『ばらまき 選挙と裏金』(集英社文庫)という本を読んだ。集英社文庫8月新刊だが、新聞広告などでは見逃した。東京新聞の書評を読んで、そんな本があったのかと買うことにした。本体価格1000円だが、このぐらい出してちゃんと読むべき本だ。書いたのは中国新聞「決別 金権政治」取材班である。2019年参議院選挙広島県選挙区で起きた河井克行元法相、河井案里元参議院議員による大量買収事件。もとは週刊文春が運動員に過大な報酬を払っていたと報道したことが発端だった。広島で発行されている中国新聞は、地元の出来事を週刊誌に抜かれて、プライドにかけて事件の全貌を追い続けた記録がこの本である。
地元ならではの強みを感じたのは、広島県の市町村長、県議、市議などへの「ローラー取材」である。これは全国紙や週刊誌には出来ない。そうすると受領を認める人も出てきた。単なる運動員買収ではなかったのである。検察も動きだし、どうも地方議員の聴取を始めたらしい。ほとんど答えない検察幹部に「夜討ち朝駆け」をするなど、非常に大変な取材が続いたことがよく判る。やがて河井夫妻の逮捕につながり、起訴されると今度は公判を傍聴して記録を残した。でも、地方議員の中には取材に嘘をついた人もいた。使ってないはずの人が、裁判で調書が公開されるとパチンコに使った議員もいたのである。
定数2の広島県では参院選では大体与野党が1議席ずつ当選してきた。しかし、2019年参院選では「自民党2議席」を合言葉に、現職の溝手顕正議員の他に党本部主導でもう一人擁立を決めた。溝手氏は安倍首相をかつて「過去の人」などと発言して、安倍首相の受けが悪かった。河井克行議員は当選同期の菅義偉官房長官に近く、安倍首相の補佐官を務めたこともある。そのため県議を務めていた妻の河井案里氏が県連の反対を押し切り党本部で公認が決定した。選挙戦では安倍首相や菅官房長官も応援に駆けつけたのである。また広島県全戸に「自由新報」号外(河井案里特集)が3回にわたり配布された。
その結果、溝手議員は落選し、河井案里が2位で当選したのだった。そのことを考えると、河井克行元議員による「買収の原資」が気になってくる。この本は2021年に刊行されたが、今回の文庫化に当たって大幅に加筆されている。それはこの「原資」問題を追及した経緯を書き足したのである。河井本人は捜査、公判を通じて、「自宅に保管してきた金」と述べていたが、貰った側では金に封がされていたという証言もある。そうすると、これは「政権中枢からの裏金」だったのではないか。
実はそのことを河井がメモしていて検察が押収したという証言も得られた。中国新聞はスクープ報道したのだが、Yahoo!ニュースで取り上げられたものの、全国紙の後追い記事がなかった。だから僕もこの記事を知らなかった。ぜひ本書で読んで欲しいのだが、「安倍、菅、二階、甘利」から裏金が渡っていたらしいのである。それは本当なのかと追っていく様子はスリリングだ。安倍氏は亡くなっているが、他の3人は存命である以上取材せずに書くわけにはいかない。でも、どうやって?
実刑判決(懲役3年)を受けた河井氏も今では社会に復帰している。(2023年11月に仮釈放され、2024年6月に刑期満了となった。)最近では獄中体験を公に語ることもある。上記の写真は仮出所後に、地元に戻ったとの情報を得て、地元を「お詫び行脚」していたところを直撃取材した様子である。河井事件は多くの人を巻き込んだけれど、全国的に見れば「そんな大きな事件じゃない」とも言える。僕も何となくそう思っていたが、そういう「小さな事件」にこそ日本社会の縮図があった。その後、安倍派を中心にして派閥の裏金が明らかになった。何でそのような金がいるのか、この本を読めば判ってくる。
新聞に対する批判は多いけれど、この本のような取材をみれば「新聞は必要だ」と思うだろう。全国紙数紙があれば良いのではなく、各地方の「地方紙」が必要なのである。地方紙の活躍をこれほど示す本はない。地方紙でも政権中枢の疑惑に迫れるのである。ただし、それを応援する人がいなければならない。「政治とカネ」をめぐる本は他にもあるけど、この本は「面白い」という点でも超一級。徹底取材している関係上ちょっと長いけど、飽きることなく読み切ってしまう本だ。
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