土曜の午後、原稿の色校正をしなければならず、印刷屋の近所にある喫茶店で担当者と待ち合わせをした。
錦糸公園の前。
週末と相まって、多くの家族連れで公園は賑わっている。
ここはかつて東京大空襲で未曾有の被害が出た場所。だが、今はそんな歴史を微塵も感じさせない。
喫茶店の名は「デリカップ」。黒木が鈍く光る古い喫茶店だ。
何度か印刷屋に原稿を届けに行ったことがあるので、この喫茶店の前も幾度となく通り過ぎたことがある。いつか入ってみたい。
そう思っていた。
店内も落ち着いていた。
とりわけ、本革があしらわれたクラシック調の椅子が店内を落ち着きのあるものに見せている。
お店は空いていた。午前中の客が一旦ひいたのだろう。
ボクは適当に店の奥の壁際に陣取った。
「ブレンドコーヒー」。
お店のお姉さんにそう告げた。
コーヒーはサイフォンで淹れてくれるらしい。外の看板にそう書かれていた。
ブレンドは430円。このほか、ストレートコーヒーも愉しむことができる。
モーニングは590円。トーストにサラダがついてくる。
この値段なら休日の毎朝訪れてもいい。
休日の朝に訪れる感じのいい喫茶店が家の近所にあったら。
そう思う人は少なくないだろう。適度に空いていて、スポ―ツ新聞が読めて、煙草の煙がないというのは求めすぎか。
とりあえず、コーヒーの薫りが店内に溢れていることが必須条件だ。
BGMはジャズもいいが、シャンソンならなおいい。
そんな条件が、この「デリカップ」には揃っている。
眠たい目をコーヒーの薫りが覚ましてくれる。そんな喫茶店である。
ブレンドコーヒー。
豆は深くもなければ、さりとて浅くもない。古い喫茶店にありがちな薄いコーヒーを想像していたが、さにあらず。ボディはけっこう太く、厚みがある。鼻に抜ける酸味は決して悪くない。
このコーヒーなら毎朝のトーストにもよく合う。苦すぎるとトーストには合わないだろう。
そうこうするうちに印刷屋の担当者が汗を拭きながらやってきた。
原稿の色校正を持って。
「昨日、この喫茶店、何かの撮影してましたよ」。
開口一番、彼はそんな情報をくれた。
いい感じの喫茶店だもんね。ボクはそう返事をした。
ただ、誰の趣味なのか、べたべたのぬいぐるみが飾ってあるのだけは、ちょっといただけないが。
そんなわけで一通り、校正を確認し、担当者と雑談を交わし、店を後にしようと会計をする際、お店のお姉さんに、さっきの情報をさも自分が知っているような口ぶりで尋ねてみた。
「昨日撮影してましたよね」
お姉さんは「えぇ、wowowのドラマですよ」。
そのお姉さん、よくよく見るとかなりの別嬪さん。
ボクは最後の最後でちょっとドキドキしてしまった。
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