やあ、いらっしゃい。
よく来てくれたね。
さあ、何時もの奥の席に座ってくれ給え。
さて今夜は……恐い話を期待して来たなら、ちょっと拍子抜けしてしまうかもしれない。
そもそも貴殿は、幽霊が恐い存在だと考えるかい?
もしそれが、過去に生きていた人間で在り…人の心を持っていた存在だと言うなら…
私は、彼等をそんなに恐れる事は無いんじゃないかと…思うのだがね。
今夜はイギリスの大金持ちの貴族、ガブリエル卿の身に起きたと云われている話をしようじゃないか。
大金持ちの貴族ガブリエル卿は、ケント州ミンチェスターと言う町の外れに建つ、或る古い城を買った。
随分破格な値段で、ガブリエル卿は得をしたと大喜びしたが、実はこれには訳が有った。
前の住人は、この城で毎晩おかしな物音が聞えるので恐ろしくなり、さっさと手放してしまったのだ。
その話を後から聞いたガブリエル卿は、化物の噂が本当かどうか、確かめてみたいものだと考えた。
或る夜、ガブリエル卿が2階の隣の寝室でベッドに横たわっていると、階段をトントンと上って来る足音がした。
足音はやがて彼が寝ている部屋の前で止ったかと思うと、力任せにドアを叩き始めた。
ガブリエル卿は起上がり、暖炉の火掻き棒を掴んで、そっとドアを開けたが、廊下には誰も居る気配は無い…。
所がベッドに戻って暫くすると、またトントンと上って来る足音がする。
再び起上がってドアを開けてみたが……やはり廊下はしんと静まり返っているだけだった。
こんな事が毎晩続いて、流石の彼も寝不足で困ってしまった。
そして或る日、ガブリエル卿は新居のお披露目パーティーを開いて、大勢の友人を招いた。
皆とお酒や御馳走を囲んで、賑やかにワイワイ騒いでいると、突然テーブルの上の皿やグラスが、カチャカチャ独りでに動き出したのだ。
すわ何事かと友人達は真っ蒼になったが、ガブリエル卿は皆を落ち着かせると、この近くに居るであろう幽霊に向って呼掛けた。
「貴方…聞えますか?
これからアルファベットを言いますから、その一字一字に硝子器を叩いて、文章にして答えて下さい。」
すると、何と幽霊は彼の言った事を理解したらしく、その方法で次の様な事実を話し出した。
「私の名前はカール・クリント。
此処は私の城だ。
以前私は、1人の女を争い、或る1人の男を殺してしまった。
そして、この城の地下に、その男の死体を埋めたのだ……。」
此処まで言うと、後はピタリと通信は途絶え、その後はどんなに話し掛けようとも、応えては来なかった。
パーティーはすっかり台無しになり、ガブリエル卿の城は幽霊城だという噂が、忽ち広まってしまった。
しかし卿は、こうなったら幽霊の言った事が本当かどうか、調べてやろうと張り切った。
早速役所へ行って、記録を引っ繰り返してみる。
すると確かに今から100年以上も前、自分が居る城にカール・クリントと言う男が住んでいたという記録が見付った。
彼は早速霊媒を雇い、霊からもっと詳しく話を聞き出そうと考えた。
真っ暗な部屋で、卿は友人達と共に、息を潜めて霊媒を取り囲み、幽霊の出現を心待ちにする。
やがて……天井からトントンと足音の様な音が聞えて来て、真っ白な煙の様な物が周りに立ち込めると、それが段々、顎鬚を生やした赤毛の中年男の姿になって行ったのだ。
年の頃45、46の男は、卿等を怪訝そうに見て、「一体君達は、此処で何をしているのか?」と、尋ねた。
自分の城に見た事も無い他人が居る事に、ムッとしたらしい。
「此処は私の城だと言った筈だ。
私が恋人シャルロッテと2人だけで静かに暮しているというのに、どうして君達は邪魔しようとするのか?」
御機嫌斜めの幽霊を宥め、交渉した結果、次の様な協定を結ぶ事になった。
「幽霊は地下室の1室で、恋人と一緒に暮す事。
ガブリエル卿はそれ以外なら、何処の部屋を使っても良いが、その地下室だけは鍵を掛けて、絶対に近寄らない様にする事。
こちらが幽霊の邪魔をしない限り、今後は卿等を脅かさない事。」
これで幽霊も卿の気持ちを理解してくれた様で、それ以来気味の悪い物音はピタリとしなくなった。
数年後、都合でこの城を手放す事になったガブリエル卿は、幽霊に別れの挨拶をしてこうと、久し振りに霊媒に霊を呼び出して貰った。
幽霊にこれまで約束を守ってくれた礼を言い、「今度、実は引越す事になった。それで、これまでのお礼に、何か君にしてあげたいのだが…」と言うと――
――驚いた事に幽霊は、「それなら貴方の引越し先に連れて行って貰いたい。そしてそこに一緒に住まわせて欲しい」と懇願して来た。
これには卿も心底驚いてしまった。
卿は暫く考えていたが、「まぁ、どうしてもと言うのなら、こちらは構わないよ。君達2人を連れて、引越す事にしよう。そして新居に一緒に住むと良い。」と、渋々ながらも答えた。
こうしてカールとシャルロッテの幽霊は、ガブリエル卿の永遠の居候となってしまったそうだ。
その後ガブリエル卿は1974年迄、新居で平穏な生活を送ったそうだが、引越してからは、遂に1度も幽霊達の姿も見ず、足音も聞かなかったと言う。
…幽霊もかつては人間だった事を感じさせる、心温まる話だと思わないかい?
それにしても………殺されて、地下に埋められた男は、化けて出て来なかったのだろうか……?
…今夜の話はこれでお終い。
さぁ…それでは4本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……また次の夜の訪問を、楽しみにしているよ。
道中気を付けて帰ってくれ給え。
いいかい?……くれぐれも……
……後ろは振り返らないようにね…。
『ヨークシャーの幽霊屋敷 ―イギリス世にも恐ろしいお話―(桐生操 著、PHP研究所 刊)』より、記事抜粋。
よく来てくれたね。
さあ、何時もの奥の席に座ってくれ給え。
さて今夜は……恐い話を期待して来たなら、ちょっと拍子抜けしてしまうかもしれない。
そもそも貴殿は、幽霊が恐い存在だと考えるかい?
もしそれが、過去に生きていた人間で在り…人の心を持っていた存在だと言うなら…
私は、彼等をそんなに恐れる事は無いんじゃないかと…思うのだがね。
今夜はイギリスの大金持ちの貴族、ガブリエル卿の身に起きたと云われている話をしようじゃないか。
大金持ちの貴族ガブリエル卿は、ケント州ミンチェスターと言う町の外れに建つ、或る古い城を買った。
随分破格な値段で、ガブリエル卿は得をしたと大喜びしたが、実はこれには訳が有った。
前の住人は、この城で毎晩おかしな物音が聞えるので恐ろしくなり、さっさと手放してしまったのだ。
その話を後から聞いたガブリエル卿は、化物の噂が本当かどうか、確かめてみたいものだと考えた。
或る夜、ガブリエル卿が2階の隣の寝室でベッドに横たわっていると、階段をトントンと上って来る足音がした。
足音はやがて彼が寝ている部屋の前で止ったかと思うと、力任せにドアを叩き始めた。
ガブリエル卿は起上がり、暖炉の火掻き棒を掴んで、そっとドアを開けたが、廊下には誰も居る気配は無い…。
所がベッドに戻って暫くすると、またトントンと上って来る足音がする。
再び起上がってドアを開けてみたが……やはり廊下はしんと静まり返っているだけだった。
こんな事が毎晩続いて、流石の彼も寝不足で困ってしまった。
そして或る日、ガブリエル卿は新居のお披露目パーティーを開いて、大勢の友人を招いた。
皆とお酒や御馳走を囲んで、賑やかにワイワイ騒いでいると、突然テーブルの上の皿やグラスが、カチャカチャ独りでに動き出したのだ。
すわ何事かと友人達は真っ蒼になったが、ガブリエル卿は皆を落ち着かせると、この近くに居るであろう幽霊に向って呼掛けた。
「貴方…聞えますか?
これからアルファベットを言いますから、その一字一字に硝子器を叩いて、文章にして答えて下さい。」
すると、何と幽霊は彼の言った事を理解したらしく、その方法で次の様な事実を話し出した。
「私の名前はカール・クリント。
此処は私の城だ。
以前私は、1人の女を争い、或る1人の男を殺してしまった。
そして、この城の地下に、その男の死体を埋めたのだ……。」
此処まで言うと、後はピタリと通信は途絶え、その後はどんなに話し掛けようとも、応えては来なかった。
パーティーはすっかり台無しになり、ガブリエル卿の城は幽霊城だという噂が、忽ち広まってしまった。
しかし卿は、こうなったら幽霊の言った事が本当かどうか、調べてやろうと張り切った。
早速役所へ行って、記録を引っ繰り返してみる。
すると確かに今から100年以上も前、自分が居る城にカール・クリントと言う男が住んでいたという記録が見付った。
彼は早速霊媒を雇い、霊からもっと詳しく話を聞き出そうと考えた。
真っ暗な部屋で、卿は友人達と共に、息を潜めて霊媒を取り囲み、幽霊の出現を心待ちにする。
やがて……天井からトントンと足音の様な音が聞えて来て、真っ白な煙の様な物が周りに立ち込めると、それが段々、顎鬚を生やした赤毛の中年男の姿になって行ったのだ。
年の頃45、46の男は、卿等を怪訝そうに見て、「一体君達は、此処で何をしているのか?」と、尋ねた。
自分の城に見た事も無い他人が居る事に、ムッとしたらしい。
「此処は私の城だと言った筈だ。
私が恋人シャルロッテと2人だけで静かに暮しているというのに、どうして君達は邪魔しようとするのか?」
御機嫌斜めの幽霊を宥め、交渉した結果、次の様な協定を結ぶ事になった。
「幽霊は地下室の1室で、恋人と一緒に暮す事。
ガブリエル卿はそれ以外なら、何処の部屋を使っても良いが、その地下室だけは鍵を掛けて、絶対に近寄らない様にする事。
こちらが幽霊の邪魔をしない限り、今後は卿等を脅かさない事。」
これで幽霊も卿の気持ちを理解してくれた様で、それ以来気味の悪い物音はピタリとしなくなった。
数年後、都合でこの城を手放す事になったガブリエル卿は、幽霊に別れの挨拶をしてこうと、久し振りに霊媒に霊を呼び出して貰った。
幽霊にこれまで約束を守ってくれた礼を言い、「今度、実は引越す事になった。それで、これまでのお礼に、何か君にしてあげたいのだが…」と言うと――
――驚いた事に幽霊は、「それなら貴方の引越し先に連れて行って貰いたい。そしてそこに一緒に住まわせて欲しい」と懇願して来た。
これには卿も心底驚いてしまった。
卿は暫く考えていたが、「まぁ、どうしてもと言うのなら、こちらは構わないよ。君達2人を連れて、引越す事にしよう。そして新居に一緒に住むと良い。」と、渋々ながらも答えた。
こうしてカールとシャルロッテの幽霊は、ガブリエル卿の永遠の居候となってしまったそうだ。
その後ガブリエル卿は1974年迄、新居で平穏な生活を送ったそうだが、引越してからは、遂に1度も幽霊達の姿も見ず、足音も聞かなかったと言う。
…幽霊もかつては人間だった事を感じさせる、心温まる話だと思わないかい?
それにしても………殺されて、地下に埋められた男は、化けて出て来なかったのだろうか……?
…今夜の話はこれでお終い。
さぁ…それでは4本目の蝋燭を吹き消して貰おうか…
……有難う……また次の夜の訪問を、楽しみにしているよ。
道中気を付けて帰ってくれ給え。
いいかい?……くれぐれも……
……後ろは振り返らないようにね…。
『ヨークシャーの幽霊屋敷 ―イギリス世にも恐ろしいお話―(桐生操 著、PHP研究所 刊)』より、記事抜粋。