ギルベルトは名前を変えて、小さな島の学校で教師と農作業の手伝いをしながら生きていた。戦争に行った島の男たちは一人も帰らず、老人と女と子どもしか残らなかった。片目と片腕は失ったが、島には貴重な男手で、教養があり、体力もあり、ブドウの運搬用のロープウェイを作る技術もあり、島には欠かせない人間になっている。
しかしギルベルトは、雨の中、自宅に会いに来たヴァイオレットを「帰ってくれ」と拒絶する。冷たい雨で全身濡れ鼠のヴァイオレット、暖炉の鍋の煮えたぎるお湯を見つめるギルベルト。ヴァイオレットを冷たく拒絶しながら、しかし熱情が煮えたぎっている。泥だらけの道の轍を流れていく雨水は二手に分かれていき、今は交わることのない二人の思いを示している。
「私は君を傷つけた。私は幼い君を戦場に駆り立て、私のために君は両腕を失った」というギルベルトの言葉を聞いて、ドアを必死にノックし、少佐の名を呼び続けたヴァイオレットは、一歩下がる。「少佐は後悔してらっしゃるのですね。今の私には、少佐の気持ちがわかるのです」というと、鞄を置いたまま走って立ち去ってしまう。しかし、いかに優秀な元軍人でもハイヒールだ。道で転んで、ぬかるみの中で泣きじゃくるヴァイオレットが痛々しい。
一夜の宿を貸してもらった、郵便局を兼ねた灯台のベッドに腰かけたまま、ヴァイオレットは呆然としている。そこにモールス通信で電報が届く。病院から郵便社に、ユリスの危篤を伝えるものだった。
彼女は何か大切なものを思い出したように、ベッドから立ち上がる。瞳からこぼれた涙が、床に落ちて玉になって転がる。灯台のライトが窓を照らす。絶望のどん底に落ちて、闇の中にうずくまっていたヴァイオレットが、意志を取り戻した瞬間だった。
「今からライデンに戻ります」
嵐の中、船が出るのは早くても明日の朝である。それでも彼女は帰るという。ギルベルトに会いたくないのかといわれ、「会いたいです!でも、ユリス様と指切りをしたのです。もう一通、約束のお手紙も書けておりません」とヴァイオレットは声を張り上げる。ギルベルトのことで頭がいっぱいで、ユリスとの約束を忘れていた自分を責めずにはおられない。
しかし「ライデンまで三日はかかる」と聞いて、一瞬あきらめかけるも、冷静さを取り戻したヴァイオレットは、電信機に気づく。郵便社に電報を打ち、ベネディクトの運転で、アイリスがユリスの下へ向かい、リュカへの手紙を書き、両親と弟に手紙を届けることになる。二人は何とかいまわの際に間に合った。
「郵便社の人よ」という母の言葉に、
「ヴァイオレット?」と尋ねるユリス。
「アイリスよ。ヴァイオレットは今、大切な人に会いに行って、遠いところにいるの」
「大切な人って、『あいしてる』を教えてくれた人?」
「そうよ」
「生きていたんだ。よかった」
自分の命の瀬戸際に、ヴァイオレットを思いやり、その幸せを喜ぶユリスに、アイリスも涙ぐみつつ、
「話は聞いてるわ。リュカ君に手紙を書くんでしょ」
アイリスがタイプライターを取り出したところで、ユリスは発作を起こし、もう手紙を書くやり取りを行うのはむずかしそうだ。アイリスは、あの「いけすかない機械」、ドールを失業させるかもしれない、電話の存在を思い出す。ベネディクトが車を走らせ、リュカをピックアップすると、電話のあるお邸に無理矢理乗り込み、病院に電話をつなぐ。
両親と弟に手紙は渡せたが、リュカへの手紙は間に合わなかったと聞いて、ヴァイオレットは絶望しかけるが、しかし電話で「ごめん」と「ありがとう」を最後に直接伝えることができたと知って、心の底から安堵する。そして、ヴァイオレットが大切な人に会えたと聞いてユリスが喜んでいたと聞いて、
「あす帰ります。帰って手紙を書きます」と、涙を浮かべながら、しかし晴れやかな笑顔でいう。少佐は生きていて、声も聞くことができた。自分はもうそれだけで充分だ、と。リュカに来るなと言ったユリスの気持ちも、ヴァイオレットを拒絶したギルベルトの気持ちも、今の自分にはわかる。
『外伝』のテイラーはまどか役の悠木碧さん、本作のユリスはマミさん役の水橋かおりさんが演じた。『叛逆の物語』で、まどかとマミさんが「ティロ・デュエット!」とナイトメアに拘束魔法の攻撃をかける場面がある。まどマギファンには、ギルベルトを拘束魔法で麻袋に詰めて、ヴァイオレットの前に放り出した、そんな風に見えてしまう。