小説家 夢咲香織のgooブログ

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短編恋愛小説 砂漠の薔薇(R15 ) 02イルカ 夢咲香織

2021-02-04 11:02:56 | 小説

この作品は性的表現が含まれているため、R15になっております。

 あれはサラが十二才の時だった。幼馴染みの少年、イルカと二人でオアシスへ釣りに出かけたのだった。イルカは良く日に焼けた褐色の肌に明るい茶色の髪をした、緑の瞳の少年だった。サラの母親はサラを産むと同時に亡くなったが、あの頃はまだ父親のユーゲンが居た。サラの家もイルカの家も貧しくて、生活するのがやっとだった。それでも二人は笑顔に溢れていた。この日だって、夕飯のおかずにする魚を、嬉々として釣っていたのだ。


 乾燥した砂漠の抜けるような青空に地下水脈から湧き出た水を満々と湛えたオアシス――その周囲の通り沿いには高いナツメヤシの木が並んで、風景だけ見ればここは楽園であった。そのささやかな楽園で、二人は何時も一緒に遊んでいた。


 イルカの釣り針にナマズが掛かった。結構な重さだったが、イルカは上手いこと釣り上げた。大きなナマズを得意気にサラに見せる。サラの釣り針には中々獲物は掛からなかった。

「駄目だわ……これでは晩御飯は魚無しだわ」

サラがガックリと肩を落とす。

「大丈夫だよ。僕のを分けてあげるから」

そう言ってイルカはザルに上げた数匹の魚を指差した。魚は真昼の強烈な日の光を浴びてキラキラと輝いている。まるで宝石ね、とサラは思った。最も、本物の宝石など見たことも無かったが。


「ねえ、イルカ。目をつむってみて」

「どうしてさ?」

「良いから」

イルカが目を閉じると、サラはイルカに軽くキスをした。驚いて思い切り目を見開くイルカ。

「サラ……」

「私、イルカのお嫁さんになっても良いわ」

「本当?」

「うん。だってイルカは優しいし」

「へへ、じゃあ僕、大きくなったら街へ行って働くよ」

「街へ?」

「うん。それでお金持ちになって、サラと結婚するんだ」

「私、別にお金持ちで無くても良いわよ?」

「でも……」

イルカが口ごもる。イルカは既に知っていた。この世界ではお金が無ければやって行けない事を。貧乏暮らしの子供時代はそれなりに幸福ではあるが、いずれは大人にならなければならない。お金が無ければ、サラとの結婚すらままならないのだ。イルカの家では度々父親の稼ぎをめぐって、母親が愚痴をこぼしていたため、イルカは早いうちから街へ稼ぎに行く事を心に決めていたのだった。

「イルカが街へ行ってしまったら、私寂しい」

サラはちょっと拗ねてみせた。

「少しの辛抱さ。僕、きっと金持ちになってサラを迎えに来るから」

「きっとよ」

「うん。約束するよ」

今度はイルカがサラの額にキスをした。


 その日はサラにとって本当に幸せな一日だった。サラはいっそこのまま大人にならずに、永遠にイルカと二人でこうしてオアシスの畔で過ごしていたい、と思った。


 そんな幸せも長くは続かなかった。それから半年後にイルカは街へと働きに行った。

「必ず手紙を書くから」

とサラに約束したイルカだったが、数ヶ月後に、元気でやっている、と手紙をくれたきり、消息が分からなくなった。


 それから一年経ったある日、村を|匪賊《ひぞく》が襲ったのだ。馬に乗った彼らは家々を略奪して回った。サラの父親、ユーゲンは丁度その時、村の大工の家に居た。壊れた窓の鎧戸を修理してくれないか相談しに行っていたのである。大工には年頃の娘が一人居たのだが、匪賊はこの娘に目を付けた。庭先に居た娘を|拐《さら》おうと、馬で庭に乗り込んだのである。それを目の当たりにしたユーゲンは咄嗟に庭へ飛び出て、馬の前に立ちはだかった。突然の事に驚いた馬が総立ちになる。

「何だァ貴様!」

賊は大声で叫んだ。

「食料でも衣服でも、欲しいだけ持って行ったら良い。だが、女は勘弁してやってくれ! この村はただでさえ貧しいんだ。この上女まで連れて行かれたんじゃ、村は立ち直れなくなる!」

ユーゲンは懇願した。

「フン! 哀れだな! だがそれがどうした? 俺達の知ったことか! 邪魔だ、どけ!」

賊はユーゲン目掛けて馬を突進させた。強烈な馬の蹴りを受けて、ユーゲンは吹っ飛び、頸の骨を折って即死した。

「ユーゲン!」

大工がユーゲンへ駆け寄る。

「邪魔をするからだ! 娘はもらって行くぞ!」

賊はそう言うと、逃げ惑う娘へ馬で詰め寄り、髪の毛を掴んで馬上へ引き上げると、走り去って行った。


 この騒ぎで一家の大黒柱を失ったサラの家は只でさえ貧しかったのが、より一層貧困に喘ぐことになった。初めのうちはオアシスで魚を捕ったり、近所の家から野菜を分けてもらったりして何とかやっていたが、とうとうある日、祖母が中年の男を家に連れてきたのだった。男は小肥りの裕福そうな身なりで、嫌味ったらしく左手の中指にルビーの指輪を嵌めていた。

「こんな小娘なのか?」

タンジーと名乗った男は、サラを見ると少々落胆の声を上げた。

「でも、れっきとした処女だよ。特別料金もらって当然だろう?」

ナミマはさあ、とタンジーを急かす。

「まあ、顔は可愛いしな。良いだろう、払うよ」

タンジーは札を数枚ナミマに手渡した。

「あの……お祖母ちゃん……」

勇気を振り絞って恐る恐るサラはナミマに声をかけた。タンジーとナミマとのやり取りが何を意味するのか、それ位は純朴な村娘にも理解できたからだ。

「イルカ……助けて……」

サラは喉の奥で懇願の思いを呟いた。



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