「ギュートン軒」を出て、2軒目に向かおうとしたところ、いっぺいさんが思わぬ提案をしてきた。
「船橋にいきませんか?」
もちろん異論はない。
ボクといっぺいさんは、総武快速に乗って、船橋に向かった。
いっぺいさんは船橋の達人だった。
西武デパート側の改札を出て、京成船橋駅方面を歩く。駅裏の飲み屋街を経由し、ぐるりと京成船橋駅の周囲を半周した。かつての踏切の手前、つまり海側の斜めに突き出た路地を鋭角に曲がると、そこはまた飲み屋街が口を大きく開けて待っていた。
何度かこの辺りは徘徊したことがあったが、路地の奥までは行ったことがなかった。
いっぺいさんはその路地をまるで自分の庭のように軽やかに歩き、ご自身の好きな店をボクに紹介してくれた。いずれも魅力的な店ばかりだった。
大衆居酒屋、立ち飲み、様々な酒場がひしめいていた。思わずワクワクしてしまいそうな、路地である。
気が付けば、1軒の居酒屋の前にボクらは立ち、やがていっぺいさんはこう言った。
「最近、わたしのお気に入りの店です」。
大きな暖簾に「大衆酒場」と染め抜かれている。
いっぺいさんが扉を開けてみると、店は満席だった。カウンターだけの店。とはいえ、鰻の寝床のような細長い店ではない。長方形の店内の周囲をぐるりと椅子が並ぶ。20人は入れるだろうか。
ボクらは並んで待つことにした。
だが、ちらりと一瞬店内を覗いただけなのだが、一見して、この店がいいお店であると想像できた。
活気があり、独特のリズム感が店内に満ち溢れていた。
見たところ、店は新しそうだ。白木の外観が清々しく、まだ初々しささえ残す。
ボクらの順番はすぐに回ってきた。扉から対岸の奥である。
早速、メニューを眺める。メニューが豊富だ。壁の短冊も膨大な量が貼られている。
なんだかゾクゾクしてきた。いい居酒屋に出会ったときのあのワクワク感である。
ボクらはホッピー(350円)を注文した。白と黒のセットをひとつずつ。
焼酎はキンミヤ。実はこれ、いっぺいさんがボトルキープしていたものである。そして、いっぺいさんは白と黒の外をそれぞれ両手に持ち、いっぺんにジョッキに流し始めた。
ハーフ&ハーフである。
「これがおいしいですよ」。
いっぺいさんのアドバイスに倣い、ボクもやってみる。
なるほど、これはおいしい。
さて、つまみだ。
「アジフライ」150円。「マグロぬた」350円。「赤ウィンナー」200円。
ボクの好きなメニューが続々と目に留まる。これは素晴らしい。
だが、熟考して出した結論は「サモサ」(250円)。
そう、インドのスナック、「サモサ」である。まさか、純然たる大衆酒場で「サモサ」に出会えるとは予想だにしなかった。
姿形はインドのサモサとは違ったが、味は抜群だった。
そして、もう一品は、いっぺいさんお薦めの「紅しょうがのかき揚げ」(350円)。これもまた美味だった。
不動明王を思わせる、そのかき揚げは色、ポーションともに、まさに仏教的だった。
両者とも、既成の居酒屋にはないメニュー構成である。
伝統的な居酒屋メニューと冒険心溢れるメニューの硬軟織り交ぜたメニューが斬新だ。
いっぺいさんによると、店主が様々な居酒屋を訪ね歩き、取り入れたものだという。
その店主はまだ若く、船橋における人気店「居酒屋 一平」から独立した方だと、いっぺいさんはそっと教えてくれた。
ややこしいので、ここは説明が必要なのだが、いっぺいさんのTwitterのハンドルネームは、この「居酒屋 一平」からとっている。それほど、「一平」への思いは強い。
だが、そこでふとボクは考えてしまった。
この店、「増やま」の歴史はそれほど長いものではないだろう。だが、しっかりと「大衆酒場」としてのイメージを客に思わせる風格は十分だ。ボクはこれまで、「大衆酒場」とは伝統と格式の重厚感から来る雑多な店を指して言われるものだろうと思っていた。一見して無秩序に見えて、だが実は統制がとれた空気感をまとい、料理は安く、だが圧倒的においしい、そんな店が「大衆酒場」と名乗る、或いは呼ばれる資格があるものだと思っていた。
「増やま」は料理が安く、そのクオリティも高いのだが、店の歴史はそれほど長いわけではなさそうだ。先述したように、店も新しい。したがって、伝統と格式の点ではまだまだといえる。それにも関わらず、「増やま」の存在感が「大衆的」なのか。
ボクは突如そんな疑問に襲われたのである。
「増やま」の店内をくまなく見ているうちに、なんとなくおぼろげながらひとつの仮説が頭に浮かんだ。
「大衆酒場」を「大衆酒場」たらしめるものとは、公共性ではないか。
限りなくオープンに近い店作り。カウンターや大きな長テーブルに座り、隣の客や近隣の客と関係を持つ、そのバリアフリーの環境こそが、かつて古き良き時代に確かに存在していた大衆性だったものではないだろうか。
集団から個へ向かうのは社会ばかりでなく、居酒屋もまた同様だ。個室の居酒屋が流行り、店員とのコミュニケーションはタッチパネル式の端末が幅をきかせる昨今。それはいくら安価でおいしいものを提供しても「大衆酒場」とは呼ばれない。
隣の人との壁がなく、オープンな店が「大衆酒場」の絶対的な条件である。それは、グルーブであり、リズムである。店の活気が人を笑顔にし、元気にさせる。
その要素を全て兼ね備えた店だけが、「大衆酒場」と呼ばれる。
ボクはもうだいぶ酔っていた。
「ギュートン軒」で瓶ビール半分と「チューハイ」3杯を飲み、そうして「増やま」でホッピーのハーフ&ハーフを1杯飲んだところで、ボクは2杯目のホッピーを作ろうとしたが、誤って、いっぺいさんのキープしているキンミヤ焼酎をどぼどぼと注いでしまい、ボクはさらなるへべれけの彼方に誘われていった。
ボクの記憶は2杯目から途切れている。
その最後の言葉は「絶対、友達を『増やま』に連れてきます」だった。
ボトル入れて飲むとすごく安いんですよね。
一ヶ月で流れちゃうけど、1,200円だから損した感じしないし。
さすがです。
ボクは知りませんでした。
ひざげりさんのおっしゃるとおり、キンミヤのボトルキープは価値があります。
酒も肴も人もよし。
毎日行きたい酒場です。
もっと近所にあればなぁ。
ほぼ無休なので重宝します。
一時期、ということは今はあまり行ってないのでしょうか。
もし、差し支えなければ、その理由を是非教えて下さい。
>ほぼ無休なので重宝します。
14時開店というのも、魅力的です。
あと強いてあげるなら交通費かな?
JRが一駅入るので、往復の電車賃で酎ハイ2杯、飲めるなぁとw
そうでしたか。
半年に一度の割合で東葉高速線を使いますが、その帰りに西船の「よっちゃん」に行くことを楽しみにしています。
次回から「増やま」に寄ってみようかなと考えていますが、西船から船橋の乗り換え、それとJR線の初乗りの運賃は意外に厄介だなと考えておりました。
「よっちゃん」か「増やま」かの選択は難しいところがありますが、交互に行こうかなとも思っています。
大変参考になりました。
増やまの良いところの一つは、ボトル頼んで、炭酸頼んで好きな濃さで飲めること。どこでも出来ることですけど、ボトルが安いので。
自分はいつもの店では水を飲みながらチューハイ飲んでるのですが、たまにしか行かない店だと頼み辛いので、炭酸水で中休みしてます。
そうそう、以前、一平で他のお客さんが「増やま」の名前を出したら、三代目がビクっと反応したので、一平でその話題はタブーなのかも。
東海神から近いですね。
以前、「登運とん」に行った時、東海神で降りました。
>増やまの良いところの一つは、ボトル頼んで、炭酸頼んで好きな濃さで飲めること。どこでも出来ることですけど、ボトルが安いので。
本当にそのとおりです。
キンミヤですし。
>そうそう、以前、一平で他のお客さんが「増やま」の名前を出したら、三代目がビクっと反応したので、一平でその話題はタブーなのかも。
そうでしょうね。
「増やま」を訪問したこのとき、かつて「一平」の常連さんだったと思われる方が何人かいらっしゃるようでした。
でも、本来お店の人はお客の声に耳を傾けるべきだと思います。
です。