小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

「この世界の片隅に」を見て

2016年12月21日 | 芸術(映画・写真等含)

 

これはあくまでも戦争を描いたアニメ映画だ。それ以外の何ものでもない。戦争を何かのメタファーとして、例えば大災害・災厄として読み替えてはならない。

これまでの戦争映画は、ドキュメンタリーであれアニメか実写であれ、軍隊の戦闘や殺戮のある場面を中心にして映画はつくられてきた(※)。これをA面だとすれば、「この世界の片隅に」はB面である。A面が男主体の戦争だとすれば、「この世界の片隅に」はいわゆる銃後を守る側の女性たちを主体的に描いたアニメである。(A=Bである。私はむしろA<Bと考えたいが・・)

さらにいえば、B面としての女性だけでなく、戦時中の暮らしがどう為されていたかが念入りに表現され、極限の生活環境におけるサバイバルの知恵・工夫、倹しく生きることの美しさも再現している。


結論から言うと、こうした角度から日本の戦争を描いた映画は稀少である。それだけでも高評価であるのに、この映画がアニメーションであることは、さらに嬉しく誇らしいことだ。

漫画、アニメを文化の下部構造として定見されている方は、この映画をみて心逸(はや)ることはあっても、もはや心動じることはないよう装う習慣を自ら課した方である。

この映画が画期的だと思う二つの理由がある。(小さい所ではもっとあるのだが、ネタバレになる)

●クラウド・ファンディングが導入されたこと=個人がネット上で制作資金の一部をカンパ(投資?)したこと

●戦争終結の象徴ともいうべき玉音放送をきいた後で、二十歳そこそこの女性が怒り、異議申し立てをする。そのシークエンス(場面)を描いたこと。そしてそれが、天皇だけでなく自分たちの生き方を含むものへの憤りであること。

以上の二つを実現した日本映画はかつてなかった。これだけでも映画史上のトピックとなる。

 

▲予告編 (ユーチューブ内広告あり)

さて、玉音放送をきいて怒った21歳?の人妻、広島市生まれのスズさんが主人公。この映画はつまり、彼女の小学生時代昭和10年前後からスズ20、1歳の昭和21年ごろまでの、彼女の生活(成長、結婚、戦争体験など)を描いたもの。

彼女の性格はおっとりとし、むしろ天然ボケの著しい脳天気な女性として描かれる。

絵を描くのが好きで、むろん上手だ。人から愛され、自分も家族、他者、動植物などの自然を慈しむ心にあふれている。男だったら、理想の女性に近いか・・。謙虚であり、包容力もある。そしていつも静かに笑っている(途中から笑顔が消えるが)。いや、艶めかしい女の部分も暗示させることもある。

このスズを中心に生家の広島市と嫁ぎ先の呉市が対比的に描かれ、戦時中のローカルな市井の営みを基調として描かれたといっていいだろう。

アニメとはいえ、こうして概略を語るだけでも奥の深さを感じる。念入りに考証された時代背景、その事物と事実関係、精緻に描写された豊富なエピソードが次から次へと思いだされてくる。特に軍艦などの描写はリアル。また、機銃掃射の場面は迫真の恐怖さえ感じた。B29の襲来は、逆に幻想的な雰囲気に描かれ、それがかえって恐怖感を増した。

盛り込まれる戦時中の暮らしぶりのエピソードも豊富で、その丹念な描き方が「ちいさな幸福」さえかもし出す。スズを中心とした暮らし、日常性がかけがえのない大切なものとして、じわじわと実感される。あのシーン、あの人物はどんな意味があったのか、と後からじっくり考えてみたいことも連続して浮かんでくる。彼女がもし現在生きているとしたら91歳になる。亡き母と同年齢であり、このことも大きく感情移入した要因となった。

ちょっと書きすぎたか、まだ見てない方に失礼になる。


▲こうの史代の原作を映画化した。構想から完成まで6年の歳月を費やしたという。


最後に記したいこと。主人公スズは生き延び、戦後の暮らしをはじめる。ただ、彼女は戦争中に大きな痛手をうけ、心にも深い傷を背負い込む。周囲はそれを優しく包み込む。後半はこの事実、その心象を描くことに全力が注がれる。涙がこらえ切れない。これらがアニメできめ細かく表現されている。実写では演技者の過剰さがたぶん目に余るものとなるだろう。

戦時中の建物や生活環境などもアニメならではの描画でリアルに、忠実に再現される。実写ならばその作り込みが嘘っぽく感じられたに違いない。


日本アニメは、「君の名は」もふくめて、POST宮崎駿を見事に成し遂げたといっていいだろう。


(※)宮崎駿の「風立ちぬ」は太平洋戦争を背景にしたアニメであったが、ものの見事に宮崎流のファンタジーに仕上げていた。私は戦争映画だと思っていないし、彼のアニメはそれでいいだろう。



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