 箕島は愕然としたようだ。と同時に、他のナインの冷たくしらけた視線を感じた。なんだよ、本当のこと、言ったまでだろ!?
「キャプテン、言い過ぎだ!!」
 中井がかみついて来た。
「どこが言い過ぎだ!? 野球ってーのはなあ、小さいときから切磋琢磨して身体にたたき込んでいくものなんだぞ・ それなのに、こいつときたら… こいつは野球をバカにし過ぎだ!!」
 ちょっと間を空け、中井がゆっくりと口を開けた。
「オ、オレも…、オレも高校に入ってから野球を始めました!!」
 今度はオレが唖然としてしまった。正直うちでもっとも使えるプレイヤーは中井なのだ。中井が野球の初心者であるはずが絶対なかった。
「中井、うそをゆーな!!」
「うそじゃありません!!」
 オレは中井の目をにらんだ。中井もオレの目をにらんだ。2人は、いや、我が学園ナイン全員が緊迫して動けなくなってしまった。
 が、
「おいおい、何にらみ合ってんだよーっ!!」
「男同士、気持ちわりーんだよ!!」
 とゆー城島高校のヤジで、オレは我に返った。
「と、ともかく、箕島、おまえ、帰れ!!」
「は、はい…」
 箕島がとぼとぼと歩き出した。が、1つの小さな人影が、箕島の前に立ちふさがった。両手を大きく広げたとも子だった。とも子は首を横に振った。
「とも子、何やってんだよ」
 オレがとも子を怒鳴ると、すかさずとも子がオレの顔をにらみ返してきた。初めて見る、とも子の怖い目だった…
「う…」
 オレはびびってしまった。オレがこんな小娘にびびるなんて… で、でも、こんなことでとも子に嫌われたくないのも心情…
「わ、わかったよ…。
 箕島、帰らなくっていいぞ」
 箕島はきょとんとした顔を見せた。オレはそんな箕島から視線をはずし、こう吐いた。
「ショート守ってろって、言ってんだよ!!」
 オレが1塁ベースに帰ると、ランナーの柴田のへらへらとした顔が待っていた。
「いや~、なかなか見ごたえのある演技でしたよ」
 オレはやつを無視し、マウンド上のとも子を見た。とも子はいつもの笑顔でオレを見返してきた。どうやらとも子には嫌われてないようだ。
 しかし、オレがこんなにも女に弱かったなんて… 女にほれてしまうと、男はみんな、こーも骨抜きになってしまうものなのか?…
     ※
「ヘイヘ~イ、ピッチャー隙だらけ~!! 隙だらけ~!!」
 オレの横で柴田がとも子に盛んにヤジを飛ばしてた。品のないヤジだ。しかし、やつのゆーとーり、初めて見るとも子のセットポジションは、どこかぎこちなかった。
 今度は福永が代打で出て来た。とも子がモーションを起こすと、柴田はさっとダッシュした。盗塁だ。キャッチャーの北村は、2塁に送球することさえできなかった。完璧にモーションを盗まれたとも子は、ちょっとショックを受けたようだ。オレは慌ててマウンドに駆け寄り、とも子に声をかけた。
「澤田さん、慌てんな。これはただの揺さぶりだ。どーしても気になるようだったら、構わずけん制球を投げろ」
 とも子はうなずいた。
 ふとバッターボックスの方を見ると、福永の野郎がオレをへらへらとした顔で見てやがった。どうやらオレをバカにしてるらしい。けっ!!
     ※
 2球目。福永はその投球前から送りバントの構えを見せた。オレは浅めに守り、とも子の投球と同時にダッシュした。福永、バント。なんと、その打球はファーストのオレの目の前に転がって来た。バントミスか? 通常2塁にランナーがいるときは、盗塁が怖いので、サードはバント処理のためのダッシュができない。ゆえにこーゆー場合は、3塁方向にバントするのが定石。逆に1塁方向にバントすると、ファーストはランナーを気にすることなくダッシュできるので、よほどへたなファーストでない限り、3塁手前でランナーは刺すことができる。
 オレは打球を素手で掴むと、3塁に送球した。完全にアウトのタイミング… が、しかし、オレの送球は山なりだった。楽々セーフ… 次の瞬間、オレの身体にたくさんの鋭い視線が一斉に刺さった。仲間のナインの視線だ。
「キャプテン、あんた、よくその送球で箕島にやめろと言えましたね!!」
 城島高校ナインの情け容赦ない罵声と嘲笑も、オレを痛めつけた。竹ノ内監督の視線もきつかった。オレは情けなかった。どうしようもなく情けなかった。なんでもいいから、ともかくこの場から逃げ出したくなった。
     ※
 中学時代のオレは、いつも順風満帆だった。ダイヤモンドの中では、何をやってもうまく行った。そのせいか、オレはミスするやつは、絶対許さなかった。試合中でもミスしたチームメイトを平気でののしった。それでも気が済まないときは、ベンチ裏に連れてって、何発もビンタを食らわした。特にビンタを食らったのが、今3塁にいる柴田だ。そーいや、今1塁に立っている福永は、ビンタを食らわそうとしたら、失禁したことがあったっけな。もちろん、竹ノ内監督から何度も注意された。でも、オレはまったく聞かなかった。
 そう、今オレは、やつらからしっぺ返しを食らってるのだ。やつらはオレの左腕の自由がきかないことを知ってて、わざとオレの目の前にバントしたのだ。
     ※
 カキーン!! 乾いた金属音が鳴り響いた。次のバッターの金属バットがとも子のタマをジャストミートしたのだ。打球は軽くフェンスを越えた。ついに0対0の均衡が崩れた。
 セカンドの鈴木とサードの中井とショートの箕島とキャッチャーの北村がマウンドに集まって、とも子をはげました。オレも内野手なんだから… いや、キャプテンなんだからはげましに行かなくっちゃいけないのに、なぜか行く気になれなかった。
 北村たちがそれぞれのポジションに散った。その直後、とも子はオレと視線を合わせた。なんとも情けない目だ。「キャプテン、助けて」と言ってるようだ。しかし、オレは視線をはずしてしまった。
 次の城島高校のバッターが、とも子の初球を完璧に捉えた。カキーン!! 連続ホームラン… マウンド上のとも子は、ただ呆然と立ってるだけになってしまった。限界だ。なんとかしないと…
 オレはタイムをかけると、振り返り、ライトを守る唐沢を見た。
「唐沢、替われ!!」
 しかし、唐沢は微動だにしなかった。あんにゃろ~、シカトしてるな。オレは怒鳴った。
「唐沢、替われと言ってんだよ!!」
「おいおい、キャプテンさんよう、ピッチャー交替ってゆーのは、監督の権限だろ?」
 減らず口を叩きやがって… オレは今度は監督の方を見た。
「監督、ピッチャーを唐沢に替えてくれ!!」
「唐沢、替われ!!」
 監督は間髪入れずに大きな声を出してくれた。
「はいはい、わかりました、わかりました」
 唐沢はしぶしぶとした態度で、マウンドに向かった。
     ※
 唐沢は後続3人をいともかんたんに斬って取って見せた。その間、オレはベンチに座ったとも子を何度も見た。とも子はずーっとうつむいていた。
 攻守交替。うちの最終回のトップバッターはオレ。オレはあえてベンチを見ずにバットを握り、バッターボックスに立った。何としても一矢報いたかった。しかし、凡ゴロだった。
 ベンチに帰ると、たくさんのしらけた目がオレを出迎えた。オレはそれを無視して、ベンチの一番端に座った。ふととも子のことが気になった。でも、他のナインと視線を合わすのが怖くって、顔を上げることができなかった。
     ※
 この回3人目のバッターも、三振に倒れた。ゲームセット。結局パーフェクト負け…
 両校のナインがホームベースを挟んで並び、型通りのあいさつをした。もちろん、オレも並んだ。でも、両校のナインの視線が怖くって、ずーっと下を見ていた。
 なんて最低なんだ、オレって… 実は以前にも似たようなことがあった。
 オレはここに入部したとき、生ぬるい雰囲気に愕然としてしまった。オレは途中入部にもかかわらず、実績を買われて即キャプテンに抜擢されたが、さすがに新参者だったので、何もゆーことができず、悶々とした日々を過ごした。そんな反動でか、去年春新入生が入ってきたとき、オレはそいつらを過剰にしごいてしまった。結果、10日もしないうち、全員辞めてしまった… 
 オレは猛烈に反省した。もう2度と独りよがりはしまいと誓った。なのに、今日またやってしまった…
 はたしてオレは、野球を続ける資格があるのだろうか? わからない、ぜんぜんわからない… ただ、ここにいづらくなったのはたしかなようだ。
     ※
 試合後のロッカールーム。みんなが着替え、身体の汚れを拭いてる最中、オレは端っこの方に立ってた。みんなの視線を避けるため、壁をむいて着替えようと考えたが、それではあまりにも惨めだし、だからと言って、みんなの視線を真っ正面から受けることもできず、横を向いて着替えをしてた。オレはこの部屋から最後に出たかった。だから、わざとゆっくりと着替えた。
 だれ一人、口を開けなかった。ただ、だれかがわざとらしく、何度か咳払いをした。そのうち、みんなロッカールームから出て行った。が、北村だけが残っていたようだ。
「キャプテン、いっしょに帰りましょ」
 オレは横を向いたまま、こう返答した。
「す、すまん… 今日は1人で帰りたいんだ」
 それに対する北村の反応は、いっさいなかった。ほんのちょっと間を置いて、ドアを開け出て行く音がした。
 これでようやく帰れる… オレは自分のスポーツバッグを手にした。が、その瞬間、再び部室のドアが開いた。北村が戻って来た? いや、とも子だった。とも子は女ってことで普段は女子テニス部の部室を借りて着替えをしてるのだが、なぜかユニホーム姿のままだった。
 とも子は唖然としてるオレに、筆談用のノートに何かを書き、見せた。
「私を強いピッチャーにしてください」
 そのとも子の目はとても哀しく、なおかつ真剣だった。オレは今日、キャプテン失格になった。だから、他人に野球を教える立場にはないと思う。でも、女の頼みにそむくなんて、オレにはできそうもなかった。
 オレもとも子の瞳を真剣に見た。
「強くなりたいのか?」
 とも子はうなずいた。
「オレの練習は、めちゃくちゃきついぞ」
 その問いかけに、とも子はいつもの笑顔でうなずいた。
「わかった。じゃ、善は急げだ。今すぐ始めるぞ」
 オレは再び着替えようと、制服を脱ぎ出した。と、ふととも子の姿が目に入った。いけねぇ、とも子は女だった。
「澤田さん、ちょっと着替えるから、外で待っててくれないか?」
 とも子はにこっとすると、ドアを開け、部室の外に出て行った。相変わらずかわいい笑顔だ。オレはとも子の笑顔に弱いんだよなあ…