競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第6話

2007年08月17日 | エースに恋してる
 とも子の投球回数が、ちょうど100球になった。オレととも子と北村は、また学校周辺を走り始めた。1周回って戻ってくると、そこには意外なものが待っていた。昨日北村が立っていた場所に、なんと今日は、野球部員全員が立ってたのだ。後ろの方だが、箕島の姿もあった。
 オレととも子と北村が唖然として立ち止まると、部員の先頭にいた唐沢が口を開いた。
「キャプテン、水臭いっすよ」
 しかし、オレはまだ状況が掴めず、何を返答すればいいのか、いまいちわからなかった。
「オレたちゃ、置いてけ堀ですか? 一緒に走らせてくださいよ」
「いいのか?」
「キャプテンとバッテリーが走ってんのに、オレたちが走らないなんて、なんか変でしょ?」
 た、たしかに…
「じゃ、みんなで走るか?」
 オレの問いかけに、唐沢が、そしてみんなが一つの声で返答した。
「はい・」
 こうして2周目は、みんなで走ることになった。先頭を走るのはとも子だ。3日前初めて走ったときはあっぷあっぷだったのに、今日はみんなを引っ張るほどの元気さだ。とも子の身体はたやすく進化できるのか?
 ふと唐沢が走りながらオレに寄ってきた。
「キャプテン、なんで箕島が戻って来たと思います?」
「さあ?…」
 唐沢はにやっとしながら、真っすぐ前を見た。
「彼女ですよ」
 唐沢の視線の先は、先頭を走るとも子だった。
「昨日うちのクラスに来て、箕島を説得したんですよ」
 オレは唖然としてしまった。
「今日も来たんですよ。結局箕島が折れたようですね」
 とも子が説得してくれたなんて… とも子はオレの悩みに気づいて、それで箕島を説得したのか?…
 オレの胸にのしかかっていた重たいものは、とも子がはね除けてくれたようだ。ありがとう、とも子。
     ※
「キャプテン、声出して行きましょうよ」
 突然中井が提案してきた。たしかにかけ声のない野球部のランニングは、なんか変だ。しかし、オレは目の前を走るとも子が気になった。そう、彼女はまったく声を出せないのだ。
「いや、それはいいだろう」
 が、利発なとも子は、瞬時にオレの配慮に気づいてしまったようだ。とも子は振り返ると、首を横に振った。ふふ、わかったよ、とも子。
「じゃ、みんな、声出して行くぞーっ!!」
「おーっ!!」
「イチ・ニ!!」
「そぉれ!!」
「イチ・ニ!!」
「そぉれ!!」
 オレのイチ・ニのかけ声に、みんなが続いて声を出してくれた。箕島も声を出していた。どうやらオレは、キャプテンの地位に戻ることができたようだ。そればかりか、以前よりチームがまとまってるような気がする。すべてはとも子のお陰だ。オレは何もしてないのに…
 とも子、キミはなんて素晴らしい女なんだ。オレはキミに逢えて幸せだよ。
     ※
 その日はとも子と北村と一緒にバスに乗り、帰路についた。北村はとも子と帰るのは久しぶりだが、いつものようにとも子と並んで座った。オレはしばしの我慢… でも、北村がバスを降りたあと、とも子と2人きりになれる時間は、停留所2区間分だけ。北村のせいで今日のキスもおあずけになりそうな雰囲気だ。野球では北村たちとよりを戻して万々歳なのだが、プライベートまでこれじゃあねぇ…
     ※
 北村がバスを降りると、さっそくとも子がオレの横に来てくれた。そしてオレに筆談用のノートで話しかけた。
「今から私の部屋に来ませんか?」
 オレはフリーズしてしまった。女の子のうちに誘われるなんて… いったいオレはどうすりゃいいんだ? 
 ちょっとの間ぼーっとしたが、とも子の真剣な眼差しにふと気づき、オレは我に返った。とも子は返答を待ってるようだ。ええーい、こうなったら、
「わ、わかったよ、キミの部屋に行くよ」
 とも子はにこっと笑ってくれた。ま、いいか。オレだってできるだけ長くとも子と一緒にいたいんだし。
 バスはオレが降りるはずだったバス停を素通りした。
     ※
 バスは街中に入った。このバスの終点は鉄道の駅だが、とも子はその1つ手前のバス停の名前がコールされると、ボタンを押した。その停留所の背後には大きなデパートがあった。まさか、このデパートでデートする気なのか? いや、とも子はバスを降りると、その隣りのマンションのエントランスにオレを誘った。デパートよりさらに背の高い、超高級なマンションだ。これがとも子の住みかなのか? こんなところに住んでるとなると、とも子の親は相当な金持ちってことになるが…
 エントランスの1つ目の自動ドアを開け入ると、とも子はそこにあったテンキーにカードを差し込み、数字を入力した。すると、2つ目の自動ドアが開いた。と、とも子はオレの手を取り、オレの顔を見た。どうやら「入ろう」と言ってるようだ。オレは少々怖くなったが、別に拒否する理由もないので、とも子に求められるまま、エントランスの奥に入った。
     ※
 とも子の部屋は最上階にあった。とも子がドアを開けると、室内は外観以上に立派な部屋だった。オレがその豪華さにただ唖然としていると、ふととも子の視線を感じた。とっても真剣な上目使い。突然その目が閉じた。と同時に、とも子は唇を突き出した。キスをねだる仕草。で、でも…
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。だれか来たら、どうすんだよ」
 するととも子は、筆談用のノートを取り出し、さっと書いた。
「ここは私専用の部屋です。だれも来ません」
 そんなバカな、こんな豪華な部屋を女子高生1人が使ってるなんて… オレは疑惑の目をとも子に向けた。するととも子は、また書いた。
「本当です。信じてください」
 とも子はまた目を閉じ、唇を突き出した。正直信じられないが、オレの欲求もちょっと限界に来てた。オレは少々かがみ、とも子にキスをした。するととも子は、オレの身体をきつく抱き締めてきた。な、なんだ? 前2回は軽く唇を重ねただけなのに…
 さらにオレの身体に衝撃が走った。とも子の舌がオレの唇をこじ開け、さらに前歯もこじ開けようとしてきたのだ。オレは慌ててとも子の手を振りほどき、身体を離した。びっくりしてとも子の顔を見ると、とも子は仔猫のような笑みを浮かべていた。明らかに何かたくらんでる顔…
 次の瞬間、とも子がとんでもない行動に出た。なんと、制服を脱ぎ出したのだ。オレはフリーズしてしまい、ただとも子の動作を見てるしかなかった。しかし、とも子の美しい肌と薄黄色のブラジャーがあらわになると、オレは我に返った。
「バ、バカ、何やってんだよ!?」
 オレはブラジャーに手をかけたとも子の手を押さえた。
「オレたちゃ、まだ高校生だぞ!!」
 するととも子は、哀しい目をして、首を横に振った。そして、3文字分唇を動かした。
「抱いて」
 …そう言ったようだ。
「だ、だめだよ、オレたちは、まだ高校生だよ」
 しかし、とも子は哀しい目をしたままだった。考えてみたら、オレもとも子ももう18。別に身体の関係があっても許される歳だと思う… でも、オレの中の何かがそれを許さなかった。それは野球…
 この夏の大会でオレの高校野球人生は終わる。なのにオレは、この3年間1度も勝ってなかった。だからどうしても1勝が欲しい。その1勝は、とも子の右腕にかかってる。もし今オレととも子が大人の関係になったら、その大事な右腕が汚れてしまうような気がする…
     ※
 オレはとも子が脱ぎ捨てた制服を拾い上げ、とも子に渡した。とも子はしょんぼりとしていた。なんか、まだ納得してないようだ。
「ありがとう、とも子。でも、まだ早いよ」
 オレはさっき思ったことを洗いざらいしゃべった。それを聞き終わると、とも子は笑顔を浮かべてくれた。そう、いつもの笑顔だ。どうやら、納得してくれたらしい。ごほうびに今度はこっちの方からキスをした。でも、オレとて男。本能が爆発すとまずいから、そそくさととも子の部屋を出た。
 しかし、とも子はいったい何考えてんだ? 身体は子どもっぽいけど、意外とほれやすい体質で、しかもすぐに身体を許しちゃうタイプなのか? いや、そんな尻軽女じゃないだろ、絶対…
     ※
 とも子にこんなことされたせいで、その日の夜はなかなか寝付けなかった。翌日の授業中もそう。ずーっとうわの空。
 でも、野球はオレの天分。放課後の練習は、さすがにうわの空ではなかった。
 この日はとも子がバッティングピッチャーとなり、ナインがとも子のタマを撃つことになった。各ナインに与えられた打席は3つ。1番渡辺、2番大空、3番唐沢は3打席とも凡退。オレの最初の打席も、とも子の重たいストレートの罠にひっかかりライトフライ。しかし、2打席目はちょこーんと当て、レフト前ヒット。3打席目は左中間を大きく割った。いくらオレがとも子に弱いからと言ったって、ダイヤモンドの中では容赦しなかった。
 バッティング練習が終わると、各ナインは守備練習。とも子は北村相手に数十球投げ込み、その後全員で6キロのランニングをこなした。
 練習が終わると、オレととも子と北村はバスに乗り込み、いつものように北村が途中下車。そしてまた、とも子と2人きりになった。
 とも子はさっそくオレの横に来て、筆談用のノートで話しかけてきた。
「デートしましょう」
 おいおい、またあの部屋に連れて行く気か? が、とも子はそれを察してか、筆談用のノートに続けてこう書いた。
「ファミレスはどうですか?」
 ふふ、それなら断る理由はないな。オレととも子は昨日と同じバス停を降りると、例のマンションの隣りにあるファミレスに入った。