能登半島地震では石川県を中心に多くの観光、文化施設も大きな被害を受けた。兼六園は1月5日から再開したと出ていたが、隣接する金沢城公園は閉鎖しているとある。近年高い人気を誇ってきた金沢21世紀美術館も臨時閉館している。能登半島地域でも、もちろん文化施設は壊滅的な状況になっている。仲代達矢主宰の無名塾が作った能登演劇堂も閉鎖しているし、金沢城と並んで日本百名城に選ばれている七尾城も立ち入らないようにと告知されている。「輪島の朝市」の場所は周知のように火事で焼失したし、有名な「千枚田」も地割れが生じていて、今後も続いていけるかどうか非常に心配だ。
(千枚田の被害)
さて、このような観光地(能登国定公園に指定されている)の場合、自分もいつ観光客として被災するかもしれない。能登半島ではかつては輪島や珠洲まで鉄道が通じていたが、とっくに廃線になっている。かろうじて七尾市の和倉温泉まで七尾線が残っている。となると自家用車、レンタカー、バス(観光バスも含め)などで観光することになる。その時に休むところとして「道の駅」がある。全国で1209箇所も整備されている。この「道の駅」を防災拠点として整備するべきだと寺島実郎氏が書いていて、なるほどなと思った。もっとも調べてみると、それは政府もすでに考えていて、今回も「道の駅」が避難所になっているところもある。
(「道の駅千枚田ポケットパーク」から見た千枚田)
石川県には29も「道の駅」があり、能登半島にも多い。ちょっと書き出してみると、輪島市4(千枚田ポケットパーク、赤神、輪島、のと里山空港)、珠洲市3(すず塩田村、狼煙、すずなり)、七尾市4(いおり、なかじまロマン峠、のとじま、能登食祭市場)、能登町1(桜峠)、志賀町2(とぎ海街道、ころ柿の里しか)、穴水町1(あなみず)、中能登町1(織姫の里なかのと)と能登半島には「道の駅」がずいぶん作られている。
(「道の駅すず塩田村」)
もっとも「道の駅」にも大小があり、あまり大きくないところもある。だがその地域の中では一番トイレが充実していることが多いと思う。日本各地にたくさんの郷土博物館とか美術館などがあるが、入っても他に見物客はいず、トイレに行っても男子用小が2つ程度というところが多い。公民館なんかは入らないから知らないけど、地元の東京だってそれほどトイレが多くはない。それに比べて「道の駅」はきれいなトイレが整備されていることが多く、安心して利用出来るのである。
(「道の駅能登食祭市場」)
「道の駅」は1991年に実験的に3箇所が作られ、正式には1993年から全国に整備されてきた。従って2023年で30周年になった。今では有名な「道の駅」そのものを目的に旅行する人もいるし、海外にも広がっている。Wikipediaを見ると、「道の駅」に登録出来る条件として「無料で利用できる十分な容量の駐車場と清潔な便所(トイレ)があり、それらの施設がバリアフリーの経路で結ばれていること」「「子育て応援施設」としてオムツ替え台や授乳スペースなどのベビーコーナーを備えていること」等が定められている。そして、東日本大震災後には防災機能の充実が定められ、「広域防災拠点として、建物の耐震化や無停電化のための非常用電源の設置、衛星電話設備の整備を行う防災道の駅」として39箇所が指定されたという。
今回の災害を見ていて、当然当初の揺れによる家屋倒壊、大きな津波、火災などから逃げないと行けないわけだが、どんな大地震、あるいは集中豪雨、火山噴火などでも全住民が亡くなるわけではない。生き残って避難所に行くわけだが、まあ「水」と「食料」と「電気」が大切である。それは誰でも知っているわけだが、その後「トイレ」という大問題が起きるのである。今はトイレも水道、下水道、電気がないと使えないわけだ。大昔の汲み取り便所なんて日本中どこにもないんだろう。それを考えると、地方でもっともトイレが整備されている「道の駅」の役割は大きいと思う。
しかし、電気は自家発電や大規模な蓄電施設などで当面の間は賄えるかもしれないが、水道の供給が止まるとなかなか難しい。そこまで整備するのはなかなか難しいかもしれないが、仮設トイレを作るとしても「道の駅」は広いから役立つだろう。公民館、学校なども大切だが、「道の駅」を防災拠点として整備することは今後もっともっと重要になってくるのは間違いない。
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さて、このような観光地(能登国定公園に指定されている)の場合、自分もいつ観光客として被災するかもしれない。能登半島ではかつては輪島や珠洲まで鉄道が通じていたが、とっくに廃線になっている。かろうじて七尾市の和倉温泉まで七尾線が残っている。となると自家用車、レンタカー、バス(観光バスも含め)などで観光することになる。その時に休むところとして「道の駅」がある。全国で1209箇所も整備されている。この「道の駅」を防災拠点として整備するべきだと寺島実郎氏が書いていて、なるほどなと思った。もっとも調べてみると、それは政府もすでに考えていて、今回も「道の駅」が避難所になっているところもある。
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石川県には29も「道の駅」があり、能登半島にも多い。ちょっと書き出してみると、輪島市4(千枚田ポケットパーク、赤神、輪島、のと里山空港)、珠洲市3(すず塩田村、狼煙、すずなり)、七尾市4(いおり、なかじまロマン峠、のとじま、能登食祭市場)、能登町1(桜峠)、志賀町2(とぎ海街道、ころ柿の里しか)、穴水町1(あなみず)、中能登町1(織姫の里なかのと)と能登半島には「道の駅」がずいぶん作られている。
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もっとも「道の駅」にも大小があり、あまり大きくないところもある。だがその地域の中では一番トイレが充実していることが多いと思う。日本各地にたくさんの郷土博物館とか美術館などがあるが、入っても他に見物客はいず、トイレに行っても男子用小が2つ程度というところが多い。公民館なんかは入らないから知らないけど、地元の東京だってそれほどトイレが多くはない。それに比べて「道の駅」はきれいなトイレが整備されていることが多く、安心して利用出来るのである。
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「道の駅」は1991年に実験的に3箇所が作られ、正式には1993年から全国に整備されてきた。従って2023年で30周年になった。今では有名な「道の駅」そのものを目的に旅行する人もいるし、海外にも広がっている。Wikipediaを見ると、「道の駅」に登録出来る条件として「無料で利用できる十分な容量の駐車場と清潔な便所(トイレ)があり、それらの施設がバリアフリーの経路で結ばれていること」「「子育て応援施設」としてオムツ替え台や授乳スペースなどのベビーコーナーを備えていること」等が定められている。そして、東日本大震災後には防災機能の充実が定められ、「広域防災拠点として、建物の耐震化や無停電化のための非常用電源の設置、衛星電話設備の整備を行う防災道の駅」として39箇所が指定されたという。
今回の災害を見ていて、当然当初の揺れによる家屋倒壊、大きな津波、火災などから逃げないと行けないわけだが、どんな大地震、あるいは集中豪雨、火山噴火などでも全住民が亡くなるわけではない。生き残って避難所に行くわけだが、まあ「水」と「食料」と「電気」が大切である。それは誰でも知っているわけだが、その後「トイレ」という大問題が起きるのである。今はトイレも水道、下水道、電気がないと使えないわけだ。大昔の汲み取り便所なんて日本中どこにもないんだろう。それを考えると、地方でもっともトイレが整備されている「道の駅」の役割は大きいと思う。
しかし、電気は自家発電や大規模な蓄電施設などで当面の間は賄えるかもしれないが、水道の供給が止まるとなかなか難しい。そこまで整備するのはなかなか難しいかもしれないが、仮設トイレを作るとしても「道の駅」は広いから役立つだろう。公民館、学校なども大切だが、「道の駅」を防災拠点として整備することは今後もっともっと重要になってくるのは間違いない。
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