[今回のテクスト]
『こう読めば面白い! フランス流日本文学 -子規から太宰まで-』柏木隆雄(阪大リーブル)
[1]第四章 菊池寛とバルザック -『真珠夫人』をめぐって
[登場人物]
五十鈴れん
15歳の中学3年生。小さいときから内気で、人と話すことは苦手。好きなことは、文章を書くこと、絵を描くこと。将来の夢は、「エッセイストの人」。今はKindleで青空文庫の菊池寛を読むのが気に入っている。
五十鈴九郎(お父さん)
このブログの主。ひとり娘のれんを溺愛する、コロナ禍で隔日勤務の会社員。菊池寛はあまり読んだことがなかった。
お父さん ただいま…。れんちゃん今日は早かったんだね。
れん ただいま、お帰りなさい。お買い物に、行っていた…の?
お父さん 昼ご飯に焼きそばを作ったんだけれど、冷凍シーフードが切れていてね。ちゃんぽんは、お母さんのお酒の〆の定番だから、欠品は許されないのだよ。
れん お疲れ様です…はぃ。
お父さん 電子書籍を読んでいたのか。れんちゃんがKindleで読書するの、珍しいね。
れん 青空文庫…だよ…。文字だけなら、iPadより、読みやすい…から。
いまは、『真珠夫人』…読んでる…。柏木先生のご本を読んで、菊池寛さんの作品、もっとたくさん読みたい、と、思ったから…。
お父さん おお父さんさんは、『恩讐の彼方に』も、教科書に載ってたダイジェストしか知らないな。れんちゃんも、初めて?
れん 『藤十郎の恋』は前に読んだ…よ。芸のためなら女の人も犠牲にしちゃう藤十郎さんが、私は、好きになれなかった…けど、大衆演劇に夢中なまどかぉ姉さんの気持ちがわかるような気がした…よ。役者さんのこと、ばかとか、けだものとか、最低とか、もうファンやめるっていってたのに、こないだも高いぉ着物プレゼントして、詢子ぉばさんに叱られていました…はぃ。
お父さん ああ。まどちゃん、あの子は何やってるんだ。アイドルの次は、役者か。
れん はぃ。今は、コロナで公演できないから、ライブ配信したり、クラウドファンディングしたり、大忙しみたい…だよ?
お父さん いや、そういうのが、聞きたいんじゃなくって……まあ、いいか。
しかし、ベストセラー作家の菊池寛と、先生がご専門のバルザック。これは最高の取り合わせで、この本でいちばん美味しい、肝の部分だね。
れん 青空文庫には、『身投げ救助業』も入っていた…よ。ぅれしい…な!
お父さん あの語りだしは、みごとだねえ。当時完成まもない岡崎公園と琵琶湖疎水を、京都の自殺名所に仕立てちゃった。
テレビもネットもない時代だから、東京の読者は信じちゃったろうね。今でも、京都を知らない人は、このまことしやかな書き出しに、そんなものか、と、読み流してしまうだろうな。鴨川の水深があんなに浅いなんて、関西に来るまで、知らなかった。
れん 鴨川デルタの飛び石、楽しかった…な…。今はぉ出かけはできない…けれど、いつか友達と、行きたい…な。
でもね…えっと…ね…京都の自殺の名所…といえば…ですね、宇治の天ヶ瀬ダムは、その頃、まだ無かった…と、思う…けれど…、嵐山の千鳥ヶ淵は、昔から、有名?…じゃなかったの…かな? 『平家物語』の横笛さんが、身投げした場所…なのに…。
お父さん れんちゃん、ときどき変なことに詳しいよね。コロナが収束したら、企画案が没になった『関西の心霊スポットベスト100』の名所めぐりにでも出かけようか?
それはさておき、宇治も嵐山も、洛外だから狭義の「京都」には当てはまらなかったのかもしれないね。
嵐山は行ったね。保津川下りしたとき、終点近くで、岸辺の茶屋に船が停泊して、みたらし団子食べたの、覚えてる? あの近くに、横笛が身を投げた千鳥ヶ淵があるんじゃないかと思うよ。
れん …!…ぉ団子を、食べて、ぃる、場合では、なかった…のだ…。横笛さん、気づかず、ごめんなさい…。
お父さん お団子は食べようよ。それにあの時まだ小学5年生で、『平家』は読んでなかったろ?
しかし、あのあたり、岩だらけで、身投げ救助のつもりが、足を滑らせて水の中に落っこちちゃいそうだね。これは命がけだ。非力なおばあちゃんでも、疎水に流れてきた人を、ヒョイと物干し竿で吊り上げて、濡れ手に粟の商売をしているところに、この作品のおかしみがあるんじゃないかな。
柏木先生は、本作は、芥川龍之介が今昔物語に取材した『羅生門』や『鼻』に触発された可能性を指摘されているね。
芥川は今昔物語の世界を現代的視点で再解釈したけれど、菊池寛は今昔物語の世界を現代に移し替えた。しかし、『身投げ救助業』のほうが、いま読んでも古びた感じがしないね。
れん ぅん…!『真珠夫人』も!
お父さん わざわざ青空文庫で探し出して、どんなところが、面白そうだったの?
れん タクシーが、事故に遭って…一緒に、乗り合わせた、見知らぬ青年に、ですね、ノートと、腕時計を託されて、「瑠美子」と最後に呟いて、…こと切れてしまう、この導入部が、ですね…、続きが…すごく、気になりました…!…はぃ。いまは…興奮のドキドキで…鼓動が速くなってます!
ぉお父さんさんと観た、ヒッチコックさんの、巻き込まれ型サスペンス、と、いうのでしょうか?…。白蓮さんの話も、出てくるので、ますます、興味が、出ました…はぃ。元になったらバルザックさよの『ことづて』も読んでみたい、です…はぃ。
お父さん 「白蓮事件」は、この小説の、新聞連載が、終わってからだけれど、連載当時から「真珠夫人のモデルは柳原白蓮」と噂されていたというのも、さすがベストセラー作家は違うね。ベストセラーは、そうした偶然や幸運も含めて、何かしら「持って」いるらしい。
れん はぃ。『花子とアン』で白蓮を演じた仲間由紀恵さん、かっこよかった…なぁ…。憧れ…です…はぃ!
ぁ、そうだ…このページの付箋の、「片山廣子」さんって、だれ…でしょうか?
お父さん 片山廣子は、『花子とアン』には出てこなかったけれど、村岡花子に童話を書くことを勧めた、東洋英和女学院の先輩にあたる歌人だよ。堀辰雄の『菜穂子』『聖家族』のヒロインのモデルになった女性の母親でもある。
芥川の絶筆になった『或阿呆の一生』の「彼と彼と才力の上にも格闘出来る女に遭遇した」に出てくる「女」が、片山廣子なんだ。お互いに尊敬し合う、プラトニックな関係だったようだけれど、芥川の「最後の恋人」といわれたりしているね。
アイルランド文学、ケルト文学の翻訳者、紹介者でもあった。れんちゃんも読んだフィオナ・マクラウドの『かなしき女王 ケルト幻想文学集』を訳した「松村みね子」は、片山廣子のペンネームなんだ。
れん 『かなしき女王』読んだ…よ!…はぃ!『ソング・オブ・ザ・シー』が大好きで、何度も繰り返し観てたら、ぉお父さんが貸してくれたんだよ…ね…。あの映画と同じ、ぁざらし人間の女の子のぉ話が、好きだった…よ。
お父さん 映画は母親がアザラシで、小説は父親がアザラシだったね。同じケルト神話でも、地方によりバリエーションがあるようだね。
れん ぁのご本を訳した片山廣子さん、村岡花子さんの先輩だった…んだね。そんな昔に訳された本だなんて思わなかった…よ。
お父さんそう、片山廣子は 『天上の虹』の額田王のように、いつまでも若々しく、年齢も時代も感じさせない天才歌人だね。本当にいい歌を詠み、いい文章を書く人なんだ。エッセイ集の『燈火節』は、会社に置いてあるから、今度持って帰ってこよう。
そうだ。ケルト文学の話をしたついでに、羊肉はないけれど牛肉はあるから、今夜はアイリッシュ風シチューにしようか。
れん ぅん……!手伝う!
結局、あつあつビーフシチューパイになりました…はぃ。
『こう読めば面白い! フランス流日本文学 -子規から太宰まで-』柏木隆雄(阪大リーブル)
[1]第四章 菊池寛とバルザック -『真珠夫人』をめぐって
[登場人物]
五十鈴れん
15歳の中学3年生。小さいときから内気で、人と話すことは苦手。好きなことは、文章を書くこと、絵を描くこと。将来の夢は、「エッセイストの人」。今はKindleで青空文庫の菊池寛を読むのが気に入っている。
五十鈴九郎(お父さん)
このブログの主。ひとり娘のれんを溺愛する、コロナ禍で隔日勤務の会社員。菊池寛はあまり読んだことがなかった。
お父さん ただいま…。れんちゃん今日は早かったんだね。
れん ただいま、お帰りなさい。お買い物に、行っていた…の?
お父さん 昼ご飯に焼きそばを作ったんだけれど、冷凍シーフードが切れていてね。ちゃんぽんは、お母さんのお酒の〆の定番だから、欠品は許されないのだよ。
れん お疲れ様です…はぃ。
お父さん 電子書籍を読んでいたのか。れんちゃんがKindleで読書するの、珍しいね。
れん 青空文庫…だよ…。文字だけなら、iPadより、読みやすい…から。
いまは、『真珠夫人』…読んでる…。柏木先生のご本を読んで、菊池寛さんの作品、もっとたくさん読みたい、と、思ったから…。
お父さん おお父さんさんは、『恩讐の彼方に』も、教科書に載ってたダイジェストしか知らないな。れんちゃんも、初めて?
れん 『藤十郎の恋』は前に読んだ…よ。芸のためなら女の人も犠牲にしちゃう藤十郎さんが、私は、好きになれなかった…けど、大衆演劇に夢中なまどかぉ姉さんの気持ちがわかるような気がした…よ。役者さんのこと、ばかとか、けだものとか、最低とか、もうファンやめるっていってたのに、こないだも高いぉ着物プレゼントして、詢子ぉばさんに叱られていました…はぃ。
お父さん ああ。まどちゃん、あの子は何やってるんだ。アイドルの次は、役者か。
れん はぃ。今は、コロナで公演できないから、ライブ配信したり、クラウドファンディングしたり、大忙しみたい…だよ?
お父さん いや、そういうのが、聞きたいんじゃなくって……まあ、いいか。
しかし、ベストセラー作家の菊池寛と、先生がご専門のバルザック。これは最高の取り合わせで、この本でいちばん美味しい、肝の部分だね。
れん 青空文庫には、『身投げ救助業』も入っていた…よ。ぅれしい…な!
お父さん あの語りだしは、みごとだねえ。当時完成まもない岡崎公園と琵琶湖疎水を、京都の自殺名所に仕立てちゃった。
テレビもネットもない時代だから、東京の読者は信じちゃったろうね。今でも、京都を知らない人は、このまことしやかな書き出しに、そんなものか、と、読み流してしまうだろうな。鴨川の水深があんなに浅いなんて、関西に来るまで、知らなかった。
れん 鴨川デルタの飛び石、楽しかった…な…。今はぉ出かけはできない…けれど、いつか友達と、行きたい…な。
でもね…えっと…ね…京都の自殺の名所…といえば…ですね、宇治の天ヶ瀬ダムは、その頃、まだ無かった…と、思う…けれど…、嵐山の千鳥ヶ淵は、昔から、有名?…じゃなかったの…かな? 『平家物語』の横笛さんが、身投げした場所…なのに…。
お父さん れんちゃん、ときどき変なことに詳しいよね。コロナが収束したら、企画案が没になった『関西の心霊スポットベスト100』の名所めぐりにでも出かけようか?
それはさておき、宇治も嵐山も、洛外だから狭義の「京都」には当てはまらなかったのかもしれないね。
嵐山は行ったね。保津川下りしたとき、終点近くで、岸辺の茶屋に船が停泊して、みたらし団子食べたの、覚えてる? あの近くに、横笛が身を投げた千鳥ヶ淵があるんじゃないかと思うよ。
れん …!…ぉ団子を、食べて、ぃる、場合では、なかった…のだ…。横笛さん、気づかず、ごめんなさい…。
お父さん お団子は食べようよ。それにあの時まだ小学5年生で、『平家』は読んでなかったろ?
しかし、あのあたり、岩だらけで、身投げ救助のつもりが、足を滑らせて水の中に落っこちちゃいそうだね。これは命がけだ。非力なおばあちゃんでも、疎水に流れてきた人を、ヒョイと物干し竿で吊り上げて、濡れ手に粟の商売をしているところに、この作品のおかしみがあるんじゃないかな。
柏木先生は、本作は、芥川龍之介が今昔物語に取材した『羅生門』や『鼻』に触発された可能性を指摘されているね。
芥川は今昔物語の世界を現代的視点で再解釈したけれど、菊池寛は今昔物語の世界を現代に移し替えた。しかし、『身投げ救助業』のほうが、いま読んでも古びた感じがしないね。
れん ぅん…!『真珠夫人』も!
お父さん わざわざ青空文庫で探し出して、どんなところが、面白そうだったの?
れん タクシーが、事故に遭って…一緒に、乗り合わせた、見知らぬ青年に、ですね、ノートと、腕時計を託されて、「瑠美子」と最後に呟いて、…こと切れてしまう、この導入部が、ですね…、続きが…すごく、気になりました…!…はぃ。いまは…興奮のドキドキで…鼓動が速くなってます!
ぉお父さんさんと観た、ヒッチコックさんの、巻き込まれ型サスペンス、と、いうのでしょうか?…。白蓮さんの話も、出てくるので、ますます、興味が、出ました…はぃ。元になったらバルザックさよの『ことづて』も読んでみたい、です…はぃ。
お父さん 「白蓮事件」は、この小説の、新聞連載が、終わってからだけれど、連載当時から「真珠夫人のモデルは柳原白蓮」と噂されていたというのも、さすがベストセラー作家は違うね。ベストセラーは、そうした偶然や幸運も含めて、何かしら「持って」いるらしい。
れん はぃ。『花子とアン』で白蓮を演じた仲間由紀恵さん、かっこよかった…なぁ…。憧れ…です…はぃ!
ぁ、そうだ…このページの付箋の、「片山廣子」さんって、だれ…でしょうか?
お父さん 片山廣子は、『花子とアン』には出てこなかったけれど、村岡花子に童話を書くことを勧めた、東洋英和女学院の先輩にあたる歌人だよ。堀辰雄の『菜穂子』『聖家族』のヒロインのモデルになった女性の母親でもある。
芥川の絶筆になった『或阿呆の一生』の「彼と彼と才力の上にも格闘出来る女に遭遇した」に出てくる「女」が、片山廣子なんだ。お互いに尊敬し合う、プラトニックな関係だったようだけれど、芥川の「最後の恋人」といわれたりしているね。
アイルランド文学、ケルト文学の翻訳者、紹介者でもあった。れんちゃんも読んだフィオナ・マクラウドの『かなしき女王 ケルト幻想文学集』を訳した「松村みね子」は、片山廣子のペンネームなんだ。
れん 『かなしき女王』読んだ…よ!…はぃ!『ソング・オブ・ザ・シー』が大好きで、何度も繰り返し観てたら、ぉお父さんが貸してくれたんだよ…ね…。あの映画と同じ、ぁざらし人間の女の子のぉ話が、好きだった…よ。
お父さん 映画は母親がアザラシで、小説は父親がアザラシだったね。同じケルト神話でも、地方によりバリエーションがあるようだね。
れん ぁのご本を訳した片山廣子さん、村岡花子さんの先輩だった…んだね。そんな昔に訳された本だなんて思わなかった…よ。
お父さんそう、片山廣子は 『天上の虹』の額田王のように、いつまでも若々しく、年齢も時代も感じさせない天才歌人だね。本当にいい歌を詠み、いい文章を書く人なんだ。エッセイ集の『燈火節』は、会社に置いてあるから、今度持って帰ってこよう。
そうだ。ケルト文学の話をしたついでに、羊肉はないけれど牛肉はあるから、今夜はアイリッシュ風シチューにしようか。
れん ぅん……!手伝う!
結局、あつあつビーフシチューパイになりました…はぃ。