青森に行くことになった。
東津軽郡に伯母がいるという。父方最後の肉親である。存在は知っていたが、実際に会ったことはなかった。父は生前から、「俺に何かあったら妹のことを頼む」と言い続けてきた。
父が亡くなった今、ボクは伯母に会いに行ったのである。
宿は浅虫温泉にとった。母と父は生前、浅虫温泉の話をした。ボクの頭の中に、浅虫温泉という場所が刷りこまれた。
79歳になった伯母は、大変元気だった。ボクとかみさんは、安心して宿に向かった。車中、宿の場所を検索していたかみさんが、こんなことを言った。
「宿の目印として、『温泉たまご場』」っていうのがあるんだけど、これって何だろう」。
「温泉たまごでも販売してるのかね~」。
などと、軽口を叩きながら、ボクはクルマを運転し、いよいよ目的地に近づいていることをナビゲーションで確認したところで、その「温泉たまご場」と思われる場所を通った。そこには、温泉たまごの販売所はなく、そのかわりにあったのはあずまや風の庇に守られたちょっとしたコンクリートだった。
そのコンクリートが気になって、ボクはクルマを脇に停め、コンクリートの中を覗いてみた。するとコンクリートの内部にはお湯が張ってあり、ざるが沈んでいる。そのざるにはたまごがいくつか入っていた。おそるおそるお湯に手を入れると、お湯は恐ろしく熱い。湯温はかなり高い。
「温泉たまご場」は、文字通り温泉たまごを作る場なのである。
とりあえず、そこから目と鼻の先にある宿にチェックインして、もう一度、たまご場に来てみることにした。だが、その前に、どこかで玉子を調達しなければならない。さて、どうしようかと考えたところで、問題はあっさり解決した。
宿泊先の「椿館」で、玉子を販売していた。
1個30円。若干高いが致し方ない。
2個買って、「温泉たまご場」に急いだ。
ざるは「たまご場」に置いてあり、自由に使うことができる。ボクはざるに玉子を入れ、湯の中に沈めた。温泉たまごの出来上がりまでは、15分から20分程度だという。
その間、どう時間を費やせばいいか。
「温泉たまご場」から10m程度離れた足湯に浸かっていればいい。
足湯は「温泉たまご場」よりも温度は低い。45℃くらいだろうか。
それでも、まだ熱い。
ちょっと足をつけていると、足が真っ赤になる。
既にいる先客は地元のおじさん。玉子をお湯に浸して、足湯に浸かっているらしい。「温泉たまご場」は地元の人が使う公共のスペースなのだ。
15分ほど、ポツリポツリと世間話をして、おじさんは「よっこらしょ」と立ち上がり、たまご場に向かった。
そろそろ、我々のたまごもできる頃合いだ。
玉子をざるから出し、その場で剥いてみた。ほどよく固まったたまご。チューチューと吸って少しずつ口に含むと、微妙な半熟がしっかりと出来ていた。
うまい!
微かな塩加減は、温泉の成分か。
これは、これはご機嫌な、玉子の温泉なのである。
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