万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

混沌とする横浜市長選挙-選挙制度改革が必要では?

2021年08月20日 12時59分37秒 | 日本政治

 投票日を明後日の8月22日に控えた横浜市長選挙は、8人の立候補者が乱立したことにより、予測困難な状況にあるようです。新聞紙半面程の選挙公報に掲載された僅かな候補者情報では判断は難しく、迷いに迷っている横浜市民も少なくないはずです。もっとも、小此木八郎氏の立候補による菅政権に対する信任投票という意味合いに加え、林文子現市長が推進してきたカジノの是非が重要な争点となっていることは確かなことです。

 

 IR誘致に関する世論調査によりますと、凡そ7割の有権者が反対の意向を示しています。仮に、横浜市にあって住民投票を実施すれば、間違いなくIR構想は中止を余儀なくされたことでしょう。そして、今般の市長選挙もIRの是非が問われる争点選挙と化していますので、世論は明らかにIR反対である以上、IR推進の立場を表明している候補者の当選は相当に難しくなります。与党陣営にあって候補者を林氏一本に絞っていたならば、圧倒的な票差で野党側の候補者が当選する展開もあり得たことでしょう。

 

 ところが、今般の選挙にあって、与党側は小此木氏を立候補させています。しかも、カジノのみならずIRそのものにも誘致反対の立場というのですから、横浜市民も驚く意外な展開となったのです(林市長のIR誘致への転換は、背後に菅首相の意向があったと言われているにもかかわらず…)。もっとも、与党側が敢えて分裂選挙に臨んだのは、反カジノの世論を読んだ高等戦術であったとする見方も成り立ちましょう。野党側に流れ込むはずであった無党派層を含めた反カジノ票を、一部ではあれ、与党側に呼び込むことができ、野党側の候補者の当選を阻止することができるからです。

 

 しかも、野党側にあって複数の候補者が立候補すれば、それだけ、与党側の候補者が当選する可能性は格段に高まります。公職選挙法によれば、地方自治体の長を選出する選挙における法定得票数は、有効投票総数の4分の1、即ち、25%であるからです。有権者の20%から30%程度は存在するIR推進派の票が林市長に集中する一方で、反IR派の保守層の票が小此木氏に向かえば、どちらの候補者にも当選の可能性があります。法定得票数である25%は、逆風下にある林現市長でも、支持率の低下が下げ止まらない菅政権をバックとしている小此木候補でも、当選を果たすことができる数字なのです。即ち、何れにしましても、与党側は、横浜市長のポストを保持できます。これこそ、与党側が描いた最も望ましいシナリオなのでしょう。

 

 案の定、現実を見ますと、反カジノを訴える野党側の候補者は乱立しています。このことは、上述したようにカジノ推進派が結集する形で林市長が再選されるともなれば、多数派となる反カジノの世論とは逆の結果がもたらされる事態も否定はできません。争点選挙であったが故に、この皮肉な結果に多くの市民が落胆する、あるいは、憤慨することにもなりかねないのです。仮に、このような展開になりますと、今般の横浜市長選挙は、民主的制度が必ずしも民主主義を実現しない悪しき前例ともなりましょう(争点選挙にあって大多数が反対する政策を推進する候補者が、制度に援けられて当選してしまうという問題…)

 

 今後の行方は、投票並びに開票結果を待つしかありませんが、この問題、選挙制度の問題でもあるように思えます(小選挙区制でも同様の問題は起こり得る…)。何れの候補者の得票数共に25%に達しない場合に行われる再選挙に際しては、実のところ立候補に制限がなく、最初の選挙における全候補者の外にも新規に立候補することもできるそうです(因みに、フランスの大統領選挙にあっては、最初の投票にあって50%以上の得票数を獲得した候補者がいない場合、上位2名が決選投票を行う…)。このため、法定得票数となる25%以上の得票数を獲得する候補者が現れない限り、再選挙を繰り返すことも予測されます。今般の横浜市長選挙は、現行の制度に内在する欠陥を浮き彫りとしたのですから、より善き民主的選挙制度に向けて公職選挙法の改正こそ急ぐべきではないかと思うのです。


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