次の朝、いつものように学園に行くと、我がクラスの朝のホームルームは、いつもと違う雰囲気が漂っていた。なんでも、今からこのクラスに転校生が来るのだが、どうも言葉が不自由な人らしい。正直このクラスにはイジメなんてものはないと思う。先生、あんた、担任なら、少しはオレたちを信用しろよ。
「澤田さん」
先生が呼ぶと、いよいよそいつが教室に入って来た。高校生にしては小さな影、標準より大きな目… な、なんとそいつは、昨日オレを三振に斬って取ったあの女の子だった。こんなに小さいのに、オレと同学年だったなんて…
彼女の名前は澤田とも子。昨日は学園を下見に来てたのか? 言葉が不自由… そーいや、昨日は一言もしゃべってなかったな。
彼女… 澤田とも子は、昨日オレに見せた笑顔をみんなに振り撒いた。
「きゃー、かわい~」
複数の女生徒たちの黄色い声が聞こえてきた。彼女のすてきな笑顔に、クラスのみんながあっとゆー間に懐柔されてしまったようだ。でも、オレだけは彼女に熱い視線を送っていた。
「昨日あいさつ代わりにオレを三振に斬って得ったんだ。野球部に入る気、あるよね?」
※
1時間目が終わると、彼女のほほ笑みのとりこになってしまったクラスの連中が、さっそく彼女を取り囲んだ。ほとんどが女子だったが、中には男子もいた。男子で一番積極的だったのが、オレと同じ野球部でキャッチャーをやってる北村だった。北村は女子の問いかけに筆談で返事してるあの子に、手話で話しかけた。北村の両親は聾唖者だ。だから彼女には、人一倍親しみを感じたんだと思う。しかし、彼女はそんな北村にほほ笑みながら筆談で返事をした。
「私は耳の方は健常ですよ」
おいおい、北村、それくらい気づけよ。
しかし、すごい人気だなあ… これじゃ近づけやしないや。昨日のことを話しつつ、野球部に誘うつもりだったのだが、これじゃ、とてもじゃないがむりだ。次の休み時間も、その次の休み時間も、彼女はモテモテで、とても近づける状況になかった。
そして、放課後。しかし、彼女は授業が終わると、そそくさとどこかに消えてしまった。初日ってことで、早く帰ってしまったらしい。しょうがない、また明日誘うことにしよう。
オレはしかたなく、いつものように野球部の部室に行った。しかし、部室では思いもよらない人が待っていた。
※
「キャプテン、澤田さんが!! 澤田さんが!!」
オレが部室のドアを開けると、明るさ半分、驚き半分の北村が出迎えた。
「ど、どうしたんだよ?」
と、北村の背後にあの子の姿が… な、なんでここに?
彼女は例のにこっとした笑顔で、オレに筆談用のノートを見せた。それにはすでにこーゆー書き込みがあった。
「私、野球部に入りたいのですが、よろしいですか?」
ま、まじかよ… 思った以上の展開に、オレはフリーズしてしまった。が、すぐに我に返り彼女の顔を見ると、彼女はまだにこっとしてた。しかし、何かを求めてるようだ。そ、そうだ、返答だ。
「も、もちろんいいよ。か、歓迎するよ!!」
オレはうわずった声でなんとか返答した。すると彼女は、ほほ笑みながらオレに右手を差し出してきた。どうやら握手を求めてるようだ。オレは慌ててその手を握った。が、慌てて握ったせいか、力を入れ過ぎていた。オレははっとそれに気づくと、慌てて手を離した。
「ご、ごめん…」
しかし、彼女の笑顔はぜんぜん曇ってなかった。
「あは、あはははは…」
照れ笑いなのか、苦笑いなのか、はたまた嬉しさのあまり出た笑いなのか、オレも思わず笑ってしまった。
「あ、キャプテンだけずる~い」
と北村が一言。すると彼女は、北村にも握手を求めた。
「あはは…」
北村は彼女の右手に両手で握手した。その北村の顔も笑ってた。それは明らかに照れ笑いだった。
ともかく、あの子のピッチングが手に入った。これで最低1勝はできる!!
※
さて、オレと北村は澤田とも子の入部に大歓迎だが、それ以外の部員は、はたしてどーゆー態度を示すだろうか?
30分後、全員揃った野球部員の前で、監督から彼女の入部が発表された。しかし、どこか不評のようだ。オレはその雰囲気にムカついた。
部員のだれかが口を開いた。
「あの~、監督、マネージャーですか?」
「いや、ピッチャーだよ」
監督が返答する前に、思わずオレが答えてしまった。
「キャ、キャプテン?…」
けげんな目がオレに集中した。
「キャプテン、ご冗談でしょ」
それは一応のエースの唐沢の発言だった。こんなちっちゃな女にオレが負けるはずがないだろ、とでも言いたいようだ。正直、彼女は唐沢の一万倍は使える。何も知らないとは恐ろしいものだ。
オレはにやっとしながら、唐沢にこう言ってやった。
「冗談じゃないよ。なんなら、唐沢、ちょっと勝負してみるか?
監督、OKっすよね?」
「あ…、ああ」
監督はちょっと戸惑いながらも、了解をくれた。
「キミもいいよね」
彼女は例のほほ笑みで「了解」と答えてくれた。とゆーわけで、いきなし澤田とも子のピッチングのお披露目となった。
※
マウンドに彼女、バッターボックスに唐沢が立ち、キャッチャーボックスに北沢が座った。それ以外の野球部員は、オレを筆頭にグランドの端で立ち会いである。正直唐沢はピッチャーとしてはいまいちだが、バッターとしては意外と使える。デモンストレーションにはうってつけの人材だ。
「澤田さん、遠りょしなくていいんだぞ。思いっきり投げろ!!」
オレの呼びかけに、彼女はいつもの笑顔で返答してくれた。
さー、見せてやれよ。あんたの豪速球を… と、北村が防具を着けずに構えてやがる…
「おい、北村、防具くらい着けろよ!!」
「え?」
北村はけげんな顔を見せた。そーいや、あいつも彼女のピッチングを知らなかったんだっけ。このままあの子の豪速球を受けるのは危険だ。オレはキャプテン権限で北村にプロテクターなどの防具を着けさせた。その間、唐沢は… いや、部員全員は、オレと北村をしらけた目で見ていた。女ってことで、明らかに彼女を見下してる。ま、昨日のオレもそうだったから、人のことは言えないが…
※
さあ、仕切り直しだ。彼女はぎこちなく振りかぶり、そして1球目を投げた。次の瞬間、唐沢と他の野球部員の目は点になり、北村はマスクに豪速球とゆー強烈なパンチを食らった。
「あはは、す、すごいや…」
尻もちをついたままの北村が、そう言って苦笑いをした。唐沢は「そんなバカな!!」とゆー顔でとも子を見た。それ以外の部員は一瞬沈黙したが、そのうちざわざわとした声になった。しかし、あの子だけは相変わらず例のにこっとした顔だった。
これで少しはわかったはず。バットを構え直した唐沢の顔も、本気モードに変わった。
※
2球目。いつもより短めに持った唐沢のバットが、彼女の豪速球に食らいついた。が、1塁側へのファール。完全に振り遅れだ。しかし、唐沢はそのファールボールの行方を確認すると、彼女に向かって不敵な笑みを浮かべた。どうやら撃てる感触を得たようだ。ふふ、昨日のオレと同じだ。
※
そして、3球目。前2球と同じ速さのストレート。唐沢がバットを振ると、そのタマはポップフライとなった。完全に澤田の勝ちだ。
「唐沢、お前の負けだ」
「ふ、今のは撃ちそこねですよ」
往生際の悪いやつだ。
「じゃ、あともう1球。いいかい、澤田さん?」
彼女はその呼びかけに、またにこっとした顔で答えた。
「澤田さん、遠りょしなくていいんだって。ビシッと行っちまえよ!!」
彼女はこくりとうなずいた。今度はちょっと真面目顔だった。
※
さあ、最後の1球。ついに彼女は、あのすさまじい豪速球を投げた。時速150キロ、いや、それ以上のスピードボール。唐沢は完全に振り遅れた。キャッチした北村は、かなりの衝撃を受けたのか、その姿勢のままフリーズしてしまった。
全員フリーズした中、最初に沈黙を破ったのは監督だった。
「す、すごい… こんなすごいタマを投げられる女の子がいたなんて…」
「どうです、監督。うちのエースにしては?」
「ああ、そうだ、そうしよう」
オレの提案に監督はそう答えてくれた。こうして、我がチームの新エースが誕生した。
※
とも子の入団デモが終わり、いつものように野球の練習をし、そして練習が終わった。オレと北村は帰る方向が同じで、いつも同じバスに乗って帰ってた。今日も北村とバス停でバスを待ってると、とことことこっと駆けてくる1つの人影があった。とも子だった。
「澤田さんもこのバスで帰るの?」
北村のその質問に、彼女は首を縦に振って答えた。どうやら彼女の帰る方向は、オレたちと同じらしい。3人は停車したバスに乗り込んだ。
「澤田さん」
先生が呼ぶと、いよいよそいつが教室に入って来た。高校生にしては小さな影、標準より大きな目… な、なんとそいつは、昨日オレを三振に斬って取ったあの女の子だった。こんなに小さいのに、オレと同学年だったなんて…
彼女の名前は澤田とも子。昨日は学園を下見に来てたのか? 言葉が不自由… そーいや、昨日は一言もしゃべってなかったな。
彼女… 澤田とも子は、昨日オレに見せた笑顔をみんなに振り撒いた。
「きゃー、かわい~」
複数の女生徒たちの黄色い声が聞こえてきた。彼女のすてきな笑顔に、クラスのみんながあっとゆー間に懐柔されてしまったようだ。でも、オレだけは彼女に熱い視線を送っていた。
「昨日あいさつ代わりにオレを三振に斬って得ったんだ。野球部に入る気、あるよね?」
※
1時間目が終わると、彼女のほほ笑みのとりこになってしまったクラスの連中が、さっそく彼女を取り囲んだ。ほとんどが女子だったが、中には男子もいた。男子で一番積極的だったのが、オレと同じ野球部でキャッチャーをやってる北村だった。北村は女子の問いかけに筆談で返事してるあの子に、手話で話しかけた。北村の両親は聾唖者だ。だから彼女には、人一倍親しみを感じたんだと思う。しかし、彼女はそんな北村にほほ笑みながら筆談で返事をした。
「私は耳の方は健常ですよ」
おいおい、北村、それくらい気づけよ。
しかし、すごい人気だなあ… これじゃ近づけやしないや。昨日のことを話しつつ、野球部に誘うつもりだったのだが、これじゃ、とてもじゃないがむりだ。次の休み時間も、その次の休み時間も、彼女はモテモテで、とても近づける状況になかった。
そして、放課後。しかし、彼女は授業が終わると、そそくさとどこかに消えてしまった。初日ってことで、早く帰ってしまったらしい。しょうがない、また明日誘うことにしよう。
オレはしかたなく、いつものように野球部の部室に行った。しかし、部室では思いもよらない人が待っていた。
※
「キャプテン、澤田さんが!! 澤田さんが!!」
オレが部室のドアを開けると、明るさ半分、驚き半分の北村が出迎えた。
「ど、どうしたんだよ?」
と、北村の背後にあの子の姿が… な、なんでここに?
彼女は例のにこっとした笑顔で、オレに筆談用のノートを見せた。それにはすでにこーゆー書き込みがあった。
「私、野球部に入りたいのですが、よろしいですか?」
ま、まじかよ… 思った以上の展開に、オレはフリーズしてしまった。が、すぐに我に返り彼女の顔を見ると、彼女はまだにこっとしてた。しかし、何かを求めてるようだ。そ、そうだ、返答だ。
「も、もちろんいいよ。か、歓迎するよ!!」
オレはうわずった声でなんとか返答した。すると彼女は、ほほ笑みながらオレに右手を差し出してきた。どうやら握手を求めてるようだ。オレは慌ててその手を握った。が、慌てて握ったせいか、力を入れ過ぎていた。オレははっとそれに気づくと、慌てて手を離した。
「ご、ごめん…」
しかし、彼女の笑顔はぜんぜん曇ってなかった。
「あは、あはははは…」
照れ笑いなのか、苦笑いなのか、はたまた嬉しさのあまり出た笑いなのか、オレも思わず笑ってしまった。
「あ、キャプテンだけずる~い」
と北村が一言。すると彼女は、北村にも握手を求めた。
「あはは…」
北村は彼女の右手に両手で握手した。その北村の顔も笑ってた。それは明らかに照れ笑いだった。
ともかく、あの子のピッチングが手に入った。これで最低1勝はできる!!
※
さて、オレと北村は澤田とも子の入部に大歓迎だが、それ以外の部員は、はたしてどーゆー態度を示すだろうか?
30分後、全員揃った野球部員の前で、監督から彼女の入部が発表された。しかし、どこか不評のようだ。オレはその雰囲気にムカついた。
部員のだれかが口を開いた。
「あの~、監督、マネージャーですか?」
「いや、ピッチャーだよ」
監督が返答する前に、思わずオレが答えてしまった。
「キャ、キャプテン?…」
けげんな目がオレに集中した。
「キャプテン、ご冗談でしょ」
それは一応のエースの唐沢の発言だった。こんなちっちゃな女にオレが負けるはずがないだろ、とでも言いたいようだ。正直、彼女は唐沢の一万倍は使える。何も知らないとは恐ろしいものだ。
オレはにやっとしながら、唐沢にこう言ってやった。
「冗談じゃないよ。なんなら、唐沢、ちょっと勝負してみるか?
監督、OKっすよね?」
「あ…、ああ」
監督はちょっと戸惑いながらも、了解をくれた。
「キミもいいよね」
彼女は例のほほ笑みで「了解」と答えてくれた。とゆーわけで、いきなし澤田とも子のピッチングのお披露目となった。
※
マウンドに彼女、バッターボックスに唐沢が立ち、キャッチャーボックスに北沢が座った。それ以外の野球部員は、オレを筆頭にグランドの端で立ち会いである。正直唐沢はピッチャーとしてはいまいちだが、バッターとしては意外と使える。デモンストレーションにはうってつけの人材だ。
「澤田さん、遠りょしなくていいんだぞ。思いっきり投げろ!!」
オレの呼びかけに、彼女はいつもの笑顔で返答してくれた。
さー、見せてやれよ。あんたの豪速球を… と、北村が防具を着けずに構えてやがる…
「おい、北村、防具くらい着けろよ!!」
「え?」
北村はけげんな顔を見せた。そーいや、あいつも彼女のピッチングを知らなかったんだっけ。このままあの子の豪速球を受けるのは危険だ。オレはキャプテン権限で北村にプロテクターなどの防具を着けさせた。その間、唐沢は… いや、部員全員は、オレと北村をしらけた目で見ていた。女ってことで、明らかに彼女を見下してる。ま、昨日のオレもそうだったから、人のことは言えないが…
※
さあ、仕切り直しだ。彼女はぎこちなく振りかぶり、そして1球目を投げた。次の瞬間、唐沢と他の野球部員の目は点になり、北村はマスクに豪速球とゆー強烈なパンチを食らった。
「あはは、す、すごいや…」
尻もちをついたままの北村が、そう言って苦笑いをした。唐沢は「そんなバカな!!」とゆー顔でとも子を見た。それ以外の部員は一瞬沈黙したが、そのうちざわざわとした声になった。しかし、あの子だけは相変わらず例のにこっとした顔だった。
これで少しはわかったはず。バットを構え直した唐沢の顔も、本気モードに変わった。
※
2球目。いつもより短めに持った唐沢のバットが、彼女の豪速球に食らいついた。が、1塁側へのファール。完全に振り遅れだ。しかし、唐沢はそのファールボールの行方を確認すると、彼女に向かって不敵な笑みを浮かべた。どうやら撃てる感触を得たようだ。ふふ、昨日のオレと同じだ。
※
そして、3球目。前2球と同じ速さのストレート。唐沢がバットを振ると、そのタマはポップフライとなった。完全に澤田の勝ちだ。
「唐沢、お前の負けだ」
「ふ、今のは撃ちそこねですよ」
往生際の悪いやつだ。
「じゃ、あともう1球。いいかい、澤田さん?」
彼女はその呼びかけに、またにこっとした顔で答えた。
「澤田さん、遠りょしなくていいんだって。ビシッと行っちまえよ!!」
彼女はこくりとうなずいた。今度はちょっと真面目顔だった。
※
さあ、最後の1球。ついに彼女は、あのすさまじい豪速球を投げた。時速150キロ、いや、それ以上のスピードボール。唐沢は完全に振り遅れた。キャッチした北村は、かなりの衝撃を受けたのか、その姿勢のままフリーズしてしまった。
全員フリーズした中、最初に沈黙を破ったのは監督だった。
「す、すごい… こんなすごいタマを投げられる女の子がいたなんて…」
「どうです、監督。うちのエースにしては?」
「ああ、そうだ、そうしよう」
オレの提案に監督はそう答えてくれた。こうして、我がチームの新エースが誕生した。
※
とも子の入団デモが終わり、いつものように野球の練習をし、そして練習が終わった。オレと北村は帰る方向が同じで、いつも同じバスに乗って帰ってた。今日も北村とバス停でバスを待ってると、とことことこっと駆けてくる1つの人影があった。とも子だった。
「澤田さんもこのバスで帰るの?」
北村のその質問に、彼女は首を縦に振って答えた。どうやら彼女の帰る方向は、オレたちと同じらしい。3人は停車したバスに乗り込んだ。