立春を過ぎた頃、初めて苗子さんと千恵子さんに会いに行ってきました。ん?誰?・・・
川端康成さんの小説「古都」を読んだ方ならすぐにピン!とくるでしょう。幼い頃、離れ離れになった双子の姉妹の名前です。
「古都」は題名の通り、この二人を通して京都の風物や年中行事に作中で出会える物語です。映画化されたこともあって当時一般の人にはなじみが薄い「北山杉」を世の中に広めてくれた有難~い作品でもあります。
昭和36年10月から37年1月まで107回にわたって朝日新聞に連載されました。川端氏は心をこめて作り上げられた北山杉を格別に愛し、年に数回は懇意にしていた北山杉資料館の館長宅を訪れていたそうです。
昭和43年にお酒を酌み交わしながら文学碑を建てる話が持ち上がり、その場で筆をとり「古都」の一節を書いたほどであったのに昭和47年4月に川端氏はこの世を去ってしまったのです。
しかし館長ら発起人が呼びかけ文学碑は完成。その年の12月6日除幕式が行われ、ノーベル賞の対象作品ともなった「古都」の文学碑がゆかりの土地に建てられたと言うこともあって長い間、全国から訪れる人を迎えました。
北山杉資料館は現在、閉館してしまったので見ることが出来なかったのですが、お借りする資料があって開けていただきました。
初めてくぐる大きな門。数年前まではここで宴会をしたり、食事が出来たり観光ルートの一つでした。
中は広~い!パンフレットでしか見たことのない文学碑と姉妹の像にもうすぐ会えると思うと足早やになります。
流石に閉館してしばらく経ちますので、手入れがされておらず季節がら庭の樹々もボウボウです。
あったぁ!お~デカイ!高さ4メートル、幅は3メートル余りもある大きな石碑が山々を背景にしっかりと建っていました。
作者の書いた筆跡がそのままに彫りこまれています。
古都抄 川端康成
杉山の木末が、雨にざわめき、稲妻のたびに、そのほのおは、地上までひらめき、二人の娘のまわりの、杉の幹まで照らした。美しく真っすぐな幹の群れも、つかのま、不気味である。と思うまもなく、雷鳴である。
横から見るとこんな感じ。背面には発起人の名前などがたくさん彫られていますが経年変化のせいか、読み取り辛くなっています。
そして・・・姉妹の像。 物語では幼いころ呉服屋の前に捨てられた千恵子をヒロインとしている事が多いですが、私にはたちかけ姿の苗子がヒロインに思えてなりません。
これは「古都」~秋の色~の章で、千恵子と苗子が杉山に腰をおろし話しているうちに雷雨に見舞われるくだりの二人の姿です。
横には「古都 再会」と書かれた石が置いてあります。
「きれいな杉木立が好きで、たまに来ますのやけど、杉山のなかへはいったんは、はじめてやわ。」と、千恵子はあたりをながめた。ほとんどおなじ太さの杉の群れが、真直ぐに立って、二人をかこんでいる。
「人間のつくった杉どすもの。」と苗子は言った。「ええ?」
「これで四十年ぐらいどっしゃろ。もう、切られて、柱かなんかにされてしまうのどす。そのままにしといたら千年も、太って、のびるのやおへんやろか。たまに、そない思うこともおす。うちは、原生林の方が好きどす。この村は、まあ切り花をつくってるようなもんどっしゃろ・・・・・・。」
苗子が身をもっておおいかぶさっている姿を、千恵子ははっきりと感じた。いくら夏でも、山のなかの夕立は、手先など、冷たいようだったが、首から足を、おおっていてくれる、苗子のからだの温みが、千恵子のからだにひろがり、そして深くしみつたわっていた。言うに言えぬような、親しいあたたかさである。千恵子はしあわせな思いで、しばらくじっと目を閉じていたが、
「苗子さん、ほんまにおおきに。」と重ねていった。「お母さんのおなかのなかでも、苗子さんにこないしてもろてたんやろか。」
「そんな、押し合うたり、けり合うたりしてたんと、ちがいまっしゃろか。」
じつに真直ぐな幹の木末に、少し円く残した杉葉を、千恵子は「冬の花」と思うと、ほんとうに冬の花である。
たいていの家は、軒端と二階とに、皮をむき、洗いみがきあげた、杉丸太を、一列にならべて、ほしている。その白い丸太を、きちょうめんに、根もとをととのえて、ならべ立てている。それだけでも、美しい。どのような壁よりも、美しいかもしれない。
杉山も、根もと下草が枯れて、真直ぐな、そして、太さのそろった幹は、美しい。少しまだらな幹のあいだからは、空がのけぞるところもある。
「冬の方が、きれいやないの。」と、千恵子は言った。
「そうどすやろか。いつも見なれていて、わからしまへんけど、やっぱり冬は、杉の葉が、ちょっと、薄いすすき色になんのとちがいますか。」
「それが、花みたいや。」
「花。花どすか。」と、苗子は思いがけないように杉山を見上げた。
あらためて古都を読み返してみると、本当に二人の会話が聞こえてくるような気がして物語の中に惹きこまれていきます。
幼い頃に別れた双子の姉妹、ひとりは北山杉の里で貧しい暮らしをし、ひとりは捨てられたけれど呉服屋のお嬢さんとして育つ。その二人が祇園祭でバッタリ出会い「・・・あんた、姉さんや、神さまのお引き合わせどす。」なんてドラマチックな展開。
そう悲壮感漂わず最後まで読めるのはやはり苗子が、生まれ育った北山杉の里を愛しているから。
そう思うのはひいき目でしょうか?(笑)
余談になりますが、俳優の佐々木蔵之助さんのご実家は、今も西陣で造り酒屋を営む佐々木酒造です。川端氏が「この酒の風味こそ京都の味」と名付けた銘柄「古都」。
友人にこのお酒を呑ませようと歩いて30分もかけて買いに行ったという話もあります。
ホント、このお酒がウマイんです!
苗子目線で「古都」を読みながらチビチビと「古都」を呑んでみるのも、まったりした冬の夜の過ごし方かも知れません。
とっても残念です。 (T_T)
最近になり、文庫本の 古都を読み
岩下志麻さん主演の 古都 (DVD)を観て、資料館があるのを知り、ぜひ!・・・と思っただけに・・・
お写真を拝見させて頂けましただけでも・・・
有難うございました。
コメントありがとうございます。
館長がご病気でやむを得ず閉館となり、私共もとても残念な思いでおります。
文学碑と姉妹像だけでも公開していただけないか、お願いしておりますが、まだ実現できていません。
引き続き公開をお願いしていきたいと思います。