「からし焼き」を食べて外に出ると街が黄色く見えた。埼京線の踏切がけたたましく鳴り、ボクの鼓動を早くさせる。後ろ手に縛られたまま、銃口を突きつけられているような気がした。
正常と異常の狭間のエアポケットが口を大きく開けている。
そこだ。今、跳んでしまえと。
空が鳴っている。
見えないものに怯えるように、鳥が飛び立った。
大きな暖簾が下がった店に入った。
藍に染められた関西並みに大きな暖簾に「野々屋」と書かれた店だ。
少し酒を飲まなければとても平常ではいられなかった。
踏切のすぐそばにある店は電車が通る度に大きな轟音が店内に響く。かえって、その方が気が紛れていいかもしれない。殺風景な店だった。人工的な風がボクを吹き付ける。
カウンター越しからは店のオヤジの顔が見えない。背後のテーブルではもう長いこと、酒を飲み続けていると思われる老年の男どもが嬌声をあげていた。
この店に入って失敗だったと思った。
だが、今外に出てしまえば黄色い街に飲み込まれ、跡形もなくボクは焼き尽くされてしまうだろう。
或いは、踏切の警笛に誘われ、エメラルドグリーンの車両に押しつぶされてしまうかもしれない。
「チューハイ」。
「もつ煮こみ」。
黄色い短冊を棒読みに読んだ。
ボクの声は電車の音にかき消され、もう一度声を出してみた。
今度は背後の老人たちの声にかき消された。
ボクはたまらなく惨めな気持ちになった。
小柄な痩せぎすな男が店に入ってきた。ドアの向こうに黄色い光の一閃がはしった。
そして男はおもむろにボクの隣に座ると、快活な声で瓶ビールを頼んだ。冷たいビールはすぐに男の前へと供された。
店のオヤジが出てくるのをうかがい、ボクはかすれた声で3度目の注文をした。
男は手にもっていた夕刊紙を広げながらコップに注いだビールを一気に飲み干した。
「チューハイ」を口にふくむと、チリチリと炭酸が口の中でざわめき、やや遅れて鼓膜をつついた。
まるでそれはラジオのノイズのようであり、電球が切れた街灯のパルスのようでもあった。どちらにしても、神経質な気持ちにさせる過敏な音だった。
ボクは落ち着かなかった。
ただただ。
早くしないと。
本当に手遅れになってしまう気がした。
でもどうしたら、どうすればいいのか、もうボクには何の術もなかった。
ポッカリと開いた胸の風穴は、まさに後ろ手にしばられ突きつけられていた銃口に吹き飛ばされていたことを、今初めて自覚したのだった。
正常と異常の狭間のエアポケットが口を大きく開けている。
そこだ。今、跳んでしまえと。
空が鳴っている。
見えないものに怯えるように、鳥が飛び立った。
大きな暖簾が下がった店に入った。
藍に染められた関西並みに大きな暖簾に「野々屋」と書かれた店だ。
少し酒を飲まなければとても平常ではいられなかった。
踏切のすぐそばにある店は電車が通る度に大きな轟音が店内に響く。かえって、その方が気が紛れていいかもしれない。殺風景な店だった。人工的な風がボクを吹き付ける。
カウンター越しからは店のオヤジの顔が見えない。背後のテーブルではもう長いこと、酒を飲み続けていると思われる老年の男どもが嬌声をあげていた。
この店に入って失敗だったと思った。
だが、今外に出てしまえば黄色い街に飲み込まれ、跡形もなくボクは焼き尽くされてしまうだろう。
或いは、踏切の警笛に誘われ、エメラルドグリーンの車両に押しつぶされてしまうかもしれない。
「チューハイ」。
「もつ煮こみ」。
黄色い短冊を棒読みに読んだ。
ボクの声は電車の音にかき消され、もう一度声を出してみた。
今度は背後の老人たちの声にかき消された。
ボクはたまらなく惨めな気持ちになった。
小柄な痩せぎすな男が店に入ってきた。ドアの向こうに黄色い光の一閃がはしった。
そして男はおもむろにボクの隣に座ると、快活な声で瓶ビールを頼んだ。冷たいビールはすぐに男の前へと供された。
店のオヤジが出てくるのをうかがい、ボクはかすれた声で3度目の注文をした。
男は手にもっていた夕刊紙を広げながらコップに注いだビールを一気に飲み干した。
「チューハイ」を口にふくむと、チリチリと炭酸が口の中でざわめき、やや遅れて鼓膜をつついた。
まるでそれはラジオのノイズのようであり、電球が切れた街灯のパルスのようでもあった。どちらにしても、神経質な気持ちにさせる過敏な音だった。
ボクは落ち着かなかった。
ただただ。
早くしないと。
本当に手遅れになってしまう気がした。
でもどうしたら、どうすればいいのか、もうボクには何の術もなかった。
ポッカリと開いた胸の風穴は、まさに後ろ手にしばられ突きつけられていた銃口に吹き飛ばされていたことを、今初めて自覚したのだった。
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