フェイスブックが公表したリブラ構想が実現すれば、全ての国家が甚大なダメージを受けることが予測されるため、今般開催されているG7財務相・中央銀行総裁会議でも、主要な議題の一つとなっています。起こり得る事態を予測するに先立って、ここで一先ず国家が「リブラ」によって影響を受ける主要な権限について整理してみるのも無駄ではないように思えます。
第一に「リブラ」によって浸食される国家の権限は、言わずもがな、通貨発行権です。今日、管理通貨制度を採用している国家では、政府紙幣ではなく、中央銀行券を以って通貨を市中に提供しています。その主たる手段は公開オペレーションの一種である買いオペであり、金融機関から期限付きで債権を買い取ることで、通貨を事実上‘発行’しているのです。一方、「リブラ」では、金融機関から債権を買い取るのではなく、個々人から米ドルやユーロ等の既存通貨を「リブラ」で買い取ることで「リブラ」を‘発行’します。両者の間には‘金融機関か個人か’、及び、‘債権か既存通貨か’の違いはありますが、通貨発行という機能の本質においては変わりはないのです。
第2に関連して国家が侵食を受ける第2の権限は通貨供給量の調整に関する金融政策の権限です。何故ならば、上述した公開市場操作こそ、リーマンショック後の量的緩和策が示すように、中央銀行が通貨供給量を増減させる最も有効な手段であるからです(公定金利や最低準備率の調整には公開市場操作程の効果はない…)。つまり、既存の金融機関と平行して「リブラ」が通貨供給量を増やせば、国家の中央銀行の金融政策効果は薄まりかねないのです。最悪の場合には、国家の中央銀行が景気引き締め策として市中から売りオペで通貨を回収する一方で、通貨回収機能を持たない「リブラ」は逆に通貨供給量を増やし続けるかもしれません(なお、仮に、「リブラ」が‘自己資本’を準備として通貨を発行するならば、その額が上限となる…)。そして、既存通貨と「リブラ」の混在は、同時に国家を枠組みとした‘単一通貨圏’の崩壊をも意味するのです。
第3に、「リブラ」の登場によって中央銀行の買いオペの規模が縮小すれば、政府の財政政策にも影響を及ぼします。何故ならば、政府は、歳入不足を公債の発行を以って補うことが難しくなるからです。つまり、中央銀行による国債や公債の買い取りに期待できなくなりますので、公債発行額を減らさなければならないのです。
第4に、「リブラ」の登場は、外国為替政策に関する権限も影響を与えることでしょう。変動相場制への移行以来、各国政府は、外国為替市場に市場介入を行う権限を得るようになりました。自国通貨安の方が輸出に有利ですし、逆に、輸入依存型の国では自国通貨高に相場を誘導する方が望ましかったからです。しかしながら、近年、アメリカは、外国為替市場に介入する政府を‘為替操作国’と認定し、こうした行為を止めさせています。つまり、外国為替政策の権限は封じられている状態にあるのですが、外国為替市場を介さない「リブラ」は、国家の外国為替政策とは無縁の世界にあります。
ならば、「リブラ」の登場によって外国為替政策は何らの影響をも受けないにも思えるのですが、報道に依りますと、「リブラ」の運営主体は、「リブラ」をビットコインのような投機から護り、価値を安定化させるために、自らの資産を活用すると説明しているそうです。詳細は分からないのですが、おそらく、「リブラ」の流通開始と共に開設が予測される「リブラ」取引所、あるいは、「リブラ」市場に対して、運営主体が自らの資金を以って介入することを意味するものと推測されます。言い換えますと、「リブラ」相場の決定権は「リブラ」の運営主体にあり、如何様にも操作できることとなるのです。既存の外国為替市場において政府介入が事実上禁じられていても、「リブラ」にあっては運営主体という一民間団体が、相場の安定を‘大義名分’として「リブラ」市場に無制限に介入できるのです。もっとも、資産を用いた「リブラ」の価値安定化につきましてはバスケット通貨制を採用するとの説もあり、この場合には、固定相場制となります。固定相場制であっても、「リブラ」の運営主体が相場の決定権を有することには変わりはありません。
第4点で指摘した外国為替市場のスルーは、「リブラ」の登場が、国家の外貨準備にも影響を与えることを示唆しています。既存の国際決済システムでは、複雑な貿易為替決済メカニズムを介して国家の国庫に外貨準備が積み上ります。このため、米中貿易戦争の一因ともなりましたように、貿易収支の黒字国程外貨準備の額も増えるのですが、国境を越えた直接的な送金や決済が可能となる「リブラ」ではこのメカニズムは働きません。外貨準備は市中への通貨供給量に直接的な影響を与えますし、ODAといった政府の対外融資政策や中国のAIIBの設立に見られるような国際経済戦略の権限とも直結します。「リブラ」の国際送金・決済機能から第5に指摘すべき点は、外貨準備、並びに、これに関連する政策権限が消滅しかねないことです。既存の国際通貨システムを無効化しかねないわけですから、ビットコインや「リブラ」に対するIMFの好意的な態度は、自らの存在意義を自ら否定するようなものなのです。
第6点としては、仮に、「リブラ」のシステムに脆弱性があり、マネーロンダリングや不正送金等の温床となった場合、誰が取締りに当たるのか、という警察権限の問題を挙げることができます。フェイスブックは、自らが運営する交流サイトにあって個人の言論に対する私的検閲権を行使するようになりましたが、同様の事態が「リブラ」にあっても発生する可能性があります。犯罪や不正行為を効果的に取締ろうとすれば、否が応でもプラットフォームを構築した運営主体が主とならざるを得ないからです。おそらく、「リブラ」では、交流サイトと同様に犯罪防止を根拠として全世界から「リブラ」に関するあらゆる取引情報を収集し、それを自らのビジネス、あるいは、利益に結びつけようとすることでしょう。
フェイスブックは、既に社会面において個々人の情報を収集・統制していますが、今後、政治、即ち、国家を巧みに排除しつつ、国家の権限を侵食しながら経済分野にも進出するとなりますと、その脅威は現在の比ではありません。「リブラ構想」が実現すれば、行く行く先には「リブラ」の発行・運営主体が‘全世界の中央銀行’となると共に(「リブラ」の発行額が一定以上に達した時点で、‘ステーブル・コイン’を止めるかもしれない…)、‘情報を制する者が世界を制する’の言葉通りに、全世界、あるいは、全人類を支配しかねないのですから。フェイスブックやスマートフォンのように、ユーザーに高い利便性を与える、あるいは、逆に政府とも組んで不使用者に不利益を与えるといった手法を用いれば、予想以上のスピードで‘リブラ圏’が全世界規模で広がる可能性も否定はできません。一民間機関に国家、並びに、国民の命運を左右する重大な政策権限の移譲を迫る構想は、やはり認めるべきではないと思うのです。
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第一に「リブラ」によって浸食される国家の権限は、言わずもがな、通貨発行権です。今日、管理通貨制度を採用している国家では、政府紙幣ではなく、中央銀行券を以って通貨を市中に提供しています。その主たる手段は公開オペレーションの一種である買いオペであり、金融機関から期限付きで債権を買い取ることで、通貨を事実上‘発行’しているのです。一方、「リブラ」では、金融機関から債権を買い取るのではなく、個々人から米ドルやユーロ等の既存通貨を「リブラ」で買い取ることで「リブラ」を‘発行’します。両者の間には‘金融機関か個人か’、及び、‘債権か既存通貨か’の違いはありますが、通貨発行という機能の本質においては変わりはないのです。
第2に関連して国家が侵食を受ける第2の権限は通貨供給量の調整に関する金融政策の権限です。何故ならば、上述した公開市場操作こそ、リーマンショック後の量的緩和策が示すように、中央銀行が通貨供給量を増減させる最も有効な手段であるからです(公定金利や最低準備率の調整には公開市場操作程の効果はない…)。つまり、既存の金融機関と平行して「リブラ」が通貨供給量を増やせば、国家の中央銀行の金融政策効果は薄まりかねないのです。最悪の場合には、国家の中央銀行が景気引き締め策として市中から売りオペで通貨を回収する一方で、通貨回収機能を持たない「リブラ」は逆に通貨供給量を増やし続けるかもしれません(なお、仮に、「リブラ」が‘自己資本’を準備として通貨を発行するならば、その額が上限となる…)。そして、既存通貨と「リブラ」の混在は、同時に国家を枠組みとした‘単一通貨圏’の崩壊をも意味するのです。
第3に、「リブラ」の登場によって中央銀行の買いオペの規模が縮小すれば、政府の財政政策にも影響を及ぼします。何故ならば、政府は、歳入不足を公債の発行を以って補うことが難しくなるからです。つまり、中央銀行による国債や公債の買い取りに期待できなくなりますので、公債発行額を減らさなければならないのです。
第4に、「リブラ」の登場は、外国為替政策に関する権限も影響を与えることでしょう。変動相場制への移行以来、各国政府は、外国為替市場に市場介入を行う権限を得るようになりました。自国通貨安の方が輸出に有利ですし、逆に、輸入依存型の国では自国通貨高に相場を誘導する方が望ましかったからです。しかしながら、近年、アメリカは、外国為替市場に介入する政府を‘為替操作国’と認定し、こうした行為を止めさせています。つまり、外国為替政策の権限は封じられている状態にあるのですが、外国為替市場を介さない「リブラ」は、国家の外国為替政策とは無縁の世界にあります。
ならば、「リブラ」の登場によって外国為替政策は何らの影響をも受けないにも思えるのですが、報道に依りますと、「リブラ」の運営主体は、「リブラ」をビットコインのような投機から護り、価値を安定化させるために、自らの資産を活用すると説明しているそうです。詳細は分からないのですが、おそらく、「リブラ」の流通開始と共に開設が予測される「リブラ」取引所、あるいは、「リブラ」市場に対して、運営主体が自らの資金を以って介入することを意味するものと推測されます。言い換えますと、「リブラ」相場の決定権は「リブラ」の運営主体にあり、如何様にも操作できることとなるのです。既存の外国為替市場において政府介入が事実上禁じられていても、「リブラ」にあっては運営主体という一民間団体が、相場の安定を‘大義名分’として「リブラ」市場に無制限に介入できるのです。もっとも、資産を用いた「リブラ」の価値安定化につきましてはバスケット通貨制を採用するとの説もあり、この場合には、固定相場制となります。固定相場制であっても、「リブラ」の運営主体が相場の決定権を有することには変わりはありません。
第4点で指摘した外国為替市場のスルーは、「リブラ」の登場が、国家の外貨準備にも影響を与えることを示唆しています。既存の国際決済システムでは、複雑な貿易為替決済メカニズムを介して国家の国庫に外貨準備が積み上ります。このため、米中貿易戦争の一因ともなりましたように、貿易収支の黒字国程外貨準備の額も増えるのですが、国境を越えた直接的な送金や決済が可能となる「リブラ」ではこのメカニズムは働きません。外貨準備は市中への通貨供給量に直接的な影響を与えますし、ODAといった政府の対外融資政策や中国のAIIBの設立に見られるような国際経済戦略の権限とも直結します。「リブラ」の国際送金・決済機能から第5に指摘すべき点は、外貨準備、並びに、これに関連する政策権限が消滅しかねないことです。既存の国際通貨システムを無効化しかねないわけですから、ビットコインや「リブラ」に対するIMFの好意的な態度は、自らの存在意義を自ら否定するようなものなのです。
第6点としては、仮に、「リブラ」のシステムに脆弱性があり、マネーロンダリングや不正送金等の温床となった場合、誰が取締りに当たるのか、という警察権限の問題を挙げることができます。フェイスブックは、自らが運営する交流サイトにあって個人の言論に対する私的検閲権を行使するようになりましたが、同様の事態が「リブラ」にあっても発生する可能性があります。犯罪や不正行為を効果的に取締ろうとすれば、否が応でもプラットフォームを構築した運営主体が主とならざるを得ないからです。おそらく、「リブラ」では、交流サイトと同様に犯罪防止を根拠として全世界から「リブラ」に関するあらゆる取引情報を収集し、それを自らのビジネス、あるいは、利益に結びつけようとすることでしょう。
フェイスブックは、既に社会面において個々人の情報を収集・統制していますが、今後、政治、即ち、国家を巧みに排除しつつ、国家の権限を侵食しながら経済分野にも進出するとなりますと、その脅威は現在の比ではありません。「リブラ構想」が実現すれば、行く行く先には「リブラ」の発行・運営主体が‘全世界の中央銀行’となると共に(「リブラ」の発行額が一定以上に達した時点で、‘ステーブル・コイン’を止めるかもしれない…)、‘情報を制する者が世界を制する’の言葉通りに、全世界、あるいは、全人類を支配しかねないのですから。フェイスブックやスマートフォンのように、ユーザーに高い利便性を与える、あるいは、逆に政府とも組んで不使用者に不利益を与えるといった手法を用いれば、予想以上のスピードで‘リブラ圏’が全世界規模で広がる可能性も否定はできません。一民間機関に国家、並びに、国民の命運を左右する重大な政策権限の移譲を迫る構想は、やはり認めるべきではないと思うのです。
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