東海道線と新幹線の下を漕ぐって、「西湘バイパス」と「箱根登山鉄道」に挟まれるように「早川」に沿って旧東海道を歩きます。
神社仏閣もあるのですがとにかく今日は箱根までたどり着けるかどうか?自信が無いので余り寄り道しないで歩きます。「箱根板橋」→「風祭」辺りには「道祖神」があるはずなんですが、実はこの辺りからもう一本奥の道を歩くつもりが、「蒲鉾ミュージアム」とか「箱根の小田原中継所だ」とか感動していたのでまぁこっちで良かったか(^^ゞ
でも途中から1号線の歩道が突然消えたので戸惑う(^^ゞ結局先日の芝公園の高速降り口侵入のおじさんと変わらないことしそうになった(^^ゞやはり一本奥を歩くべきだった。
歩いている人も少し入るが、結構自転車族が多い。皆さんそれなりの高機能のチャリだが、思うにつけミート君が高校時代思いつきで出かけ、ママチャリで箱根を越して浜松の弟のところまで行ったのはさぞかしたいへんだったろう、、と「ママチャリで箱根超えた君はホントお馬鹿だわ(笑)」と愛情込めてLINEしておきました。行楽日和で渋滞です。
「三枚橋入口」から左に曲がると「旧東海道」です。ちなみに箱根駅伝のランナーはここを直進しします。今回実際に歩くことになってやっと把握しました。
そして観光用に小周りのバスも走っているのなので好きな場所で降りて歩いてまたバスで移動もできるのですね。本日の旅のお伴は「フルーツオレ」
「早雲寺」→「白山神社」→「正眼寺」
外国人観光客も多く、「K'sHouse」などというのは明らかに外人さん向けの宿泊施設でしょう。
この辺りの「早川」に沿ってが温泉街のようです。「滝通り温泉郷」とか「星野リゾート」の「界 箱根」などの看板が見られます。
臨済宗鎖雲寺(さうんじ)の石碑と小さな滝に誘われて寄りました。「勝五郎」と「初花」の墓があるとか。 この話は浄瑠璃「箱根霊験躄仇討(はこねれいけんいざりのあだうち)」に出てくる話である。って意味不明(^^ゞ今度浄瑠璃見てみよう。浄瑠璃にあるってことは歌舞伎になっている可能性も大です。
それよりなにより、この山の姿にほれぼれ、、広重様の書いた「東海道五十三次の内箱根」は大好きな作品だが、その山の色とりどり、大分デフォルメした?と思ったけどこの時季ならあり得るな!って何度も写真撮りました。「須雲川自然探勝歩道」の前にも公衆トイレが完備されています。
歩きやすい道ですが、途中、東電の畑宿(はたじゅく)発電所辺りから渓流を丸木橋で渡るシチュエーションに(@_@;)時々足元が濡れている箇所も通過、舗装道路→県道に戻ります。「畑宿」から来たおじさんと挨拶して方向を確認。
県道を横断して反対側に続く探勝路に入ります。全部ではないが「江戸時代の石畳」としてそのまま残っている部分があるってロマンです。
でも超きついです(笑)バナナでエネルギーを入れます。ベンチなど無いので苔むした比較的大きな石に座ると、本当にタイムスリップしたよう。
それにしてもこの「ゴアテックス」の靴あっての箱根路です。多分これでなかったら途中リタイアしていたと思います。今まではちょっと大げさか?と思って履かなかったけど、箱根は必須。そしてこれからもこれで行こう!過去最高にキツイのに過去最高に何の問題も無い!
県道から旧道に戻ります。箱根路の変遷について良く分るボードもありました。「畑宿700米」の立て札を頼りに歩きますが凄い下り坂→沢(^^ゞ御嶽山を思い出しました。
ちなみに広重様も東海道についての詳しい地図解説を描いておられるようです。初めて知りました。どこかでお目にかかれるかな?
「福寿院」→「天聖院」(箱根大天狗山神社)の駐車場が何か所もあるし何なの?と思ったら町ド派手な建物と金ぴかに溢れている場所で超ビックリでしたが「撮影禁止」とのことでした。WEBサイトでも分るように「金ぴか寺」と言われているのも納得です。ここは神仏習合で昭和55年にできたようです。ちょっと違和感がありました(^^ゞ山最高!
このあたりで国道を進むと「女転がし坂」という場所で行ってみたかったのですが、私は探勝路を選んだのでショートカットにはなったけど、本道ではなかったってことです。
とにかく「畑宿」到着です。屋号を茗荇屋と呼ばれた旧名主の本屋敷跡傍がバス停でした。ここまで23,360歩。
箱根駅伝の往路優勝の寄木細工のカップを作成している有名店のようです。東海道五十三次の細工も素晴らしいし、ウィンドウの中には懐かしい「柏原選手」などの沢山の写真!
「畑宿」には「箱根旧街道一里塚」があります。ちょっと休憩します。12時41分。スマホはあと1時間46分と出ましたが、まぁ2倍は覚悟しないといけません。