KU Outdoor Life

アウトドアおやじの日常冒険生活

2016ボリビアの旅 #11-ワイナポトシBCへ

2016年07月31日 | 海外
Day11 2016.7.31
ラパス-ワイナポトシBC-HC(高度順化のため往復)
 
 未明、午前2時頃。
 ホテルの相部屋のベッドで突然息苦しくなり、目が覚める。
 
 肺なのか心臓なのかどちらかよくわからないが、胸がキューンと収縮した感じでうまく息ができない。
 (いわゆる「胸キュン」ではない。いや、冗談言ってる場合じゃない!)

 力なく弱々しい呼吸で何とか繋ぐが、もしかしたらこのまま死んでしまうかもしれないと本気で思った。
 
 普段は、もういつ死んでもいいなどとウソぶいているくせに、やはりその時になると自分はいいとしても、回りには迷惑をかけたくない。
 うちの家族はもうそんなに困らないだろうけど、自分が抱えている仕事があるため、職場には迷惑がかかってしまう。
 2時間ほどベッドの上でアップアップと呼吸困難と格闘していたが、そのうち気を失うように眠ってしまった。
 
 ハッと気が付き目を覚ますと、朝の8時半・・・。ウソ、いつの間に。迎えが来る時間だ!
 急いで身の回りの物を乱雑にザックに詰め、フロントへ。
 幸い、まだ迎えは来ていなかった。
 
 さて、どうしよう。
 夜半のうちは、マジでガイドのエドに事情を伝えワイナポトシは急遽キャンセル、航空会社には帰りの便を変更してもらい、緊急帰国も考えた。
 しかし、今まで眠っていたということは、あの後4時間半、さらに苦しくなる前に4時間は眠っていたことになり、睡眠時間としては十分。
 今はpretty fine(まあまあ)といった感じだ。
 
 そうこうしているうちに、コックのフェリックスが迎えに来る。
 フェスティバルの影響で車をこちらまで回せないので、とりあえずサガルナガのオフィスまで歩くことになる。
 ザックはフェリックス、自分は手提げのバッグを持って行くが、朝起きたばかりでサガルナガの坂道を上がるのは息が切れた。
 
 一応、昨夜の様子をエドに伝えるが今はまあまあなので、完全に断る理由が見つからず、結局そのまま決行。
 しかし、昨夜の不調は一体何だったんだろう?
 
 考えられる理由は二つ。
 一つは、昨日のコンドリリからの帰りのエドのデスロード・ドライブ。
 酔いはしなかったが、標高5,000m近くでジェット・コースターのように3時間以上ダートを走っていたのだから、身体がどうにかなっても不思議ではない。
 もう一つは、昨夜の中華料理屋のラー油。
 美味かったので、ついつい大量にかけてしまったが、やはり慣れない旅と厳しい環境で胃腸が弱っているのかもしれない。 
    
 相変わらず朝のラパス中心街から郊外のエル・アルトまでの交通ラッシュは凄まじいが、それを抜けると意外と早くワイナポトシBCに着いた。
 エドめ!昨日はやはりわざと近道のハイウェイを使わず、ダートの道で遠回りをしたな。
 アトラクションのつもりかもしれないが、こっちは疲れているんだし、日本人は繊細なんだ。余計なことをするんじゃない!



 
 
 今日からのワイナポトシはエドがガイドしてくれることになっているが、BCに着くとまたまたペドロと再会。
 エドは国際ガイド、ペドロはローカル・ガイドだが、それは資格試験を受けるためにそれなりのお金がかかるだけの問題。
 英語が堪能なのはむしろペドロの方なので、本当は彼を指名したいくらいだ。
 
 ペドロは今日はグァテマラから来たという男の客のプラクティス(雪氷訓練)をこのワイナポトシの氷河で行い、明日からはその客をペケーニョ・アルパマヨにガイドするらしい。
 グァテマラ男は坊主頭のQ・タランティーノといった風貌で、個人装備も真新しいアークテリクスのジャケットに靴はスカルパ・ファントムガイド。ポールはBDの最新型で、カメラはニコンの大型一眼レフと相当なリッチマンだ。
 タランティーノに挨拶すると「ペドロからYouはストロング・マンだと聞いている。」と握手を求めてきた。
 ペドロの奴め、お世辞言いやがって。(でも、悪い気はしない)

 
 この後、エドから提案があり、どちらにするか自分で決めるように言われる。
【その1】ワイナポトシは独立峰で風が強いことがあるので(今日も少し強い)、このまま一気にハイ・キャンプ(HC)まで上がり、明日、明後日と二回の登頂チャンスを作るか。
【その2】それとも当初のスケジュール通り、今日はこのままBC(4,700m)泊まり。明日HC(5,100m)に上がり、三日目に頂上アタックとするか。
 
 昨夜の不調も踏まえ、ペドロに意見を聞いてみると、彼は少し考えた後にこう言った。
 「やはり胸の不調というのは気になる。無理せずStep by stepが大事だ。」
 そう言われて納得。当初案の「2」の方で決定した。
 
 考えてみたら昨夜、標高3,600mのラパスで調子悪いのに、今日これから5,100mのHCまで上がって眠るのは、あまりに無謀だ。
 一見お調子者のペドロだが、客のことをよく考えてくれている。
 実際、自分でももうワイナポトシの頂上はどうでもよく、登れたら儲けものぐらいに思っている。

 
 
 それでも午後からはHCまで登って高度順化をする。
 本来のプログラムでは、BCから30分ほど登った所にある氷河でプラクティスなのだが、私は既にコンドリリ・エリアで本チャンを経験済み。
 ペドロがエドに「テクニックに問題無し」と口添えしてくれたので、フリータイムとなった。
 自分の場合、技術云々よりも高度順化と体力温存の方が大事だろう。
 
 ランチの後、ペドロやエド、そしてタランティーノの後を追って、上の氷河に向かう。
 しばらく彼らの練習を見学し、またハイキングに来ていた地元ファミリーと交流した後、一人でHCまで上がってみる。

 

 
 
 途中、入山料を徴収する所があって、ここで20Bs(300円)を支払う。
 安い。どこかの国の山の環境保全金とやらとは大違いだ。
 ノートにも名前、国籍、パスポートNo.を記入する。
 
 自分のペースで5,100mのHC、さらにその少し上のボリビア国旗の立てられている所まで上がる。(手元の高度計で5,205m)
 時間も14:30。この辺りから雪も出てきて、今履いているトレランシューズでは限界だ。今日のところはここまでとしよう。

 

  
 だが、問題はこの後。
 一時間半もあればBCへ戻れるはずだったが、ここで痛恨のミスをする。
 本当はBC一つ手前の廃屋から右方向へ進むところを、そのまま真っ直ぐトレイルを下ってしまう。
 しばらく行くうちにどうも様子が変だなと気付いたが、下の方にも小屋は見えているし(実は別の小屋)、まぁ平気だろうとそのまま進んでしまったのである。
 
 遥か下まで着いて、ようやく間違いに気付き、たまたま通りかかった地元の人に「道を間違えた。ここはドコ?」と聞いてもまったく言葉が通じない。
 さらに別の家族連れが現れたので「BCはどこ?」と聞くが、「あっちじゃないか?」と適当な所を指差し、さっさと行ってしまった。
 
 うっ、これはまずい。マズイぞ!
 とにかくここは日本の山のように標識など一切無く、少し離れると人もいない。そのくせトレイルはあちこちにある。
 一体、ここはどこなんだ?

 冷静に考え、これまでの道や地形を思い出し、なるべく上に登り返すしかないと思った。
 
 このままBCに帰れなかったらどうしよう。
 夕暮れが迫り不安が募るが、辺りに人影は無し。
 今持っているのは財布とパスポートと少々の水のみ。ヘッデンや予備のウェアは無いし、地図ももちろん持ってない。

 下手したらエドたちが心配して捜しに来るかもしれない。ハポネ(日本人)が行方不明とかいって大騒ぎになったら大変だ。
 無暗に動かない方がいいのかもしれないが、夜は相当冷え込み、この4,700mの高地で着のみ着のままのビバークは絶対無理だ。
 もう、この時点でワイナポトシの頂上などどうでもよく、エドに詫び代として100$ぐらい払わないといけないなぁ、などと考えていた。
 
 それでも自分のボケた記憶を思い出し、また途中で撮ったデジカメの写真と地形を照合しながら登っていくと、尾根の向こうにチラッと小屋のようなものが見えた。
 ヘロヘロになってガレた尾根を登っていくと、まさにそれが分岐点の廃屋だった。
 そこからBCまではわずか15分ほどだったが、一本トレイルを外したために2時間近く無人の荒野を徘徊したことになる。
 
 「助かった!」と思いながらBCに戻り、コックのフェリックスに「Sorry for late.」と謝るが、彼は別に気にしてないようで「ティーorコーヒー?」と軽い返事。
 肝心のエドは、所用のため一旦ラパスに戻ったとのことで、何だか気が抜けてしまった。
 結果としてまだ17時過ぎで明るいし、自力で何とか戻ってきたので、ここは無かったことにしよう、そうしよう、と勝手に許してもらうことにした。
 しかし、カナディアン・ロッキーにしろアンデスにしろ、あまりに広い割にほとんど人がいないので、単独行動はほどほどにしなければとさすがに反省した。
 
 その後、夕食となり、後から来た気さくなニイちゃんが「こっちに来て一緒に食べよう。」と声を掛けてきた。
 正直、ちょっと疲れもあって面倒くさいなと思ったが、別のドイツ人夫妻も加わり、四人で食べることになった。


 
 ニイちゃんの名はAlexandre(以降「アレックス」と呼ぶ)。フランスとスペインの間にあるアンドラ?という小国の出身。(自分も今までそんな国があるとは知らなかった) 
 バルセロナの大学に通っていてまだ21歳。東京、大阪、奈良へも行ったことがあり、スシは苦手、でもお好み焼きとラーメンは好きと話題も豊富だ。
 
 ドイツ人のカワレツ(Kawaletz)夫妻は、旦那さんは教師、奥さんもキャリア・ウーマンで、自分より少し下の50代夫婦。ポツダム出身。
 若い頃は東ドイツ領で何かと不自由だったらしいが、ようやくこの歳になって自由になってきたとのこと。
 
 聞くとアレックスは7週間の休み、カワレツ夫妻も5週間の休暇で旅しており、職場にヒンシュクを買いまくってやっと2週間の休暇をもらっている日本人など、やはり欧米諸国からすると依然として異常な働きバチとして映るようである。まったく羨ましい。

 そんな感じでワイナポトシBCの初日は、グッタリと過ぎていった。



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